上 下
60 / 321
サトシの譚

想定外

しおりを挟む
 アンデッドの問題が解決したことでヨウトで生活できるようになった。
 家に帰るサトシの足取りは軽い。
「父さん!母さん!ジル!」
「サトシ?大丈夫か?」
「大丈夫だよ。ここで住んでもいいってさ!」
 ガタゴトと玄関の中で何かを動かす音がする。そして玄関扉が開き、ダン・アンヌ・ジルが飛び出してくる。
「住んでもいいって……誰の許可を取ったんだ?」
「モースさん」
 誰?という顔で三人がサトシを見つめる。
「ああ、屍術師ネクロマンサーの」
「え?え?どういうこと?」
 アンヌがサトシの肩をつかんで問い詰める。当然の質問だが、それにサトシはにこやかに答える。
「良い人だったよ。」
 ダンたち3人は、訳が分からないといった表情でサトシに詰め寄る。
 サトシは3人に昨晩の顛末を伝える。

 ……

「とても信じられるような内容じゃないけどな……」
「でも、サトシが無事に帰ってきたってことはそうなんでしょうね。」
「ねえ?ほんとにサトシ?」
「ジル!怖いこと言わないで。」
「いや、大丈夫だよ。俺は俺だよ。」
 3人は釈然としないながらもサトシを信じているようだったが、サトシだけはノリノリだった。
「まあ、まあ、こんなところで話しててもなんだからさ。家の中で相談しようよ!」
 軽い足取りで家の中に入って行く。3人は渋々ながらもそれに着いて行く。リビングに集まりテーブルの周りに各々着席する。
「で、これからの話なんだけど……俺はこの町の道具屋を改装して鍛冶屋にしようと思う。」
「なんだ?いきなり。随分壮大な話になったな。これからって言うから、俺はてっきり数日の話をするのかと思ったけど。」
「鍛冶屋って。サトシそんなことできるの?」
 アンヌが心配顔でサトシを見る。
「大丈夫だよ。父さんも知ってるし。ね?」
「ああ、まあ、たぶん大丈夫だろうけど。材料はどうするんだ?」
「とりあえずは、この間拾った武器があるからそれを使おうかと思ってさ。」
 そう言いながら、サトシはこの後来るであろうゴブリンの襲撃についても当てにしていた。
『カールさんたちが来るのは2日後か。その時に怪しまれないようにしないとなぁ。』
 カールとエリザベートが来れば、剣術と魔術の特訓ができる。が、前回とずいぶん状況が変わっているため怪しまれずに接触するのが難しそうだとサトシは考えていた。
 ただ、状況が変わった以上、未来も変わる可能性があるためそれ以上は考えないことにした。
「さて、集落の道具を取りに行ってこようかな。じゃあ、父さん母さん、ちょっと俺集落に行ってくるね。」
「わかった。気を付けてな。父さんたちは家の片づけをしておくよ。」

 サトシは大八車を引きながら意気揚々と集落に向かう。

 集落に到着し、鍛冶屋で目ぼしい工具や材料を物色していると、

 ドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッ

 ドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッ

 外から不穏な足音が近づいてくる。

「嘘だろ!?真昼間だぞ!!それに、まだ二日はあるはずだ!!」
 慌ててサトシは工房から飛び出し畑の方を見る。

 畑の向こうにはもうもうと上がる砂煙とゴブリンらしき人影がこちらに向かっている。
 今手元には装備の類は全くない。どうやって対応するかを必死で考える。
 すると、ゴブリン達が進路を変える。

 それはヨウトの方角だった。

「な、なんで……」
 すでにゴブリン達はヨウトに向かって進行し始めている。咄嗟にサトシは魔術錬成を始める。

「ファイアストーム!!」

 火と風に特化した魔法陣を使い圧倒的な火力でゴブリン集団の先頭を焼き払う。直径6m、高さ3mほどの炎の竜巻が発生するが、ゴブリンの集団はそれをものともせずにヨウトに向かい突進する。
「何で止まらない!!」
 泥沼を発生させ足止めを狙うがことごとく避けられる。

「ライトボール!」
 こちらに注意を向けさせるためにあらゆる手段を打つがことごとく無視される。
「なんだよ!なんでだよ!!」
 ヨウトに進行方向を変えたゴブリンの集団に対して、サトシは追いかける形となった。行動加速(ヘイスト)をかけて追いかけるが差が縮まない。
 ステータスを確認すると、ゴブリンが全体的に強さを増していた。カールならこともなげに倒すだろうが、今のサトシでは足を止める事すら儘ならなかった。

 ヨウトに近づくと、あらん限りの力を使って叫ぶ。
「みんな!逃げてくれ!!」
 その声はゴブリンの足音にかき消されてしまう。
 ヨウトの街並みに差し掛かったころ、ようやくゴブリン集団の最後尾に追いついた。

「ファイアストーム!!」
 今まで以上の火柱を上げてゴブリンの先頭集団にお見舞いするが、倒せたのは数匹だけだった。経験値獲得の表示だけがサトシの前に映し出される。
 ゴブリン達は迷いなく3人が居る家に向かう。
「何でそこを狙うんだよ!」
 悲痛な叫びも届かない。

 大きな足音に驚いて家から出てきた3人は、ゴブリンの集団に蹂躙される。ダンはゴブリンに囲まれて棍棒で滅多打ちにされている。始めこそ悲鳴に似た奇声を上げて斧を振りかざしていたが、数匹にかわるがわる殴られるうち、首や手足があらぬ方向を向き、マネキンのように宙を舞っている。ゴブリンはサッカーでもしているようにダンを蹴り上げながら耳障りな奇声を上げけたたましく嗤っている。

 アンヌはジルを庇うように覆いかぶさっていたが、大柄なゴブリンに引き離され、後ろの方に放り投げられる。地面に落ちた後は、数匹のゴブリンに服を引きちぎられ凌辱されていた。
 アンヌが消えた後のジルは、おびえ切ってその場に蹲っている。その周りを小柄なゴブリンが囲み、服をはぎ取ったうえで髪をつかんで家の中へと連れて行く。
 ジルとアンヌの悲鳴がこだまする中。サトシはありったけの魔力を込めて周囲のゴブリンにファイアストームを食らわせる。

「ファイアストーム!!ファイアストーム!!」
 近距離で使用したため、サトシの服は燃え上り、皮膚が焼けただれてゆく。しかしサトシは魔術錬成をやめない。やがて周囲の魔力が枯渇し、焚火ほどの火力しか出なくなった。
 すると、ゴブリン達はにやにやと笑いながらサトシの方に向かってくる。魔力を使いすぎて朦朧としているサトシの頭をひときわ大きなホブゴブリンがつかみ、地面に叩きつける。
 グシャリ!

 と嫌な音がサトシの耳に届いたところで、サトシの意識は暗転する。

 その後、無機質なアナウンスがサトシの頭の中でこだました。
 
「脆弱接続の修正を行います。0/13350」

 頭の中に分数が浮かび上がる。分子が0からどんどん増えてゆき13350に到達したところでまたアナウンスが聞こえる。

「脆弱接続の修正が完了しました。」
しおりを挟む

処理中です...