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1章

70話

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「はぁ、今の龍の都に必要なのはこういう子だよ。人間なのが惜しいなぁ。あ、先に言っとく。俺の番、息吹って言うんだけど絶対に君の事好きだと思う。もしこれから先会う事があったら仲良くしてやってね」
「? はい」

 そう言って流星は首を傾げて曖昧に頷く鈴を見て笑った。

 そんな話を聞きながら、龍の都に鈴がやって来た未来を何となく想像してまた赤くなる。

「それにしても美味しかったな。話は戻るけど、サンドイッチだっけ? 千尋くんは毎日こんなの食べてんの?」
「ええ。羨ましいでしょう?」
「羨ましいよ! えー、だからこの間売店の食べなかったんだー。ま、気持ちは分かるよ。自分の為だけに作ってくれた物とそうでない物はやっぱ全然違うよね」
「そうなんですよ、私もそれを地上に下りて初めて知りました。喜兵衛の料理もそれはそれは美味しいんです。ねぇ? 鈴さん」
「はい! それはもう、本当に絶品なんです!」
「へぇ! それも食べてみたかったな!」
「流星さまはここへ遊びに来られたりはしないのですか?」

 千尋は100年に一度里帰りをする事が許されているが、よく考えれば都の方からこちらへ遊びに来る事はないのだろうか? 

 鈴が疑問に思って尋ねると、流星はちらりと千尋を見た。

「それがね、千尋くんが呼んでくれないんだよね。別に禁止されてる訳じゃないのにさ」
「そうなのですね。千尋さまはもしかしたら罰を受けたのにそれは良くないと考えられたのですか?」
「え? いえ、別にそういう訳では……」

 真っ直ぐな鈴の目を見ると、とてもではないが面倒だったという理由で今まで呼ばなかったとは言えなくて千尋は曖昧に頷いて笑った。

 そんな千尋を流星が白い目で見てくるが、流星の中で株が下がるよりも鈴の株が下がる方が嫌だ。

「……今度、誘います」

 ポツリと千尋が言うと、鈴は花が綻んだように笑う。

「はい、是非! たまには息抜きも大事だと思います!」
「息抜き……」

 むしろ鈴を膝の上に乗せて力を流し込んでいる時が今の千尋の一番の癒やしなのだが、流石にそれは言えない。

「ふはっ! こんな千尋くんが見られるの新鮮!」
「流星!」
「いや、だって言い淀む千尋くんとかハッキリしない千尋くんは金いくら払っても見られないからね! この人、それはもう怖い人だったんだから!」
「怖かったのですか?」
「怖い怖い! いっつも笑顔でさ、何考えてるか全く分かんないんだよ。で、笑顔で失敗した事を責めるの! この人法議長だからさ、何か決める時は絶対にこの人通さないといけないんだけど、同僚は皆嫌がってたよね」
「そうなのですね……千尋さまはお仕事には厳しい方なのですね。普段はとてもお優しいのに。でも、お仕事をしている千尋さまも少し見てみたい気がします」

 そう言って鈴は笑うが、千尋からしたらそれは絶対に避けたい。

「何も面白くありませんよ、仕事中の私なんて」
「そうですか? でもきっと格好いいと思います!」
「……格好いい……」

 初めて言われた褒め言葉に思わず千尋が目を輝かせると、そんな千尋を見てまた流星が笑う。

「千尋くんは案外単純だったんだね」
「自分で言うのも何ですが、そうだったみたいです。それで話は戻しますが、解決するのにどれぐらいかかりそうですか?」

 いつまでもここで鈴と他愛もない話をしていたいが、そうはいかない。目の前ににある問題を一つずつ解決しなければ、鈴と番になる事はおろか、婚姻を結ぶ事など絶対に出来ない。

 何よりも地上での鈴との婚姻も佐伯家に許可を貰わなくてはならないのだ。

「俺たちも相当危ないんだよ。楽を丸め込んだのは初だけど、俺は千眼に目をつけられそうなんだ」
「では自由なのは息吹だけ、という事ですか?」
「そ。おまけにその千眼の想い人がこれまたややこしい動きしててさ。今回楽が追放になったのを良い事に、君の無実を王に進言しだしたんだよ。その動きを初が勘付きそう」
「なるほど。私が無実であれば、初との番も解消されると思っているということですか?」
「そういう事。そしてそっちの勢力が凄い勢いで増してる」

 真面目な顔をして言う流星に、千尋は黙って頷いた。隣では鈴がハラハラした様子でしきりに千尋と流星を交互に見つめている。

「すみません、鈴さん。分からないですよね、こんな話」

 千尋が言うと、鈴は困ったように俯いてポツリと言う。

「すみませんは私の方です……私に何か力になれる事があれば、と思ったのですが、そもそもお二人が何のお話をしているのかさっぱりでした……」
「何も鈴さんが謝る事は無いのですよ。それにあなたには出来る事が沢山あるではないですか」
「そう……ですか?」
「はい。美味しい料理は作れるし、美しい歌も歌える。それ以上を望んだら、私は罰が当たってしまいますよ」
「千尋さま……ありがとうございます」

 はにかむように笑う鈴を見て千尋が満足気に頷くと、流星が白い目で千尋を見つめながら言う。

「とりあえず報告はしたからね。それから楽の事よろしく」
「ええ、分かっています。出来るだけ鏡は持ち歩くので、また動きがあったら教えてください」
「分かってる。それじゃあ俺はそろそろ戻るよ。鈴さん、今度は千尋くんがべた褒めしてたとんかつ食べさせてね」
「はい! あ、ちょっと待っててくださいね。千尋さま、少し席を外します」

 そう言って鈴は千尋に断りを入れて部屋を出て行ってしまう。鈴が出ていった途端に流星が身を乗り出して来て言った。

「それにしてもさぁ、千尋くん」
「はい?」
「俺思ったんだけど」
「ええ」
「君は人間にビックリするぐらい優しいんだね。鈴さんの事本当に愛してるみたいに見えるよ。おまけに思ってたよりも君はずっと激情型っぽいね」

 流星の言葉に千尋は言葉を詰まらせた。

「私がですか?」
「うん。執着心凄そう。これはいつか君が運命の番を見つけたりなんかして、もし相手に何かあったら龍の都消し飛ぶかもね!」

 おかしそうに笑ってそんな事を言う流星に、千尋は笑えなかった。流星は千尋が人間と婚姻関係を結ぼうとしているなどとは思ってもいないようだが、千尋の心はもう既に決まっている。

 もしも鈴が蘭の薬のせいであのまま息を引き取っていたら、守護すべき人間であるはずの蘭すら殺していたかもしれないし、実際そんな事が脳裏をチラリと過ぎった訳だが、まだ理性は保てていた。

 けれど鈴への気持ちに気づいた今はきっともう理性など働かないだろう。

「それはそうかもしれませんね。私が無事に婚姻を結んでその相手に何かあったとしたら、それもやむを得ないかもしれません」

 そう言って薄く笑った千尋を見て流星が顔を歪める。

「その時は頑張るよ、俺。千尋くんが好きなだけ運命の番を愛でられるように」
「ええ、お願いしますね」

 笑った千尋を見て流星はゴクリと息を呑む。そこへ、ようやく鈴が戻ってきた。手に2つの風呂敷を持って。
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