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生方蒼甫の譚

契約

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「鉱石を掘り出して財を成したんじゃないんですか?」
 なんだか領主様の話とずいぶん違ってきたので、つい聞いちゃった。
「どこかで話を聞かれたのですか?
 ……そうですね。鉱山で財を成したことは間違いないですが、事の始まりはマンティコアとの出会いだったと思います。虫の息だったマンティコアは、私達を見ると契約を持ち掛けてきました。
 契約すれば力を与えると言うのです。
 それを聞いて弟はすぐにマンティコアと契約を結ぼうとしました。私は弟を必死で止めました。しかし、弟は契約をしてしまったのです。」
「その契約と言うのはどんな?」
「マンティコアが望むものを弟が提供する。それと引き換えにマンティコアは弟に「支配の力」を与えるというものでした。」
「支配の力?」
「ええ、人々を意のままに操る力です。」
 なに?その力。最強じゃないっすか。
 あんなことや、こんなことに使い放題……。

 いや、そりゃイカンな。イカン。
「弟さんはそれを悪用したんですか?」
 ああ、サトシ、それを聞いちゃうか……
「悪用……と、言えるかどうか。でも当時は私も悪用していると考えていました。」
「当時は?どんなことに使ったんですか?」
「先ほどそちらの方がおっしゃったとおりですよ。集落の人間に鉱山を採掘させたんです。鉱山からは希少な金属が手に入りました。これを王都や近くの集落に売り捌いたんです。集落の人々を無理やり働かせるなど鬼畜の所業だと私は弟に訴えました。しかし、弟は耳を貸すことなく採掘を続けました。すると、集落はどんどん豊かになって行きました。人も増え町になり、店までできるようになったのです。
 数年のうちにここは立派な町になって、王都からも一目置かれるようになりました。そのころになってようやく私は弟が正しく「支配の力」を使っているのだと分かったのです。」

 ……真っ当な使い方ですな。
 すいません。邪な想像を巡らせておりました。

「弟さんは立派な方だったんですね。」

 サトシの言葉が俺の胸に突き刺さる。いや、俺に嫌みを言ってるわけじゃないんだろうけど、ぐさりと刺さる。

「では契約で弟さんがマンティコアに提供するモノとは何だったんですか?」
「マンティコアの望みはかつての力でした。」
「かつての力?復活するための力ってことですか?それはどうやって。」
「それを与えるために欠かせないのが信仰です。神の力は信仰によって得られるそうで、まずは信仰を集めることがマンティコアが出した条件でした。」
「じゃあ、マンティコアをどこかに祀って祈らせるみたいなことですか?」
「私もそのように考えていたのですが、人々の信仰を集めることはそれほどたやすいことではなかったのです。」
「お参りさせるだけじゃダメなんですか?」
「重要なのは、心から信じ、請い、願うことです。人々が自らの行いに自信を持ち充実した生活を送っているときには信仰は生まれません。神に祈り願うのは大抵窮地に陥っているときです。弟は領主として優秀でした、支配の力を使いながらも人々に希望と自信とやる気を与え、その結果として富をもたらしていました。町の人々からすれば、ある意味弟こそが信仰の対象だったことでしょう。」
「確かに、困った時の神頼みって言いますからね。でも、それじゃあ、どうやってマンティコアの望むものを提供するんです?」
「それが、生贄だったのです。」
「生贄ですか。」
「そうです。弟は新しくこの町に来た者の中から、定期的に生贄をマンティコアに捧げていました。それに気づいたのは町が大きくなってずいぶん経ってからでした。私は弟にそのことを問いただし、今すぐやめるように諭しました。しかし、弟は聞き入れてはくれませんでした。」
「それはどのくらいの人数だったんですか?」
「ひと月に一人だったようです。信仰が集まらない代わりに若い生贄でマンティコアは力を取り戻してゆきました。」
 結構なペースだな。歴史的に見ても月一人は中々無いんじゃないか?知らんけど。
「町の人々にも内情を訴え、弟の蛮行を止めようと奔走しましたが無駄でした。私が深い絶望感に苛まれていたそんな時、神の啓示があったのです。」
 
 いやいや!ダメな奴!これ一番新興宗教に引っ掛かる時のやつじゃん!!大丈夫?この人。
 ってか、大丈夫だったらこんな風に天井から鎖でぶら下げられてないよね。だめだったってことじゃね?

「最初に弟が見つけた洞窟から呼ぶ声がしたのです。その声は、神殿奥の間ではなく、洞窟の分岐路から最奥の間へと私を誘いました。
 最奥の間には玉座があり、そこには一人の老人が座っていました。彼は一枚の木の板を持ち、やさしく私に語りかけてきたのです。」
 ああ、やっぱりアイツか。
「彼はエンリルと名乗りました。太古にこの地エンドゥで信仰され、神殿に祀られたのは彼でした。彼はこの地に住まう者たちを守るためこの地の代表と契約を交わし、超常の力を振るったそうです。そうしてしばらくは平穏な日々が続きましたが、彼らの深い信仰が思わぬ事態を生んだそうです。」
「思わぬ事態?」
「ええ、数代に渡った信仰の結果、エンリルの名は忘れられ、偶像として崇拝されていた紋章が信仰の対象となってしまったのです。」
 
 ああ、信仰が集まればそれが力になるってのはそう言う事か。
 
「その紋章は人の顔に獅子の体、鷲の翼にサソリの尾を持つ姿でした。」
「なるほど。エンリルへの信仰が、マンティコアへの信仰にすり替わったってことですか。」
「そう言うことです。マンティコアを信仰するエンドゥの人々は徐々に変貌してゆきます。他者を慮らず利己的な行いが多くなり、諍いが絶えなくなりました。そのことを嘆いたエンリルは彼らに罰を与えたそうです。」
「それで町を滅ぼしたってことですか。」
「ええ、そうしてこの太古の街は忘れ去られ、信仰を失ったマンティコアも力を失っていたようです。しかし、それを弟が復活させてしまった。エンリルもそれを止めようと私に語りかけたのだそうです。」
 
 なるほどね。だから俺たちを使おうと酒場で語りかけてきたってことか。
 にしても、なんでログに残らない?
 
「彼は私に契約を持ち掛けてきました。与えられた力はマンティコアが弟に与えた「支配の力」を打ち消す力。そして、その対価はマンティコアを倒す事でした。」
「洗脳を解いて回ったんですか?」
「ええ、私は弟が支配している町の人々の洗脳を一人ずつ解いてゆきました。」
「それはうまくいったんですか?」
 
 サトシ……酷なことを聞くね。わかるだろ?この状況。天井からぶら下がってんだよ?この人。
 ダメに決まってんじゃん。うまく行ってたらこうはなってないだろ。

「結果としてダメでした。私はいろいろと間違っていたんです。確かに弟は「支配の力」を使って人々を思うがままに操っていました。が、自由意志までは奪っていなかったのです。」
「自由意志を奪わずに、思うがままって……それはどうやって?」
「弟は、支配した人々の「不安」や「恐怖」「苦痛」などを奪い、「幸福感」や「自信」を与えていたのです。その結果、彼らは進んで町の発展に寄与するべく寸暇を惜しんで仕事に没頭していたのです。
 私が洗脳を解いてしまったことにより、人々は「幸福感」と「自信」を奪われ「不安」や「恐怖」、それに「苦痛」と立ち向かわなければならなくなりました。その結果、町の人々は私に憎しみを抱き、私は彼らから敵と見なされたのです。」

 ああ、そうなるよねぇ。
 この人良かれと思ってしたことが全部裏目に出るタイプの人なんだろうなぁ。

「それを知った弟は、人々が私たち家族に危害を加えぬようにと町と屋敷を移すことにしました。再び弟は「支配の力」を行使し、新たに大きな町を作ったのです。」
「あれ、ではこの状況は、町の人々にやられたわけじゃないんですか?」
「ええ、これはマンティコアによるものです。私の企みに激怒したマンティコアは、配下を私に差し向けました。」

「おしゃべりが過ぎるのではないですか?」
 背後から聞き覚えのある声がした。
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