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終章

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「おや。やっと話す気になりましたか?」
 天使はとぼけた表情でエンリルを揶揄する。
 
 エンリルは唇を震わせながら天使を睨みつけていた。

 天使はエンリルの次の言葉を待っていたが、その長い沈黙に業を煮やし天使が口を開く。

「何がわかると言われましても……むしろあなたの方が事の重大性を理解していないんじゃないですか?
 研究だと言えば何でも認められるなんて大間違いですよ」

「……」
 エンリルは小声で何かを呟く。が、その言葉は誰にも聞き取れなかった。
 
「なんです?

 何か言いたいことがあるのならはっきりおっしゃってください」

「……横槍糞眼鏡……」

 エンリルの発した言葉を、ルークスとサトシは理解することが出来なかった。
 言葉は判るが、それが何を意味するものなのか。皆目見当がつかない。


「はぁ。駄々っ子じゃあるまいし」
 天使はやれやれと言った表情でエンリルに向かって子供を諭すように語りかける。

「私が誰なのか思い出したんですね。
 それに、あなたが私の事を陰でそう呼んでいることも存じていましたよ。

 なにより、あなたの研究を適正な軌道に戻すためには必要な横槍を打ってきたつもりですので、ある意味名誉なあだ名だと受け止めておりますが……」

 その言葉とは裏腹に、天使の声には苛立ちが見て取れた。
 説得にも応じず、駄々っ子のようにただ天使を睨みつけるだけのエンリルに対して明らかに不快感を抱いていた。

『おい。ルークス』
「!」
 急なエンリルからの念話(チャット)にルークスはびくりと体を震わせる。
 ルークスは今の念話を覗かれていないかと天使の様子を観察する。
 現状を見る限り天使の意識はエンリルに向けられ、ルークスの事は眼中に無いようだった。

 安心したルークスは天使に注意を払いながら念話(チャット)に応じる。

『なんだ。一体。このチャット、奴に覗かれないのか?』
『問題ない。アクセス制限を付けてる』
『ほんとかよ。奴ならアクセス制限も解除できるんじゃないのか?』
『俺の権限とあいつの権限は同格だ。問題ないって言ってんだろ!』
 声色こそエンリルの物だが、口調は若者のそれであった。ルークスはエンリルに疑問をぶつける。

『お前、本当に趙博士か?』
『……』
『なあ?どうなんだよ!?』
『……どうでもいいだろ!そんなこと……それより。俺に手を貸せ』
『手を貸せって……まさかあいつとやり合おうってのか?』
『それ以外に何がある!?』
『お前、俺たちの戦い見てなかったのかよ!?』
『見てたさ!楽しくな。にしても厚かましすぎるだろ、対等のつもりか?あれを戦いとは呼ばんぞ』
『ならわかるだろ!?どうやったらあれとやり合おうって判断になるんだよ』
『勝ち負けじゃねぇんだよ!奴の事をぶっ飛ばさねぇと気が済まないんだ!』

 目の前のエンリルは、拳をわなわなと震わせながら天使を睨みつけている。

『それに俺たちを巻き込むなよ!お前ひとりでやりゃいいじゃないか!』
『俺一人でできるならやってるっつーんだよ!!いいから協力しろ!』
『それが協力を求める人間の態度かねぇ』
『んだと!?俺は神だぞ!』
『神なら……なお力は貸せねぇな。人の力を当てにすんなよ。神様だったら自分で何とかするんだな』
 ルークスは冷たく言い放つとわずかに広角を上げる。

『まあ、お前が……趙博士だってんなら……考えなくもない』
 エンリルの様子に大きな変化は無いが、その拳には先ほどより一段と力が込められていた。

『だったらどうなんだ……』
『ん?どういうこと?』
『俺が趙だったらどうなんだよ!?手を貸すのか!?どうなんだ!!』
『だから言ったろ。考えなくも無いって』
 ルークスは一段と広角を上げニヤつく。
『……』
『で、どうなんだ?趙博士なのか?』

『……そうだよ』
『え?』
『だから、俺は趙だって言ってんだ。さあ。手を貸せ!』
『いや。趙博士。君確か30歳そこそこだったよね。僕の方が随分年上ですよ。年長者は敬ってもらわないと……』
 ルークスは意地の悪い顔でエンリルの後ろ姿を眺めている。

『ざけんな!それを言うなら俺は二千と32歳だ!!』
『いやいや。どこの閣下だよ。ゲーム年齢追加すんなよ』
『うるせぇ。ここじゃあ俺の方が年長じゃねぇか。さあ!どうすんだ。おい!』

 にやけた顔を引き締めながらルークスはしばらく黙り込む。
 彼には、趙博士のことを若輩だから下に見るという気持ちはさらさらなかった。
 それどころか、若いながらも数々の実績を上げる趙博士に尊敬の念すら抱いていた。
 エンリルに対しては多少思うところがあったが、趙博士からの頼みとあらば断わる選択は彼にはなかった。

『そうですね。それでは2032歳の趙博士に協力いたしましょう』
 ルークス……いや。生方は慇懃に答える。
 すると、

『……助かる』
 先ほどまでの怒りや焦りが消え、落ち着いた口調でエンリルが返す。

『じゃあ、どうすればいい?エンリル』
『お前たちの念話(チャット)が覗かれないように権限を書き換えた。サトシと魔王にも連携するように伝えてくれ』
『俺からか?』
『そりゃ。俺から言うより仲間から言った方がよかろうが?』
『まあ、そうか。わかった。で、その後は?』
『俺には攻撃に適したスキルが殆ど無い。どちらかと言えば支援だ。お前の無効化されてるスキルを有効化しておいた。ここからは存分に戦え』
『マジか!ありがてぇ。で、そのほかの支援は?』
『サトシたちも天命の書板を使えるようにしておいた。わざわざ手から出さなくても、視界にウィンドウが開く様にしてる。当然お前のもな。これで呪文と魔法陣は自由に選択できるはずだ』
『チートだな』
『まあ、そのくらいしても一矢報いられるかは微妙だけどな』
『やってみるさ』
 ルークスはサトシとフリードリヒに念話(チャット)を飛ばす。
『マジっすか?チートっすね。ちょっとイケるんじゃないですか?』
 絶望的状況から光明が見えたことで、サトシからはノリノリの答えが返ってきた。
 しかし、フリードリヒからの返答は意外なものだった。

『ルークス。すまん。俺はしばらく戦闘には参加できん』

『なんで?』
 反射的に問いただすルークスに、申し訳なさそうにフリードリヒが答える。
『カールの蘇生を優先してぇんだ……』
 その言葉は今までのフリードリヒから聞いたことの無い悲痛なものだった。フリードリヒがなぜそこまでカールにこだわるのか、ルークスには理解できなかったが、彼の眼差しと口調から並々ならぬ思いを感じてこれ以上強要することが出来なかった。

『わかった。まあ、カールが復活すれば戦力になることは確かだしな。さっさと復活させて戦線に加わってくれよ』
『すまん。恩に着る』

 そんなやり取りなどどこ吹く風と言わんばかりのサトシは、目の前に天命の書板を展開し調べ物に没頭していた。
 上から下へと素早くスクロールするページを忙しなく目で追いかけていると、求めていた情報がサトシの目に留まる。
 
 そこには天使の持つおびただしい量のスキルが羅列されていた。
 
 絶対防御(アブソリュートディフェンス)「極」
 絶対干渉(アブソリュートインターフィアー)「極」
 無効化(ヴォイド)「極」
    ・
    ・
    ・

 
 それらのスキルを眺めながらサトシはほくそ笑む。

『これ、行けちゃうかもしれませんね。そんじゃ、いっちょやりますか』
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