愚痴と黒猫

ミクリヤミナミ

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社員・アパート・上の部屋

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「今日はどうした?にやにやして。気持ち悪いな。」
「いきなり楽しい気持ちに水を差すな。お前は。」
 せっかく気前よくマグロ缶|(高級)出してやったのに……この恩知らずが
「一応聞いてやらなくはないが」
「何で随分上からなんだよ。」
「でも話したいんだろ?普段話す相手居ないもんな。」
「決めつけるな。居るよ。話す相手くらい。」
「店長だから話を聞いてくれてるんだろ?会話になってるか?」
 ギク!そういわれれば会話になってないかもしれん。嫌なところを突いてきやがる。
「まあ、その、あれだ。な?」
「『な?』じゃねぇよ。聞いてやるから行ってみろ。ちゃんと相槌も打ってやるから。」
「うるせぇ。チキショウ。」
「で、なににやにやしてんだ?」
「せっかくいい気持で飲んでたのになぁ。」
「なんだよ。すねるなよ。ほら。話してごらんよ。」
 ネコに諭される俺っていったい。
「まあ、いいや。いやな。今日久々に田村・広本と岡田が楽しそうだったなぁと思ってさ。」
「なんかあったのか?」
「いや、随分前にパートと田村から相談は受けてたんだよ。」
「何の?」
「ここんところ田村が遅刻ギリギリで出勤することが多くてさ。」
「あれ、遅刻魔は朱莉ちゃんじゃなかったか?」
「ああ、あれは注意したら治ったよ。翌日からはピタッとね。さすがって感じだったな。で、田村の方はパートから直々に苦情が来てさ。そうはいっても、遅刻してるわけじゃないんだよ。タイムカードはぎりっぎりだけど、しっかり時間までには押されてんだ。」
「じゃあ、いいじゃねぇか。」
「まあ、そうは言ってもな。パートのおばちゃんはキッチリしてるから、着替えてからタイムカード押してるのよ基本。」
「あれ?そういうもんだっけ?」
「いや、本当は着替えるのも業務時間だから私服で押すのは問題ないんだよ。でもさ。気分の問題でね。おばちゃんたちはちゃんとしてくれてるのよ。」
「いやいや、本当はダメだろ?お前が労基法違反じゃねぇ?」
「まあ、コマけえことは良いんだよ。でさ、田村が遅いってんでぷりぷりするわけさ。」
「細かくは無いと思うが、まあ、ぷりぷりするのもお門違いな気がするな。」
「そうだろ?いいじゃん!他人の事はさ、自分の事をちゃんとすれば。とは言うものの。やっぱり社員たるものしっかりしてもらわないといけないからさ。一応注意したわけさ。みんなの前で。軽めにネ。『一応注意しましたよぉー』と見せるために。」
「ほう。お前にしてはしっかりやったな。」
「だろ?田村も反省してるみたいだったし、ついでに理由も聞いたのよ。」
「なんだ、ちゃんとした理由があったのか?」
「ああ、まあ、そうだな。ちゃんとしたと言うか。なんと言うか。『それは大変だね。』って感じの理由がね。」
「なんだよ。その理由って?」
「あいつ今実家を出てアパートで一人暮らししてるんだけど、1階に住んでるらしくてさ。」
「ほう。で?」
「その上の階に住んでる奴が、どうも外国人みたいなんだよね。」
「まあ、最近多いわな。外国の人。でも、そんなのがなんで理由になる?」
「いやね。あいつ俺よりちょっと遅い入り時間なんだけど、アパートがこっから遠いのよ。で、電車で通ってるからさ。意外に朝早く出てるらしいんだわ。だから、夜の10時ごろには床に就くらしいんだけど」
「田村って若くなかったっけ?10時は早くねぇか?」
「まあ、早いな。俺でも2時ごろまで起きてるからな。」
「お前は早く寝ろ。俺の為に食い物だけおいて寝ろ!」
「なんで、養うだけなんだよ!お前も少しは俺の精神衛生維持に貢献しろ!」
「してやってんだろうが!で、話を進めろ!」
「ああ、そうだったな。で、10時に寝るんだけど、上の階の住人がその時間帯からでかい声で話してるらしいんだ。たぶん母国の家族と通話してるんだろうな。」
「それで、眠れないのか?」
「ああ、気になるらしい。で、それが終わるのが夜中の0時を回ったあたりらしいんだけど、そっから2時とか3時ごろに急に上の部屋でドカドカと動き回るらしい。」
「何やってんだ?」
「田村いわく、『デカい足音で動き回る』『床をたたく』『大声で喚き散らす』ってさ。」
「そりゃ寝れんわな。じゃあ、落ち着いて眠れるのは3時過ぎか?」
「いや、その後、4時ごろから隣の部屋が洗濯機を回すらしい。」
「そんな時間に洗濯するのか?」
「ああ、挙句にモーターがイカレてるのか、洗濯物が毎回偏ってるのか、すげーリズムを奏でてドカドカいうらしい。」
「ブルータスお前もか?って感じだな。」
「さすがにそれを聞いたパートのおばちゃんたちも同情してたよ。」
「じゃあ、それで一件落着か?」
「いや、結局原因が改善されんからな。一応田村の相談に乗ってたらさ、パートのおばちゃんが『上の階の人に文句言ったら?』みたいなこと言いだしてさ。」
「まあ、まっとうっちゃぁまっとうな意見だな。」
「でも外国人だからな。話が通じない場合もあるだろうし、ご近所トラブルなってもまずいしさ。」
「確かにそうだな。で、お前はなんていったんだよ?」
「俺は、管理会社に行ってみたら?って勧めたんだよ。」
「ほう。お前にしてはまともな意見だな。」
「お前にしてはって……で、田村もやってみますって言っててさ、どうやらその日の帰りに管理会社に寄って頼んでみたらしいんだよ。」
「へぇ。で?」
「そしたら、翌日管理会社が上の階に行ってくれたらしいんだけどさ。」
「改善しなかったのか?」
「上の階の住人は、『電話の件は気を付ける』って言ってくれたらしいんだけど、夜中の騒音については、『悪霊が出るから仕方ない』って言う事らしいんだよ。」
「なんだ?事故物件なのか?」
「いや、まあ、これは先週の話でさ、その続きがあるんだけど」
「おう、えらく勿体つけるな。」
「なんだ?意外に食いつくな。まあ、大した話ではないんだけど。」
「なんだよ。ハードル下げるなよ。上げてけよ。」
「いやだよ。急にテンション上げるなよ。で、田村は事故物件なのか聞いてみたらしいんだけど、管理会社は当然否定するし、はぐらかすらしいんだ。」
「怪しいな。」
「まあ、事故物件だとしても、そのあとに住人が居たら開示義務がないからな。仕方ないだろ。田村も気になったらしくてさ、広本に相談したらしいんだ。」
「高校生に相談する社員って……」
「まあ、そこは広本なんとなく頼りがいがあるしな。仲もいいし。で、悪霊が出るって言うんなら、『なんか夜中にラップ現象とかあるんじゃない?』みたいな話になったらしいのよ。」
「ラップ現象って、あのパキっとかメキっとかいう奴か?」
「そうそう、単なる家の軋みだと思うけどさ。まあ、そんなので盛り上がったらしくて、録画機器までは用意できなかったけど、録音なら簡単にできるんじゃないかってことで、『いびき確認アプリ』を田村のスマホに入れてさ、それを夜通しつけてたらしいんだよね。」
「なんだ?『いびき確認アプリ』って?」
「夜中にいびきをかいて、無呼吸症候群とかになってないかを確認するアプリだよ。音がすると自動で録音してその時間も記録してくれる奴らしい。」
「お前も使ってみたら?」
「ああ、そうだなぁ。最近寝ても疲れ取れないしなぁ。」
「お前の事はどうでもいいけどな。」
「どっちだよ。お前が言い出したんじゃねぇか。」
「で、田村の家は事故物件だったのか?」
「いや、で、今日俺が発注処理してたら、田村と一緒に音源確認してた広本が笑いながらこっちに走ってきてさ。」
「なんで二人で確認してんだよ。」
「田村、その辺の話すこぶる弱いんだよ。ホントに苦手みたいでさ。大泉の事本気で毛嫌いしてるしな。シフト合わせるとすげー睨んでくる。」
「そんなにか、で、どうだった?」
「いっぱい入ってたよ。音声が。」
「なんだ、やっぱり事故物件か?」
「いや、全部田村の声。」
「は?」
「1時半ごろの『こんばんわぁ!!いらっしゃいませぇ!!!』に始まり」
「始まり?」
「2時頃には自動車のトランスミッションの説明が延々入ってたよ。」
「なんでトランスミッションが?」
「あいつ大学の時「自動車部」だったんだよね。車大好きでさ。なんか、エンジンブレーキについて延々語ってたよ。」
「夜中に誰と話してんだ?」
「寝言に決まってんだろ。」
「寝言でトランスミッション語るか?」
「知らんよ。挙句に、その後、般若心経読み上げてたよ。」
「何で般若心経読み上げられるんだよ?」
「あいつ、仏教高校行ってたらしくてさ、毎朝学校で読み上げてたから空で言えるらしい。」
「いや、下の階から、夜中にブツクサ話し声が聞こえたかと思ったら、読経が聞こえるって……その外国の人、不憫だな。」
「ああ、ホントにそう思うよ。そりゃ、心細くて毎日家族に電話したくなると思うぜ。」
「あれ?岡田は?」
「よく覚えてたな。この話を広本が腹抱えて俺に話してくれるんだけど、それを必死に田村が止めるのさ。そりゃもうイチャイチャしてる雰囲気でさ。」
「ああ、それでそれを見てた岡田が」
「それはもう。幸せそうな目でこっちを見てたよ。あぁ~あ、また想像が膨らんでるなぁ。って感じで。」
「それは幸せそうで何よりですな。」
「まあ、たまにはね。」
「そうだな。お前には極々たまにしかない幸せをかみしめてくれ。」
「いやなこと言うな。」
 黒猫は、口元をひとなめして、窓から出て行った。
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