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1章

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「千尋さま自分専用のクッキー缶持ってるの? やっぱり都の千尋さまとは大分違うんだよな」
「そんなに違うのですか?」
「うん。全っ然違う。そもそもあんな風に笑ってるの見たこと無い。意地悪言ってるのも聞いた事ないし、冗談言うとこも見たことない。自分専用の缶にお菓子詰めて部屋で食べてるなんて言っても、多分誰も信じないと思う」
「それはそうですね! 私も最初の頃の千尋さまのイメージはもっと冷たい印象でした。笑ってるけど冷たいというか……」

 初めて神森家にやってきた日、俯く鈴を覗き込んできた時の千尋の印象は『怖い』だった。穏やかそうな微笑みには一切の温度が無かったのだ。差し出された手がとても冷たかったのをよく覚えている。

「そうなんだよ。でも都で千尋さまって言ったらそんなだよ。水龍なだけあって、冷淡で無慈悲だって」
「水龍なだけあって? 他の龍の方たちは違うのですか?」
「うーん、何ていうか属性って言うのかな。例えば俺みたいな火龍は力は強いけど頭はあんま良くないんだ。だから都での主な仕事っていったら大体が警備とかなんだよ」
「私は楽さんが頭が良くないとは思わないですよ?」
「そうか? 悪いだろ、どう見ても」

 苦笑いを浮かべてそんな事を言う楽に鈴は首を横に振った。

「楽さんは真っ直ぐな人です。頭が悪いというよりも、困っている人や悩んでいる人を放っておけないのだと思いますよ。損得を考えずに人助けをする様が、見る人によっては頭が悪いと感じるだけだと思います」
「そ、そうか?」
「はい!」

 だから初に利用されてしまったのだ。真っ直ぐだからこそ、初にとって楽はとても利用しやすかったのだろう。初の悩みを知って楽が放っておける訳もないのだから。

 鈴の言葉に楽は晴れやかに笑う。

「はは、ありがと。じゃあそういう事にしとくよ。で、風龍はとにかく無口なんだ。だから孤独なやつが多い。根無し草みたいにフワフワしてる。それから流星さまみたいな雷龍はとにかく人懐っこいんだ。明るいしあんま翳りとかも見せない。でも怒ると怖いんだぜ!」
「それは何となく分かる気がします!」
「だろ? で、流星さまの番の息吹さまは草龍なんだけど、草龍はとにかく我慢強いんだ。賑やかなのが大好きで新しい物も好き。で、一番良く喋るんだよ」
「息吹さまにはまだお会いした事はありませんが、そう言えばこの間クッキーのお礼にと言って都のお菓子を送ってくださいましたよ」
「そうなのか? お前、息吹さまにもクッキー食わせたの?」
「はい。楽さんがこちらに来た時、せっかく来て頂いたのに何も無いのは申し訳ないので、流星さまにお渡ししたんです」
「そっか。喜んでたろ?」
「はい、多分」

 千尋が流星からクッキーのお礼と感想の連絡があったと聞いたので、多分喜んでくれたのだろう。その後すぐに都のお菓子を送ってくれたのだ。

「で、最後が水龍な。水龍は龍の中でも一番力のある龍なんだ。原初の龍は水龍から始まったって言われるぐらい歴史も古い。だから都を治めるのは今もずっと水龍なんだよ。でも水龍は一番数が少ないんだ。そんな中でも千尋さまは特に力が強い水龍なんだぜ!」
「そうなのですか?」
「ああ。一部では先祖返りか? って言われるぐらい水龍らしい水龍だって言われてたんだけどな」

 そこまで言って楽は苦笑いを浮かべながら、クッキーを一つ口に放り込む。

「水龍は龍の中で最も美しく強い。常に冷静で賢く、私利私欲に囚われない。何事にも平等で公平。穏やかではあるが冷淡な部分も持ち合わせ、心の中を他人に見せない。それが一般的に言われている水龍の特徴なんだ」
「そうなのですね。でもそれだけ聞くと千尋さまですね」
「だな。でも私利私欲云々の辺りは最近そうでもない気がしてる」
「そうですか?」
「うん。お前が絡んだら特に。俺、お前の花嫁姿を千尋さまより先に見たって事でおやつ本当に3日抜きだったんだから! あと多分お前に関してだけは公平でも平等でも無くなりそう」
「そ、そんな事があったのですか! では明日の楽さんのおやつは少し多めに作っておきますね。ただ、水龍について一つだけ間違っていると思います。私は他の水龍は知りませんが、千尋さまに関してはそこに愛情深いというのも入ると思います!」
「それはあんま水龍には言われないな。他の、っていうか龍全般に愛情深いは言えるけど、水龍だけは冷酷とか冷たいとか言われてる気がする」
「ぶきっちょさんなんです、きっと!」
「……ぶきっちょ」
「もしくは恥ずかしがり屋さんです!」
「……千尋さまが?」
「はい! それにそれはあくまでも属性です。何の龍だからというのは関係ありません。だって楽さんは火龍だけど賢いじゃないですか。千尋さまは愛情深い方ですし、そんな属性なんてほとんど無意味だと思います」

 人間も同じだ。その人となりが大事なのだ。そもそも人格なんて簡単に型にはめられるものでもない。

 胸を張った鈴に楽は笑顔で頷いてクッキーをもう一枚食べた。と、そこへ後ろから艶のある声が聞こえてくる。

「楽しそうですね。私もご一緒しても構いませんか?」
「千尋さま!」
「千尋さま!?」

 突然の千尋の声に楽は驚いているが、鈴は何となくそろそろやって来そうだなと思っていたのでさほど驚きはしなかった。

 鈴はココアを持ってソファの端に移動すると、楽と鈴の間に千尋が腰掛ける。

「ありがとうございます、鈴さん」
「いいえ! 千尋さまはハーブティーを持って来られたんですか? 良い香りがします」
「ええ。あなたがくれた茶葉ですよ」
「そうでしたか。新しい物も今干しているので、また追加しておきますね」
「ありがとうございます。助かります。それで、二人で何のお話をしていたのですか?」
「楽さんに龍の属性について教えてもらっていました!」
「なるほど。属性なんてどうでもいいですけどね」
「はい。占いのようなものかと思いました」
「はは、確かにその程度の事だと思いますよ、実際。それで他にも面白い話を聞けましたか?」
「そうですね……水龍が一番少ないと言うのは本当ですか?」
「ええ、本当です。龍というのは生まれてくるまでどの属性の子が生まれてくるか分からないのですよ。その中でも水龍は貴重な方で、もしも自分達の子が水龍であれば、親は迷うこと無く赤ん坊のうちに里子に出しますね」

 まるでそれが当然だとえも言うような千尋の口調に鈴は思わず視線を伏せた。

「ちなみに言うと俺みたいに火龍が生まれても親はさっさと手放すぞ」
「どうしてですか!?」
「さっきも言った通り、力が強いからだよ。一回キレたら制御できないからな。それこそ水龍にでないとさ」
「火と水という事ですか……でも、だからってそんな!」

 思わず身を乗り出した鈴を見て千尋と楽は顔を見合わせて苦笑いしている。

「ね? 鈴さんと居ると都の常識がどれほどおかしいかがよく分かるでしょう?」
「はい。俺の親もこんなだったら良かったのに……」
「そうですね。それは私も思いますよ。こういう方が都に沢山居れば、今頃はもっと住みやすかったでしょうね」

 言いながら千尋はクッキーに手を伸ばして舌鼓を打っている。




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ここまで応援してくださった皆様にお知らせです。
細々とエブリスタ様から転載をしてきたこの作品ですが、諸事情によりアルファポリスさんでの更新を休載いたします。大変ご迷惑をおかけいたしますが、どうぞよろしくお願いしたします。
この作品は今年の頭ぐらいから連載していた作品で、エブリスタ様と小説家になろう様では既に佳境に入っております。もし続きを読みたいという方がいらっしゃったら、エブリスタ様でも小説家になろう様からでも229話から続きが読めますので、どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m
ここまでのご愛読ありがとうございました。
もう1つの作品の方はこちらでも連載していきますので、R指定が大丈夫な方はそちらも是非よろしくお願いいたします。
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