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1章

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 さっき楽が言った言葉は正しかった。白無垢に身を包んだ鈴は、言葉にならないほど美しい。

 視線を伏せていた鈴は扉が閉まると同時にゆっくりと顔を上げて、千尋を見るなり小さく微笑んでしっかりと頭を下げた。

 そんな鈴を見て千尋は込み上げてくる思いを飲み込む。

「遅くなってしまい、申し訳ありませんでした」
「大丈夫ですよ」

 一瞬だけ見えた鈴の目は少しだけ赤くなっていた。きっと泣いたのだろう。そんな鈴を気遣うように千尋が言うと、鈴はようやく顔を上げてホッとしたように微笑む。

 勇から手を放してゆっくりとこちらにやってきた鈴は、千尋の隣までやってきて大きく息を吸って緊張した面持ちで千尋の隣に腰を下ろした。

「やはりよく似合っていますね」
「ありがとうございます、千尋さま。こんな素敵な白無垢を着られるだなんて思ってもいませんでした」
「いえ、重かったでしょう? でも、私はどうしてもあなたにそれを着て欲しかったんです。我が儘を言ってしまってすみませんでした」
「我が儘だなんて!」

 いつものように鈴は顔を上げて、次の瞬間には顔を赤らめて俯く鈴に、思わず千尋は笑みを漏らした。

「顔を上げてください、鈴さん。今日の主役はあなたです」
「は、はい」
「そんなに緊張しなくても大丈夫。ここには家族しか居ませんよ」
「! はい!」

 千尋の言葉にようやく鈴の心音が落ち着きを取り戻した。穏やかな鈴の心音はとても心地よい。

「さて、それじゃあ新郎新婦も揃った事だし、結婚式を始めようじゃないか」

 そう言って音頭を取ったのは雅だ。

「本来なら『はこせこの儀』があるんだが、それは飛ばすよ。このまま三献の儀に行っちゃってくれ、二人共」
「何だか適当ねぇ」

 思わずと言うようにそんな事を言う菫を勇とマチが怖い顔をして睨みつけるが、菫はそんな事など気にしない。

「三献の儀……お、お酒……」

 鈴は目の前の赤い大きな盃に注がれたお酒を見てゴクリと息を呑んでいる。そんな鈴に千尋は小声で耳打ちをした。

「大丈夫ですよ、鈴さん。あなたの盃にはこの日の為に私が直接浄化した純水を使っています」
「千尋さまのお水?」
「ええ。なので安心して飲んでくださいね」
「はい!」

 そう言って鈴は恐る恐る盃の水を一口飲むと、ハッとして千尋を見上げてきた。

「お、美味しいです!」
「そうですか? それは良かった」

 嬉しそうに微笑む鈴を見て千尋も盃の水を飲む。いつもは自分で浄化した水など何の代わり映えもない味なのに、今日はやたらと甘く感じるから不思議だ。

 無事に三献の儀を終え次は誓詞朗読だが、千尋は正直困っていた。何をどう伝えれば良いのか、と。そんな中、雅の司会で淡々と結婚式は進んで行く。

「それじゃあ千尋、よろしく頼むよ」

 雅に言われて千尋は居住まいを正して勇達の方に向き直った。そして小さく息を吸って吐き出す。ふと隣を見ると、鈴が何だか泣きそうな嬉しそうな顔をしていて思わず胸が詰まりそうになる。

「私は、龍神という立場から今まで何度もこんな風に結婚をしてきました。ですが、私がこんな風に結婚式の場に留まるのは初めての事なのです」
「そう……なのですか?」
「ええ。今までの龍の花嫁は一人きりでこの場に座り、三日三晩村の人達に祝われる。私はと言えば、本殿でその宴の様子を聞いているだけでした。私が花嫁達の前に姿を現すのは月に一度だけ。花嫁達は国の守り人に選定された優秀な巫女でした。愛の無い結婚といえば、そうだったのでしょう。私は花嫁をあくまでも巫女として側に置いていましたから。ですが、今回の結婚は今までとは何もかもが違いすぎて、正直戸惑っています。時代が変わったからではなく、私の心構えが違うのです。私は鈴さんを巫女だとは思っていません。純粋に彼女と生きていきたいと思った。だからここに居ます。私は龍で、鈴さんは人です。種族が違う事が私達のどれほどの障害になるのか、今はまだ分かりません。ですが、私は生涯をかけて鈴さんを守り抜くと誓います。彼女が生涯を終えるその時まで、私はずっと鈴さんの側に居ます。ですから、これからどうぞよろしくお願いしますね、鈴さん」

 最後の言葉は鈴にあてた。直前まで何を話そうか、などと考えていたのに、言葉は鈴の顔を見た途端に溢れるように出てきた。

 そんな千尋の言葉に会場は静まり返る。ふと見ると、楽は涙を堪えているのか震えていて、菫は千尋をこれでもかと睨みつけてくるけれど、その目は涙に潤んでいた。勇とマチは目頭をハンカチでしきりに押さえている。

 千尋が話終えると、それを聞いていた三人は慌てたように頭を下げ返してくる。

「私からの挨拶は以上です」
「だ、そうだ。次は鈴な」
「は、はい! 私は千尋さまのように言葉を上手く操る事が出来ないのでお手紙を書いてきたのですが、千尋さまの話を聞いたら、何だか今ならちゃんと伝えられるような気がしてきました。私は皆さんも知っての通り、イギリスで生まれ育ちました。両親が亡くなり日本に来てそして今日、神森家に嫁ぐことになりました。千尋さまは龍神さまです。最初は単純に龍神の花嫁になって、この国の為に皆が慈しんでくれたこの命を使いたいと思っていました。でも今は少しだけ欲が出てしまいました。私は千尋さまを愛しています。千尋さまが龍神さまである事は理解しているのですが、それよりも千尋さまと共に過ごしたいと思うようになってしまいました。もちろん国の役にも立ちたいです。ですが、それよりも私は千尋さまと幸せになりたい。最後のその瞬間、笑っていたいのです。千尋さまと過ごした時間を幸せだったと思いたい。そして、千尋さまにもそう思ってもらいたいのです。そのために私は、これから皆が繋いでくれたこの命を使おうと思います。千尋さま、不束者ですが、どうぞこれからも末永くよろしくお願いいたします。あの日、恥ずかしくてあなたをお慕いしていると言えなかった事、本当にごめんなさい」
「……鈴さん……今すぐ抱きしめてもいいですか?」

 千尋の心の中にずっと流れていた水はいつもとても冷たく、熱を持つことなど無かった。

 それが鈴に出会って共に生きたいと思うようになってから、心の中は次第に熱を持ち、いつしかそれこそがあれほどに千尋が焦がれた暖かさなのだと言う事を知った。

 千尋をただの千尋として求めてくれる鈴に、千尋が返せるものがあるのだろうか。

 そんな事を考えながら、胸の奥が焼け付くような感覚を鈴に伝えたくてそんな事を言うと、案の定鈴は驚いたような顔をして千尋を見上げてくる。

「え!?」
「駄目に決まってるだろ。はい、それじゃあ次、固めの杯の儀な。ほら、行った行った」

 そんな千尋と鈴の邪魔をしたのは雅だ。

「あなたには情緒というものが無いのですか?」
「あんたにだけは絶対に言われたくない台詞だよ。ついこの間情緒を知った奴が偉そうに。時間が無いんだよ! この後食事会もあるんだよ!? 分かってんのかい!?」
「はぁ……。鈴さん、また後でゆっくりとお話しをしましょう。とりあえず固めの杯の儀をこなしましょうか。鈴さんは雅達に振る舞ってやってください」
「は、はい」
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