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生方蒼甫の譚

直接交渉

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「今からって、今からか?」
 ラファエルが当たり前のことを聞いてくる。
 そりゃそうだろう。
「そうだな。今から」
「往復で1日はかかるぞ?」
「いや、転移するから。すぐ戻って来るよ。ちょっと待ってて」
「転移って……ちょっとま……」

「あ、なんなら二人とも一緒に来る?」
 ギルドマスターに対する態度として気楽すぎたかな。ま、いいか。
「いや、それはちょっと……」
 マンセルが難色を示す。そりゃそうだろう。リザードマンの巣に直接出向くのは無謀だよね。冒険者でも厳しいのに、一般人じゃ命の保証が出来ないよねぇ
「だよねぇ。だから、リザードキング連れてくるよ。あ、大挙してくることは無いから安心して。リザードキングだけ連れてくるから」

 二人は呆気に取られていたが、俺はそそくさと転移部屋へ移動するとリザードマンの住処の近くへ転移した。


 ……


 流石にいきなり笹川の目の前ってわけにもいかないので、湿地帯の手前に転移する。

 そこからは上空を飛んでリザードマンたちの神殿へ向かった。

「おおい。キナコいるか?」
 上空から大声で呼びかける。神殿前の衛兵たちがざわつく中、一人のリザードマンが茂みから飛び出してきた。

「ルークスか。どうした!」
 俺はキナコの所に降り立つと、事の経緯を説明する。

「というわけで、おさを連れて行きたいんだが」
おさ一人でか!?敵陣へ!?」
「いや、敵陣ってわけでもないさ。それに俺が居るからちゃんと守るよ」
「確かにお前なら可能だろうが、それとこれとは……」
「まあ、なんだ。直接聞いてみる方が早いとおもうぜ」

 そんな話をしながら、笹川の元に向かう。

 笹川は相変わらず暇そうに玉座に座っていた。

「ルークスか。なんだ?もう話が付いたのか?」
 一応おさらしい口調で語りかけてくるんだな。流石に「生方」って言われたらどうしようかと心配してたが、そのあたりはさすが元商社マン。空気を読む能力に長けてらっしゃる。
「いや、これからだ。で、ちょっと一緒に来てくれないか?直接話した方が早いと思うんだ。お前さんの身の安全は俺が保証する」

 笹川はこちらをじっと見つめながら、何やらぶつぶつ呟いていた。

「どうした?」
「いや。大したことじゃない。そうだな。行ってみるか」
おさ、ならば我々もお連れください!」
 キナコが跪き進言する。が、笹川はにべもなくその申し出を切り捨てる。

「いや、それでは向こうも態度を硬化させるじゃろう。ここはワシが一人で行こう。なに、そこなルークスは信頼に足る。心配せんでよい」
「いや、しかし……」
「良いと言うておる」
「は!」
 笹川がぴしゃりと言い放つと、キナコ達は引き下がった。流石上下関係がしっかり出来てらっしゃる。

「では、さっそく向かうとするか。ルークスよ、どのように向かうのか?」
「転移で行こうと思うんだが、この神殿内に部屋を用意してもらえるとありがたいな。今後俺がここに来るときにも使えるように」
「そうだな。そのための部屋を用意しよう」
おさそこまでこの者を信頼するので?」
「じゃから、信頼に足ると言っておろうが」
 笹川はイラつきながら言い放つ。ま、家臣は心配しての進言なんだろうけどな。

「では、参ろうか」
「ああ」

 俺と笹川は、前回話し合った部屋へと向かう。確かにあの部屋は十分な広さがあったので転移はしやすそうだ。

 部屋に入ると早々に人払いをする。

「さすがは堂に入ったもんだな」
「別に演技でやってるわけじゃないからな。いつもの事だ。にしても奴らは理解が悪い」
「まあ、笹川さんの身を案じての事だろうから大目に見てやったら?」
「それは判ってるんだけどな……それは良いとして、どんな様子だ?人間の方は」
「どうだろうな。戦争したいわけじゃないだろうから後はどのくらい利益誘導できるかじゃないかなぁ。ほら、その辺俺苦手だからさ。元商社マンが当たった方がよかろ?」
「元っつってもなぁ。何百年前の話だよ。もう忘れたよ。まあいい。安全が保障されれば特に困ることも無いしな。気楽にいくさ。あとこの世界の人間の生活も見てみたいしな」

「じゃあ、行くか」
「頼む」

「転移」
 足元に転移の魔法陣が広がり、周囲の景色がグニャりとゆがむ
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