デカラバ!

もりひろ

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カウンセリングと携番

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「そのときに担当になった事件がきょう、めでたく解決したみたいなのよね。橘くんはああ見えて、意外と繊細なところもあって、事件を解決した途端ものすごい頭痛に襲われるのよ」

 頭痛という言葉に、俺はちょっと怯んだ。
 しかしだ。よく考えたら、俺だって頭痛ぐらいはする。
 だから、あれなんだ。平熱の低い人がちょっと熱を出しただけでも心配になる。そういう心理に近いんだ。この胸のざわめきは。

「刑事課は、外勤ももちろん大事だし、デスクワークもそれなりにあるから、かなりハードらしいのよね。私は、橘くんの主治医だから、ちょっと心配になって顔を出したってわけなの」
「……」
「でも、今回はそんなにひどくもないみたいだから、安心したんだけれどね。橘くん……あ、定岡さんもだけど、向こうにいたときはもっと大変だったみたいだから」

 ──向こう?
 そこは、俺にはなんの話かわからなくて、松宮さんの顔を覗くようにして聞き返した。
 すると、グロスの光る唇に指先を当て、松宮さんはさっと身を翻した。

「そうだわ、私。こんなにゆっくりもしていられないんだった」

 それじゃあと、俺を見ることなく手を上げて、松宮さんはポルシェに乗り込んだ。あっという間に去っていく。
 それにしても、橘さんをさらに忘れられなくなりそうな情報が、また一つ増えた。
 ファミレスから、食器ごと料理を持ち帰るような人がデスクワークしていたり、人並みに頭痛に悩まされていたり。
 普通に考えれば、警察官という激務の中にいる人なんだから、なにかしらのリスクは抱えているはずだ。
 ……とはいえ、それがなさそうに見えるのがあの人のような気もする。
 バイト先から帰宅し、すぐに夕飯の支度を始めた俺は、キャベツの千切りをしている途中で包丁を置いた。
 ジーンズのポケットからあの紙切れを出す。
 警察にお世話になることがあれば110番するし、個人的な番号をもらっても困るだけだ。そう思っていたけれど、いつか必要になるときがくるかもしれないと、捨てに捨てられなかった紙切れ。 
 夕飯を食べ終えたあと、食器もそのままに、俺はもう一度そのメモ紙を見た。
 そういえば、ファミレスでは結局、おごってもらった形になったから、それのお礼もかねて電話してみようか。こうして番号を教えてくれたわけなんだし、いきなりかけても迷惑じゃないよな。

「……」

 充電器にさしていた携帯を取り、俺は首をひねりながら番号を押した。
 それにしても、なんという皮肉だろう。松宮さんの名刺は棚にしまったままなのに、橘さんの番号はもう出番がきてしまった。
 三回目のコールで、向こうが電話を取った。
 だが、俺の耳に飛び込んできたのは、間延びした女の声だった。

「もしもーし。橘でーす」
「……はい?」
「橘ですけどー?」

 間違えてかけたのかと始めは思った。
 でも、相手は「橘」だと言っている。

「あの、真中と言いますが、橘……憲吾さんは」
「あ、そっか。すみません、いま替わるんで──」

 しかし橘さんは、なかなか電話に出なかった。 
 大した用でもないし、そんなに忙しいなら無理に話さなくてもいいと思って、俺は電話を切った。
 切って、少ししてから首を傾げた。
 べつに、橘さんに女の人がいたってぜんぜん不思議じゃない。
 引っ掛かったのは、この番号が仕事用の携帯じゃなかったってことだ。
 俺はてっきり、橘さんは二台持ちかなんかで、この番号は仕事用の携帯に繋がるものと思っていた。
 プライベート用にしても、他人に電話口を簡単に許しているのは、刑事としても、男としてもどうかと思う。
 俺はテレビを見ながら、もしかしたら向こうからかけ直してくるかもしれないと、少し待ってみた。
 でも、携帯はうんともすんともいわなかった。
 名前は告げたから、俺からだというのがわからなかったというのでもない。
 そのうち、なんだか腹立たしくなってきて、携帯を座卓の上に投げた。そして、わけのわからないこの怒りを鎮めるべく、風呂場へ向かった。
 次の日の朝は、いい加減起きなくてはいけない時間になってから布団を抜け出た。
 俺は、座卓の上の携帯にちらっと目をやって、洗面所に向かった。
 ふと、思う。
 橘さんは、あの時間帯はいろいろ手が離せなかったけど、俺が寝るころになって暇になったのかもしれない。
 そういえば、仕事だったとはいえ、ファミレスに誘うのでもしつこくしていた。もしかしたら、めちゃくちゃな回数、折り返しの電話をくれたかもしれない。
 慌てて携帯を開いた。
 着信ありのマークがついている。俺はビビりながらも、そのマークを押した。
 手が震える。

「はいぃ?」

 俺は口を開けっ放しで、携帯の画面を睨みつけた。
 着信は一件だけしかなかった。しかも、オヤジ。
 俺は、なにかものすごい期待をしていた自分が急に恥ずかしくなって、携帯をベッドに叩きつけた。



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