愚痴と黒猫

ミクリヤミナミ

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乗り遅れた男

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 今俺は、冷やかされている。
 黒猫に
 何も悪くないのに。
 そう、
 何も悪くない。

「で、どの娘とだ?とうとう大友女史をものにしたか?」
「…」
「高校生はまずいぞ、いくらこのあたりに条例がないからって言っても、18歳未満はなぁ、犯罪だ。」
「…」
「ってことは、コニタンか?」
「うるせぇ」
「図星か?」
「なんでそうなるんだよ。」
「そりゃ、昨日帰ってこないってことは、そう言う事だろう?」
「だから、ちげぇよ。」
「何が?」
「寝てねぇんだよ。おれ。」
「そんなにか、そんなに激しかったのか?コニタンは」
「だからなんで俺がパートやバイトに手を出さにゃならん。ホントにツカれてんだよ。はあ、眠いが愚痴りたい。取り敢えず、聞け。俺の話を聞け。」
「手ぶらのお前の話をか?」

「…」

「何も目の前に無いのにか?」

「わーったよ。ちきしょう。」
 台所に向かい、流しの下に保管してあった缶詰を持って来る。

「まあ、安もんだが良しとしよう。」

「ちきしょう。ちきしょう。徹底的に飲んでやる。」
 ストロング系くらいでは聞かない。今日はロックだ。親父の部屋にあったウィスキーのボトルを持って来きて、ロックであおる。

「おうおう、荒れてるね。コニタンは不本意だったか?」

「だから、そんなんじゃねぇよ。」

「まあ、聞こうじゃないか。」

「昨日の朝。開店準備してたら、奴が来たんだよ。」
「奴?」
「大泉。」

「ああ、居なくなった奴か。いなくなってなかったけど。」

「ややこしいな。まあ、それだ。」

「で、あいつが何だって?」

「あいつはちょっと変わってんだよ。」
「変わってる?」
「もともと、金には困ってないんだ。大学も結構いいところ言ってるし。家庭も裕福だ。」

「なんでバイトしてんだ?」
「社会勉強。」

「?」

「というか、コミュ障なんだよ。だから親からそれを克服するためにバイトでもしろってことでうちに来てる。」

「よっぽどだな。」

「ああ、かなりなんだよ。だからバイトのメンツともあまり仲良くない。丸山くらいか。話すのは。」

「話す相手が居るならいいじゃねぇか。」

「丸山が特殊なんだよ。あっちはコミュニケーションお化けだ。」

「なんだそのコミュニケーションお化けって。」

「恐ろしいほどコミュ力高いんだよ。あいつと親しくない人間って居ないんじゃないかってほど誰とでも打ち解けるよ。」

「すげえな。」

「ああ、だから、あれはノーカンだ。なので、大泉には友達はいない。」

「で、それがどうした?」

「その大泉は、オカルトが好きなんだよ。それも筋金入りで。」

「筋金入り?」

「親譲りってことなのかな。名前からして大泉八雲だからな。」
「おお、どっかで聞いたような名前だな。」

「親父がオカルトファンで、そんな名前つけたんだとよ。で、そんな親に育てられると、だいたい両極端になるんだよな。」

「確かにな。極端なオカルト嫌いか、オカルト好きか。程よくはならなそうだな。」

「そ、極端なオカルト好きになっちまったんだよ。だから、本人はいろいろ拗らせてんだ。」

「例えば?」

「二十歳までに心霊体験をすると、霊能力者に成れるって信じてんだよ。」

「なにそれ?初めて聞いたぞ?」

「俺もだよ。どこ情報だよって思うけどさ。霊能力者に成りたいらしいんだ。」

「友達いなさ過ぎて、幽霊と話さないといけないレベルなのか?」

「かもしれん。取り敢えず、バイト仲間からはウザがられてるよ。なんせ、オカルト話は好き嫌いが分かれるし、TPOが大事な話題だからな。」

「確かに、時と場所によっては嫌われるな。」

「あいつ、その辺の空気を全く読まないから、嫌がってる奴にもしつこくその辺の話題を早口でまくし立てるんだよ。」

「それは、まずいな。」

「で、そこに持ってきて、こないだのダムであった似非神隠しだ。ほかの深夜メンバーは、その話題に触れたくないのに、どこから聞いてきたのか大泉はもう一度行こうって執拗に迫るんだよ。そりゃ丸山でも助走つけて殴るレベルだよ。」

「殴ったのか?」

「いや、比喩だ。殴りゃしないさ。奴はやんわりとたしなめてたけど、正直あいつでも限界だと思うよ。その日は俺も遅番だったからその場にいたんで流石に注意したけどさ。で、それで落ち着いたと思ってたんだけど、昨日の朝だよ。」

「何があった?」

「とうとう、大泉が耐えかねたらしくてさ。『今晩一緒に例の心霊スポット行きましょう!』ってよ。」
「は?おっさんとか?ほかのメンバーは?」
「ほかのメンツが来てくれないから、おっさんに頼ったんだよ。いや、ほんと、迷惑ってレベルじゃねぇよ。」

「で、どうした?」

「いや、わかるだろ?昨日帰ってきてないんだから。行ったよ。一緒に。だから寝てねぇさ。俺。ホント勘弁してくれよ。」

「でも、お前朝仕込みしてたんだろ?それからすぐ行ったのか?」

「それは心霊スポットじゃなく、ダム巡りになるじゃん。だから、『夜に来ます。車は出しますから心配しないでください!』って帰っていったよ。どう思う?俺仕事だよ?あいつは良いよ。大学生っつっても文系だし、授業ほとんどないし。どうせ家帰って寝てるだけだよ。でも、俺働くのよ。そっから。その日は大友女史の居ない谷間のシフトなんだよ。なんでそのシフトなんだよ。さぼれるシフトの時にしろよ。」

「おお、溜まってんな。」

「当たり前だ!タイミング悪すぎるだろ。ってか、野郎二人で心霊スポット行くのにベストタイミングなんてねぇわ!!」

「ちげぇねえ」
「で、夕方ようやく高校生メンツがそろってきて、一息ついて休めるって時に奴がやってきたのさ。」

「お迎え早くねぇか?」

「辛抱たまらんかったんだとよ。事務所で休もうと思ったら、横でだらだらと心霊スポットのうんちく語りだすし…知らねぇよ。」
「叱ったのか?黙れって。」

「いや、あいつすぐ拗ねるんだよ。で、仕事サボるようになるんだ。ならやめてくれればいいんだけど、来たり来なかったりするから、一番使いづらいんだよ。」

「やめさせりゃいいじゃねぇか。」

「ホントはやめさせたいんだけど、深夜は手薄なうえに、募集しても応募してくるかわからんからな。だから、使いづらい奴も何とかだましだまし使うしかないんだよ。」

「悲しい仕事だな。」

「今日は珍しく同意してくれるな。」

「まあ、たまにはな。」

「ホント、たまったもんじゃねぇよ。で、ひとしきり話して、日が落ちてきたらさ、『そろそろ行きましょう』ってよ。まだはえーよ。」

「それ何時だ?」

「8時過ぎだよ。」

「肝試しの時間ではないな。」

「そっから奴の車でドライブだ。」

「ドライブなら寝れるんじゃねぇのか?お前助手席だろ?」

「俺もそう思ったんだけどさ、あいつ運転しながらずぅー--------っとしゃべるんだよ。早口で。」

「うわぁ」

「最初は相槌打ってたんだけどさ、途中で耐え切れなくなって落ちたのよ。そしたら必死で起こしやがんの。『店長!こっからが面白いところですよ!』って。」

「面白いところって?」

「トークの」

「それ、禁句じゃねぇ?自分でハードル上げてどうする。」

「だから、会話経験があんまりないから、その辺の話の組み立てもわかってないんだよ。相手が興味を持ってるかどうかすら理解できてない。」

「致命的だな。」

「かわいそうなもんだよ。いやはや、眠らせてもらえないってこんなに辛いもんなんだな。」

「で、結局眠れたのか?」

「いや、まったく。ずっと相槌を強要されるってどうだ?俺上司にもこんなに相槌打ったことねぇぞ。」

「ご愁傷様。で、その後どうなった?」

「そんなに遠くないんだが、すさまじく遠く感じたよ。」
「だろうな。で、到着してどうだった?」
「ああ、奴らがやったように、ダムの近くの駐車場に止めて、ダムまで行ったんだ。」

「ほほう。大泉はどうだった?」
「そりゃ、テンションMAXって感じだったな。駐車場からはスキップしてんじゃないかってほど軽やかな足取りだったよ。」

「よかったじゃないか。人助け出来たな。」

「人助けねぇし。助けてねぇよ。」

「助けてないのか?なんかあったか?」

「あいつの望むような状況じゃないからな。」

「霊は出なかった?」

「そりゃそうだろ。… 『幽霊の正体見たり枯れ尾花』ってな。」

「なんだ。正体がわかったのか?」

「ダムに続くトンネルに就いたら、書いてあったよ」

「なにが?」

「トンネルの入り口に立て看板があってさ。『メンテナンスによりAM3:00にトンネル内は消灯します。ご協力をお願いします。』ってさ。」

「ああ、こないだ。電気が消えてパニックになったって言ってたな。」

「そうなんだよ。今の時期はメンテナンス期間中なんだとよ。タイミングよく消灯時間になっただけらしい。」

「で、それを大泉に説明したのか?」

「したよ。たぶんこれだって。そしたらピタッと動きが止まったって、こっちを無表情で見てきたんだよ。」

「ほう」

「それが一番怖かった。」

「怖いのはいつでも人間だからな。」

「そうだな。確かに帰りの車の中はひどかった。すさまじく重い空気だったよ」
「むしろ何か憑いてたのかもな。」
「心霊現象の何が楽しいんだか。」
「猫と話してるお前が言うな。」
 おう、まっとうな突込みに反論できん。

「ま、ゆっくり休め。」
 黒猫は窓から出て行った。
 
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