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 オズワルドの馬車は豪華なのかと思いきや、思いの外簡素だ。

「あんまり広くないんだね」
「俺一人だからな。おい、詰めろ」
「うん」

 オズワルドに押されて馬車の奥に移動すると、ドアが閉められる。

「なんか、オズワルドっていっつも一人だね」
「その方が気楽だからな。けれど今回はよく喋った」

 腕を組んでそんな事を言うオズワルドに私が首を傾げると、オズワルドは私のおでこを指で軽く弾く。

「お前のせいだろ」
「え!」

 わざと分からない振りをして馬車の中で大きく伸びをすると、欠伸を噛み殺し何の遠慮も無しに横になってオズワルドの膝の上に頭を置いた。

「硬い枕だなぁ」
「お前、不敬罪という単語を知っているか?」
「私の辞書には載ってないかも~。でも横になれるだけいいね。おやすみ~」
「……話を聞け」

 それでもオズワルドは私の頭をどかしたりはしなかった。それどころか私にそっと自分の上着をかけてくれる。本当にこの人は皆が言うほど冷酷なのだろうか? そんな考えが脳裏を過ったが、気がつけば私はまた眠りに落ちていた。私は昔から乗り物には超弱いのだ。

 それからどれぐらいの時間眠っていたのか、突然馬車の振動が変わったので目を覚ますと、いつの間にか馬車の外が明るくなっていた。

「んん?」

 どうやら夜の間に無事に砂漠は抜けたようで、窓の外にはまばらだが民家が見える。

「オズ?」

 もしかしてずっと膝枕をしてくれていたのかと思いながら身体を起こすと、オズワルドは窓枠に肘をついてすやすやと眠っていた。

「なんかごめんね」

 私はオズワルドを起こさないように小さな声で囁くと、かけてくれていた上着をそっとオズワルドにかける。

 それからオズワルドが起きるまで私はじっと窓の外を見ていたが、突然馬車が大きく揺れてオズワルドがパチリと目を覚ました。

「ん? ああ、起きていたのか」
「うん、ついさっきだけど。枕と上着ありがとう」
「ああ。相変わらずお前は一度寝ると何をしても起きないな」

 そういうオズワルドの視線は私の髪に注がれている。その視線に釣られたようにふと髪を見ると、そこには大量の三つ編みが出来上がっていた。

「ちょっと! 変な癖つくでしょ!」

 慌てて三つ編みを解いてみたが、既に時間が経っていたのか一部だけ見事なソバージュになっている。

「そう言えばお前は大体決まった髪型しかしないな」
「しないんじゃなくて出来ないの」
「不器用なのか?」
「どうかな。男の人を縛るのは得意なんだけど」

 何気なく呟いた私にオズワルドは何かを思い出したかのように頷く。

「言われてみれば俺の手を縛った時の手早さは凄かったな。結び方も特殊な物だったが、まさかあれも仕事で培ったのか?」
「うん。亀甲縛りとか痛くない鞭打ちとかね。いつか披露する日が来るかな?」

 期待を込めてオズワルドを見上げて見たが、オズワルドは顔を顰めただけだ。

「俺は遠慮しておく。俺にそんな趣味はない」
「そっか、残念」
「そう言えば俺もお前に聞きたい事があるんだが」
「うん、なに?」
「記憶喪失というのは、どこまでの記憶が無いんだ?」
「どこまでも何も、目が覚めたら私は知らない小屋で小汚いおじさんに犯されてたのよ。二晩買ったんだって言われたから、そうなのかと思って相手したけど、どういう経緯で客を取ったかも分からなければ、最初は自分の名前も分からなかったんだよ」
「それは全く何も覚えていなかったと、そういう事か?」
「うん。名前も住所も何も。マリアが教えてくれた事が嘘じゃなければ、私はダリアという名前であの村の花街で産まれてそのままそこで育てられたって」
「それでそのまま慰み者になったという事か。分かった」

 それだけ言ってオズワルドは窓の外に視線を移す。オズワルドが一体何を聞きたかったのか気になって、オズワルドを覗き込んだ私は素直に聞いてみた。

「何か気になる事でもあるの?」
「いや、お前の素性を調べたと言ったろ? でもあの村にダリアという若い女がそもそも居なかったんだよ。この国ではたとえ孤児でも申請をしなければならないというのに」
「どういう事?」
「分からん。ただ言えるのは、お前はあの村の出身では無いかもしれないと言う事だ。だとすればお前の記憶の鍵を握っているのは、そのマリアとかいう女だな」
「あ、あんの小娘……もしかして私、あの子に何かされたの!?」
「さあな。何にしてもお前は厄介事に巻き込まれる習性があるようだから、気をつけた方がいいぞ」
「分かった。変なところは前世を引き継いでくれなくて良かったのになぁ。これ以上変な事に巻き込まれたら夢の腹上死がまた出来なくなっちゃうじゃん」

 自分の出自も気になるが、そんな事よりも、マリアが私を騙していたかもしれないという事の方が気になる。

 とは言えマリアの嘘のおかげで今こうして居られるのだから、そこだけは感謝しているが。

「お前な、まずは命の心配をしろ。王都に戻ったらもう一度詳しく調べてみるつもりだが、まぁ、お前は記憶が戻らない方が幸せだろうな。色々と」
「それはそう。ところでオズワルド、私も聞きたいんだけど」
「ああ、何だ?」
「何かね、どっかでオズワルドは世継ぎを残せないんじゃないかって噂になってたみたいなんだけど、知ってる?」
「いいや、初耳だ。誰かがそんな事を言っていたのか?」
「うん。最近オズワルドがサロンに現れなくなったって。だからセックスが出来なくなったんじゃないかって噂が流れてたみたい」
「そうか。だがその噂も今日で終わりだ。お前限定で俺は回復したからな」
「そうなんだけど、な~んか気になったのよね」
「何がだ?」
「それを聞いてきた女の子、私が否定したら少し顔を顰めたの。普通、逆じゃない? そこは喜ぶ所だよね?」

 何だかずっと気になっていたのでそれをオズワルドに伝えると、オズワルドは口元に手を当てて少し考え込み頷く。

「なるほど。その女の特徴を教えてくれるか?」
「えっとね、髪は赤毛でそばかすがあって可愛かったよ。白いドレスで大人しそうな子。あと、胸に黒い花のモチーフのペンダントがついてた。でさ、もう一個聞きたい」
「まだあるのか」
「あのお手付きになった二人が側室候補にならないかって誘われたって凄い喜んでたんだけど、オズワルドは本当に私達みたいな人でも子どもが出来たら結婚するの? ていうかそれ、許されるの?」

 王族と結婚して王妃になるなんて、どう考えても私達庶民には務まらないと思うのだが。

 そんな疑問にオズワルドは何かを察したかのように肩を竦めた。

「あれか……いや、あれは単なる習わしだ。一応誘うんだよ、戦場で俺と寝た奴は。だが妊娠の兆しが無かったらすぐに側室候補から外れる」
「そうなの?」
「ああ」
「なるほど。それじゃあ妊娠してるかどうかを確かめる期間だけの候補者って事か」
「そうだ」
「……それはそれは……あの二人が聞いたら発狂しそう。でもどうして子ども出来ないの? それこそ三年前まではじゃんじゃん抱いてたんでしょ? はっ! もしかしてあなた、その……」
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