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終章

距離

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「ハルマン。これはどういうことだ?」
 その声には軽い怒気がこもっているが、ハルマンは気にも留めず答える。

「ウルフの旦那!わざわざここまで出向いてくださったんですか?」

「俺の質問に答えろ」
 先程よりも低い声でフリードリヒは静かに問いただす。

「ようやく「ブギーマン」のアジトを掴んだんですよ。今子供たちを保護しているところです。これで奴らも壊滅だ。どうです?ようやくウルサンが平和になりますよ」

『サトシ』
 そこでフリードリヒからの念話がサトシとルークスに飛んできた。

『なんでしょう?』
『今ハルマンと向き合ってるんだが』
『はい。見えてます』
『み、見えてる!?』
 フリードリヒの声が上ずっていた。フリードリヒからすれば予想外の返答だったからだ。
『どうかしましたか?』
『どうやって見てる?』
『ルークスさんが会議室にウルサンの様子を空間投射してくれてます』
『なかなかいい男に映ってるよ』
 フリードリヒはその能力と緊張感の無さに閉口する。しかし、すぐに気持ちを切り替えた。
『いや。なら話は早い。このハルマンはカルロスが操ってるのか?』
『いいえ。カルロス本人ですね』
『そうか…… じゃあ、ルークス。こいつらのステータスはどうなってる?』
『どうなってるって……まあ、見てもらった方が早いよな』
 ルークスは天命の書板を除きながら何やらぶつくさと呪文を唱える。
『助かる』

「何したんです?」
 サトシはルークスに今のやり取りを確認する。
「いや。ほら。この画面に移ってるステータスと同んなじモンを魔王にも見えるようにしたんだよ。「視界共有」的なヤツ」
「そうですか」
 そんな気のない返事をしながらもサトシは焦りを感じていた。

『さっきはこんなやり取り有りませんでした。それにカルロスは俺達の念話について、ある程度は感知できるはずです』
『なるほどな』
 サトシは危惧していた。カルロスが「前回と状況が変わった」事に、つまりフリードリヒとサトシのどちらか、または両方が記憶を持ったままタイムリープした可能性に感づいたのではないかと。

 そして、その危惧は現実のものとなる。
 
「貴様ら……」
 カールの鋭い眼光がハルマンの周囲にいるゴロツキ達へ向けられる。そいつらの手にはぐったりとした子供たちが捕らえられている。

「カール!」
 制止するフリードリヒの声など聞こえないように、残像を残しながらカールが手近なゴロツキを峰打ちで弾き飛ばした。
 その時

「思うようには行かんもんやな」
 ハルマンがその容貌から想像できないほどの速度でカールの背後まで一気に距離を詰める。そして抜き手も見せぬほどの斬撃をカールに向けて見舞う。
 カールはゴロツキに振るった峰打ちの勢いそのままに体をひねりハルマンの斬撃をいなす。

「カール!離れろ!!
 エリザ!ヨハン!オットー!お前たちは俺の後ろだ!」

 フリードリヒの声には余裕がなかった。

「まずいな」
「ですね」
「おい!ルークスの旦那。ありゃどういうことだ!!」

 オットーは会議室の大画面に映し出されるカールとカルロスのステータスを見て驚愕している。
 
「まねっこ……かな」
 ルークスが天命の書板に視線を移しぽつりとつぶやく。
「ここまで厄介なんですね。このスキル。俺はてっきり魔法やスキルを真似れるだけかと思ってましたよ」

 カルロスのステータスがカールのそれにじりじりと近づいて行く。特に顕著なのが熟練度だった。
 カールの異常な強さと耐久力は破格の熟練度によるものである。それがカルロスに真似られる。つまり、カルロスの剣や体術の熟練度がカールに近づいている。

 カールは、二、三度斬撃を躱して後ろに大きく飛びのく。ハルマンは深追いせずその場で不敵に笑っていた。

「ふ~ん。近くの……か」
 ルークスは天命の書板と画面を見比べながらぶつぶつと独り言ちていた。

「どうしました?」
「いや。意外に範囲狭いみたいだぞ「まねっこ」」
「どういうことです?」
「ほら」
 そう言いながら、サトシに天命の書板を見せる。
『スキル「まねっこ」:自身を中心とした一定範囲内にいる人物が持つスキルを模倣可能。熟練度により模倣できるスキル内容とスキャン範囲が拡大される』

「で、ステータス見てみ」
「ああ、下がってますね。熟練度」

 カールが一気に後方へと飛び退いたことで、今は30mほどの距離が開いている。すろとカルロスの剣と体術の熟練度はみるみる下がっていった。

『カールさん』
「おわ!」
 サトシが念話でカールに話しかけると、カールはその場できょろきょろする。
 サトシとルークスは『モビーみたいだな』と思ったが、敢えて口にすることは無かった。
 サトシとカールは騒音の多い鍛冶場でのやり取りに念話を使っていたが、カールは今一つ慣れていないようだった。
 カールは慌てて体裁を整え念話で返す。

『サトシか?』
『はい。突然すいません』
『どうした?』
『カールさんの剣術や体術をカルロスに真似られてます』
『そんなことできるのか?』
『奴のスキルです。でも、近づかないと使えないみたいなので……で、確認の為に距離をちょっとずつ詰めてもらえますか?』
『近づけって事か?わかった』
 カールは日本刀を強く握ると、すり足で徐々にカルロスとの距離を詰める。
 その様子をカルロスは今だ余裕の表情でニヤけながら眺めている。

 カールはカルロスとの距離をじりじりと詰めてゆく。

 その距離が20mを切ろうかと言う時、カルロスの熟練度が上昇し始める。

『その距離ですね。それより外側に出ないと能力を真似られます』
『中途半端な距離だな。……まあ、いいか』

 まあ、いいか?

 サトシ・ルークスはもとより、その念話を聞いていたフリードリヒやSランク冒険者たちの頭上にも大きな疑問符(クエスチョンマーク)が浮かび上がった。
 が、その意味を即座に知ることになる。

 カールは数歩後退して体制を低くし両手で日本刀を構える。カールの体から蜃気楼の様な靄が立ち上がると、周囲を大量の魔力が流れはじめる。
 その場にいるフリードリヒ達にはそれが威圧として感じられた。

「おいおい。何する気だよ!」
 流石のフリードリヒもこの魔力量には驚きを隠せない。町ごと破壊する気なのでは?と思う程だった。

「ちょっと周りに被害出るかもしれんから、気を付けてくれ」
 カールの言葉にフリードリヒは言葉を失う。

 何を?どうやって?

 フリードリヒの疑問は至って真っ当なものであるが、そう考えているうちにカールの準備が完了し、日本刀はライトセーバーと見紛う程に光り輝いていた。
 流石にその様子にカルロスの薄ら笑いも引きつり始める。

「おい!何する気や!」
 そんな問いかけにカールが答えるはずもなく、光り輝く日本刀をカルロスめがけて振り抜く。
 当然斬撃が届くような間合いではない。が、振り抜かれた日本刀から魔力の刃がカルロスめがけて凄まじい勢いで突き進む。

 カルロスは向かってくる魔力の刃を辛うじて短剣でいなす。カルロスの横を通り過ぎた魔力の刃は背後の建物を真っ二つに切り裂きながら彼方へと飛んでいった。

 背後の様子を確認したカルロスは驚きの表情でカールに向き直る。が、その顔に向けて第2弾、3弾と斬撃が襲い来る。
 カールの攻撃は止まらない、周囲に土煙を巻きあげながら次から次へと斬撃を繰り出す。


「おい!あんな攻撃、魔力が持つのか!?」
 オットーの疑問は当然だった。エリザでさえが初撃を打っただけで魔力切れになるほどのとんでもない魔力量だった。

 が、画面を見ているサトシは事も無げに答える。
「まあ、カールさんですから」
「雑な返答だな。ってか、カールの魔力減って無くない?」
「減らないでしょうね」
「なんで?」
「カールさんにもドレイン教えましたから。その方が鍛冶作業に便利だし」
「あれ?属性持ってんの?」
「属性取得してますよ。ほら。「観念動力」持ってますから、カールさん」

 流石のルークスも、サトシとカールの様子に開いた口がふさがらなかった。

 すると。

『なあ。誰かカールの事止められるか?』
 フリードリヒの悲痛な念話が皆に届く

『いや。あんたくらいしか止めれる奴いないだろ』
 オットーが冷たく返すが、フリードリヒの声は暗かった。
『無理だよ。デールで捕まえたときでさえが厳しかったのに、あいつそん時より数倍強くなってるぞ。正真正銘バケモンだ』

「どうやって止める。これ。ウルサン無くなっちまうよ」
「カルロス生きてるんでしょうか?」
 オットーとエリザの問いかけに誰も答えることが出来なかった。
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