上 下
58 / 321
サトシの譚

開戦と終戦

しおりを挟む
 日が沈む前にダンを家に帰すと、サトシは墓地へと向かった。
 まだ赤みを帯びた空の色を受けて墓地は真っ赤に染まっていた。サトシは装備を確認すると、剣を強く握りしめる。
 空が濃い藍色になったころ、教会から人影が現れる。
 屍術師ネクロマンサーだ。
 昨日つけたはずのやけどの跡はすでに無くなっている。整った顔立ちではあるが、真っ白なその顔に生気は無く、ろう人形のようにサトシの方を見つめる。

「ようこそ。今宵も楽しもうではないか。」
 そう言うと、屍術師ネクロマンサーは持っていた杖の先を地面に打ち付ける。その動作に呼応するように、墓場のいたるところから骸骨戦士スケルトンウォリアーが現れる。サトシは自分自身に行動加速ヘイストをかけると、先頭の骸骨戦士スケルトンウォリアーに切りかかる。敵の動作は緩慢で、行動加速ヘイスト中のサトシには止まっているも同然だった。頭部を砕くと骸骨戦士スケルトンウォリアーはガラガラと崩れ落ちる。続けて二匹、三匹と骸骨戦士スケルトンウォリアーを屠って行く。

「なかなかやるな。魔術だけでなく剣術も修めておるとはなかなか見どころがある。」
 まっすぐサトシの方を見つめながら屍術師ネクロマンサーはもう一度杖の先を地面に打ち付ける。
 すると、地面から新たに人型のものが湧き出して来る。ゴブリンゾンビだ。向こうの方にはホブゴブリンのゾンビも居る。サトシは最も近くにいたゴブリンゾンビの頭を狙う。こいつらも首から上を落とされれば行動不能となるようだった。二匹目のゴブリンゾンビに切りかかろうとしたその時、ゴブリンゾンビが棍棒でサトシの剣を受ける。その後も首を狙おうと剣を振るうがことごとく防がれる。
『行動を読まれたか。』
 あまりに単調に頭を狙いすぎたため、対策を打たれたようだった。サトシは作戦を変更し、獲物を持つ利き腕を切り落としてから首を狙う。倒すための手数が増えることで行動加速ヘイストを使っていても徐々に囲まれるようになる。
『そろそろかな』
 サトシは頃合いだと考え、屍術師ネクロマンサーめがけて突撃する。最短距離にいるアンデッドだけを切り伏せ一気に屍術師ネクロマンサーとの距離を詰める。間合いに屍術師ネクロマンサーを捕らえるとその顔めがけて突きを放つ。
 屍術師ネクロマンサーは上体を軽くひねるとその突きを躱す。
「ほほう。せっかちなことだな。ワシは体を動かすのが苦手でな。其方の相手はその者どもに任せておるのじゃ。」
 と、言うが早いか杖の持ち手についた石が輝きだす。

 ドカン!

 強い衝撃を鳩尾に受けサトシは弾き飛ばされる。辛うじて地面に膝を付き痛みに耐える。
「ほれ。相手をしてやれ。」
 屍術師ネクロマンサーはアンデッドに指示すると、サトシの周りをアンデッドが取り囲む。先程よりも数を増し、どんどん迫ってくる。
 サトシは行動加速ヘイストを多重掛けする。周囲の空気すら重く感じるほどサトシの動きが素早くなる。サトシは起き上がると一番手近にいる骸骨戦士スケルトンウォリアーの胸に飛び蹴りを食らわす。その反動で上空に飛びあがると、骸骨戦士スケルトンウォリアーやゴブリンゾンビの頭を踏み台にして敵の包囲網を抜ける。アンデッドの集団から距離を取ったところでサトシは魔術錬成を始める。
「結果オーライ!ライトボール!!」
 光属性に特化した魔法陣を使い、サトシは今できる最大限の攻撃をぶちかます。サトシの両掌から飛んだ光の散弾はアンデッドの集団に衝突し強烈な光を放つ。

 ヒキャッ!!
 強烈な光は熱を感じるほどだった。光が落ち着き、周囲がまた夜に戻るとほとんどのアンデッドが蹲っている。サトシはアンデッドたちのステータスを確認する。ほとんどが半分以上のHPを失っている。100匹近くいることを思えば今迄とは比較にならない威力だが、一掃するほどではなかった。
「なかなか手ごわいな。」
 そう言いながら周囲の魔力量を確認する。サトシを中心として半径10mほどの範囲の魔力が枯渇している。
「ほほう。昨日より随分魔術の腕を上げたな。何があった?」
「ちょっとばかし勉強をね。」
 サトシはそう言いながら、魔力の枯渇していない場所まで移動する。
「勉強とな。それはどのような勉強じゃ?」
『随分質問してくるな』と思いながらもサトシは周囲の魔力量を確認しつつ歩みを進める。
「魔法陣のね。」
 考え事をしながら会話しているため、サトシの思考は追いついておらず誘導尋問のようにホイホイ答えていた。が、随分手の内を明かしたところでサトシは失敗だったと気づく。
「ほほう。その魔法陣の勉強はどのように行った?」
「どうでもいいだろ!そんなこと!」
「なんじゃ急に。その勉強とは、聖典によるものか?」
『あれ?』とサトシは思った。えらく会話が成り立つ。この会話のうちに攻撃してきてもよさそうなものだが、その様子はない。先ほどまで蹲っていたアンデッドたちも、すでに立ち上がってはいるが攻撃態勢というわけでもなく棒立ちだ。
「あ~。え~と。はい。そうです。」
「なんじゃ。今度は急にしおらしくなったな。」
「いや、何かずいぶん聞いてくるね。なに?俺に攻撃しないの?」
「別に攻撃したくてしてるわけじゃないわい。其方が攻撃してくるから対応しておるだけじゃろうが!」
「へ?俺攻撃した?」
「いやいや、其方はその年で健忘症か?其方が散々攻撃してきたじゃろうが!」
 サトシはそういわれて考え込む。

 今までの戦闘を振り返ると、初手はサトシだった。スケルトン、骸骨戦士(スケルトンウォリアー)、ゴブリンゾンビ。どれもこれも向こうから先に攻撃されたことは無い。

「でも、アンデッドをけしかけてきたじゃ……」
「なんじゃ、アンデッドが居てはいかんのか?存在も認めんほどおぬしは狭量なのか。」
「いやいや、怖いじゃないですか。近くに来られたら。」
「夜中の墓地に来ておいて怖いもくそも無かろう。」
「……」
 サトシはぐうの音も出なかった。
「其方に戦う意思がないのなら、こちらも攻撃はすまい。我らとていたずらに生者を傷つけたいわけではない。」
「その……ゴブリンは?」
「あ奴らは有無を言わせずこちらを攻撃してきたではないか。正当防衛以外の何物でもないわ。人の事を戦闘狂のように言うな。」

「そっすか……」
 サトシはなんだか申し訳なくなった。正直レベル上げの為にスケルトンを討伐していた自分の方が圧倒的に戦闘狂だった。
「で、其方はどうしたいんじゃ?」
「いや、俺は家族を守りたいだけで……」
「何から?」
「ゴブリンです。」
「ほう。ゴブリンがお前の家族を襲うのか。そりゃ大変じゃの。」
 言葉の軽さに拍子抜けする。これが先ほどまで死闘を繰り広げていた相手との会話なのだろうか、と。
「ところで、あなた……は、人を襲ったりしないんですか?」
「襲わんよ。襲ったこともない。」
 サトシはそこで疑問に思う。
「いや、昔、この町で起こった生きる屍アンデッド騒ぎはあんたの仕業じゃないんですか?」
「おう、古いことを知っておるな。おぬしは生まれておらんじゃろ?で、勝手に決めつけるな。あれは流行り病じゃ。」
「は?いや、なんですと!?」
 サトシは素っ頓狂な声を上げる。
「だから、流行り病じゃと言っておろう。魔獣に襲われた若造が数人おったが、その時に罹患したんじゃ。で、それが町中に広がったんじゃよ。」
「町の人はアンデッドに襲われたんじゃ?」
「バカ言え、だからアンデッドは関係ない。確かにあの頃バンクの奴が生き返りたいと願っておったから望みをかなえてやったがな。」
「願ったから?」
「そらそうじゃ。願いもせぬ者を勝手にアンデッドにするなど、死者への冒涜じゃ!」
「じゃあ、ここのアンデッドは皆、生き返りたいと願ってるんですか?」
「ああ、まあ完全に甦らせることはわしにはできんからの。本人が望めばアンデッドとして復活させておる。」
「なら、墓地で葬儀の後に『お婆さんに会いたいか?』って聞いたのは?」
「なんじゃ、随分古いことを知っておるな。それを聞いたのは一回きりじゃぞ。おぬしは何か?ストーカーか何かか?なんだか怖いな。」
「『ストーカー』って、いや聞いたんですね?」
「ああ、あまりにスーザンが不憫じゃったからな。あの子は死んだゲルダに懐いておったからな。ゲルダの息子とその嫁はスーザンには冷たかったしな。」
「ずいぶんこの町の住人の事詳しいんですね。」
「わしがどれだけここに居ると思っとるか。ここに生きる者と死ぬ者のすべてを見届けておるんじゃ。」
「じゃあ、父さんと母さんの事も知ってるんですか?」
「お前の両親は誰だ?」
「ダンとアンヌです。」
「ははっ!あの二人が夫婦になったか。鼻たれ坊主とおてんば娘が随分手練れの息子を作ったもんじゃの。」
 手練れと言われてサトシは少し照れる。
「あの、話を戻しますが、あなたは人を襲ったりしないんですね?」
「だから言っておろう。襲ったこともないし、襲いたいとも思っておらん。だが、こちらに刃を向けるものは別じゃ。その場合は徹底的に叩きのめすがな。」
「そうですか、すいません。誤解してました。」
「誤解も何も、其方は嬉々として戦っておったようじゃが、まあ、良かろう。おぬしに戦う気がないならこちらは何もせん。」
「あ、ありがとうございます。で、ぶしつけで恐縮なんですが、いろいろ教えてもらってもいいですか?」
「おう、先ほどとは打って変わって丁寧な対応じゃな。そういう対応は嫌いではないぞ。よかろう。ワシでわかる事なら何でも教えてやろう。」
 墓地での戦闘はあっけなく終戦を迎えた。
しおりを挟む

処理中です...