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 それからしばらくして――。

 

 私は宰相の部屋の中で、爽やかイケメンに壁ドンされていた。



「えっとー……はじめまして」



 宰相は私を見下ろし、柔和に微笑みながら尋ねてくる。



「はい、はじめまして。名前は?」

「ダリア(仮)です」

「(仮)って?」

「記憶喪失なので。本名かどうかは分かりません」

「そうなんだ。年齢は?」

「20代前半ぐらい?」

「うん、で、慰み者からこのサロンへの就職希望をした理由は?」

「色んな人とセックスしたいから」

「……なるほど。それ以外の理由は?」

「それ以外に理由、あります?」



 宰相は私の質問にとうとう黙り込むと何故か大きなため息を落とし、私から離れた。



「聞いてた通りだし、調べた通りみたいだね。あ、宰相のアーノルドだよ。王とは主従関係でもあるけど、友人でもあるんだ」

「そうなんですね。あの人、友達居るんだ……」



 思わず素直な感想を言った私に、アーノルドは苦笑いを浮かべる。



「あまりレディの事を根掘り葉掘り調べたりするのは嫌なんだけど、君のことは流石に色々と調べさせてもらったよ。まずは一旦座ろうか」

「はい」



 一見気安そうに見えるアーノルドだが、さっきから目の奥が少しも笑っていない。アーノルドに従って勧められるがままソファに座ると、アーノルドは長い脚を組んで大きなため息を落とした。



「まず初めに、王が慰み者をここに連れて来たのは初めてなんだ」

「そうなんですか?」

「ああ。そもそもこの三年間、王は誰も抱かなかった。それは知っているよね?」

「はい」

「けれど今回から王は何故かまた女性を抱きだした。その理由を君は知っている?」

「それはお客様の守秘義務に反するのでお教えできません」



 きっぱりと言いきった私を見て、アーノルドは深く頷く。



「……なるほど。では、知っているということだね」



 何かを探るように尋ねてくるアーノルドに、私は頷いた。



「もちろん」

「随分と潔いね。すぐに認めるんだ」

「だって、ここで嘘ついても私に何の利益もありませんから」

「欲が無いね。それで王を脅すなり何なりすれば良いのに」

「脅す? そんな事しなくても王はちゃんと朝まで抱いてくれますよ?」

「うん?」

「ん?」



 私の答えが想定外だったのか、アーノルドの顔が引きつる。



「えっと、脅すって言うのは、いわゆる金品をせびるとかそういうのなんだけど」

「金品だけあってもセックス出来ませんから。私、誰かを買いたいんじゃないんです。誰かに買われたいんです」

「……ん?」

「これは私の単なるこだわりなんですけど、お金ってそんなにいらなくて、ただ腹上死したいんですよね。今度こそ」

「えっとー……何を言っているのかな?」

「脅さない理由、金銭を要求しない理由を話しています」

「そ、そうなの?」

「はい。誰かから聞いてるかもしれませんけど、私、記憶喪失で前世の記憶があるんです。その時、死因が刺殺だったんですよ。で、目が覚めたらこの世界に居て、奇しくも同じような仕事をしてた。だからこれは神様から私へのプレゼントだって思ったんです。だって前世の夢だった腹上死が、もしかしたらこの世界で叶うかもしれないじゃないですか」



 熱く語る私を見るアーノルドの目が、どんどん冷たい物からヤバい人を見る目に変わっていく。それでも私は続けた。誤解はされたくなかったのだ。



 私は金が欲しい訳では無い。満足がいくまでセックスがしたいだけなのだと!



「その点王は凄いんですよ。何回イッてもすぐ勃つし、何なら出した直後でもすぐ中で勃つし、あの人自体性欲凄いから私についてこられるし、ちゃんと満足もさせてくれるし!」

「へ、へぇ」

「こんな人は初めて会いました。身体の相性もすこぶる良いから、私も何回もイけちゃうんですよ」

「……ごめん、もう大丈夫だよ。なるほど、やっぱり話に聞いていた通り君はサキュバスとかなのかな?」

「それは違います。人間です。ただ、三度の飯よりセックスが好きなだけです」

「……」



 言い切った私を見てとうとうアーノルドは黙り込んで頭を抱えてしまう。もしもここにオズワルドが居たら、また頭を叩かれて「正直が過ぎる!」などと叱られていたのだろうが、幸いな事にここにオズワルドは居ない。居るのは爽やかイケメンな宰相だけだ。



「他にも質問ありますか?」

「いや、大丈夫……うん、ありがとう。もう行っていいよ」



 それを聞いて今度は私が顔を歪める番だった。



「は?」



 思ったよりも低い声が出てしまったが、そんな私を見てアーノルドは驚いたように目を丸くしている。



「さっきの私の話、聞いてました?」

「どれの事?」

「私、買われたいんです。そして買われたからには必ず相手を満足させます。これが私の流儀です」

「いや、この流れで僕が君に手を出すとでも?」

「出さなくても良いですよ、別に。出させるようにするのが、私の仕事ですから」
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