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カールの譚

壊される世界

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 それは唐突に現れた。

「なんだ…あれは?」
 オットーが呟く。その目は大きく見開かれ、体はわずかに震えている。俺もつられてその方向に目をやる。

 天使だ。両翼12枚の羽根を持つ虹色に輝く天使の軍団が上空を通り過ぎてゆく。
 魔王は両手を空にかざし、魔力を流し続けている。上空を駆け抜ける天使たちと町との間に白く靄のかかったような防壁を張っている。

「さあて、とっとと通り過ぎてもらいたいもんだな。」

 軽口とは裏腹に、フリードリヒの顔には焦りが見える。2万の兵を前にしても眉一つ動かさなかった男の動揺は、事の重大さを伝えるには十分すぎた。

「そんなまずい奴らなのか?」

「……」
 顔は動かさず、チラリと視線だけこちらに向ける。言外の圧力で「黙れ」と言っているのがわかる。

 どれだけの時間が過ぎたろう。ほんの数秒の事だったはずだが、永遠にも感じる沈黙が続いた。

「ふう。行ったか。」

 フリードリヒはかざしていた両手を下げ、大きく息をついた。

「で、何なんだあれは?」
「なんに見えた?」
「天使…かな」

「まあ、そんな感じのもんだな。そうだな…かっこよく言うなら、『圧倒的暴力の執行者』ってやつかな。」
「なんだよそれ?」
 さっきまで余裕のなかったフリードリヒがいつもの調子に戻っていた。フリードリヒは肩をもみ、首を回しながら説明する。
「正直俺にもよくわからん。がだ。一度この町を奴らに壊されてる。」

「は?お前の留守を狙われたのか?」
「いや、俺はまだ若かったが……たぶん力量的には今とそれほど変わらんだろうなぁ。でも、全く歯が立たなかった。その時は、親っさんと親父も居たんだが、二人とも殺されちまった。」
「親っさんと親父?」
「お前らの言う初代魔王が親っさんで、先代魔王が親父だよ。俺はそう呼んでた。」
「魔王3人そろい踏みで勝てなかったのか?」
 フリードリヒは呆れるような表情で、両肩をすぼめながら言う
「勝つどころか、一方的に蹂躙されたよ。逃げるだけで精いっぱいだ。おれは親っさんと親父に匿われて命からがら逃げ延びたよ。」

「なんなんだ。そりゃ。ホンモンの天使か?」
「いや、前回のは近代兵器だったな。でも、今回のは随分変わってたな。前とは大きく違うし、なによりもっと『まずい』奴になってると思う。」

「なんだよ?キンダイ兵器って」
「まあ、兵器は兵器だ、気にすんな。だが、今回のは明らかにまずいな。何かはよくわからんが、まずいことだけはわかった。おい、行くぞ」

「どこに?」

「奴らが向かった先にだよ。」
 えぇ~っと。何をのたまってるのかな?
「バカじゃねぇの?魔王3人で勝てなかった相手よりまだ強いんだろ?わざわざ死にに行くのか?」
「どこに向かったかを確認するだけだよ。奴らの目的は、明らかにここじゃなかったからな。」
「なら、いいじゃねぇか。ほっとけよ。そんな厄介なもん。」
「そういうわけにもいかねぇんだよ。いずれ奴らとは遣り合わなきゃならん。となれば、今回の奴らの目的が何なのかも知っておく必要があるだろ?」
 いやいや、そんなところに俺たちを連れて行こうとすんなよ。何考えてんだ?
「あんた一人で行けばいいだろ。」
「冷めてえ事言うなよ。俺たちの仲じゃねぇか」
「どんな仲だよ。だいたい、さっき防壁張ってたろ。それで耐えられるんじゃねぇか?」
「あれは、隠匿魔法を強化してるだけだ。あんなもん攻撃されたら何の役にも立たんよ。」
「隠匿?」

「ああ、奴らから身を隠してるだけだ。普段から隠匿魔法でこの町は隠されてる。その魔法障壁を強化しただけだ。
 奴らが本気で攻撃してきたら俺が張れる防壁なんて何の役にも立たんよ。」

「そんなにか……」
 あの魔王すらここまで怯えさせるって、どんな奴らだよ。
「てか、そんなのについて行けるわけねぇだろ!」

「たぶん…なんだが… あいつらは目的のものしか攻撃しないと思うんだよな。」
「目的のもの?」

「ああ、前回の攻撃の時には、俺たちの街だけを破壊して、そそくさと帰っていったんだ。それはもうアッサリと。」
 言葉の割には、目に怒気がこもっている。

「正直何がトリガーになったのかはわからんが、急に攻めてきた。ああ、前回……クッ!」
 フリードリヒは急に身構え、また空に手をかざす。
「お早いお帰りで…」
 嫌みを言いながらも、目は笑っていない。必死の形相だ。また上空に防壁を張る。
 俺たちは固唾をのんで、その様子をうかがう。

 また、上空を十二枚の羽根を持つ虹色の天使たちが通り過ぎる。

「はぁ」
 フリードリヒはその場にへたり込んだ。

「なんだったんだ。あれは?」
「用事が済んだんだろうな。自分たちのねぐらに帰っていったよ。」
「ねぐら?なんだ、奴らの居場所がわかってるんなら、そこを見に行けばいいだろ?」
「バカ言え!奴らの巣窟に足を踏み入れた日にゃ、それこそ生きて帰れんわ。俺は単に偵察がしたいだけなんだよ。別に喧嘩を売りたいわけじゃない。遣り合うのはあくまで『いずれ』だ。そのためには奴らの強さと目的がわからんことには作戦も立てられん。」
「そうか」
 フリードリヒは黙り込む。何かを思案するように、目だけがせわしなく動いている。
「おい、オットー。お前はどう思う?」
 オットーは答えない。まだ天使が消えていった方角を向いて放心状態だ。
 
「ウルサンに向かうか。」
「は?」
「ウルサンだ。今回の通信の件も、今の天使に関係してるかもしれん。」
 
「なるほどな。だが断る!」
「何で?」
 付き合いきれるか!こっちはニホントウを作りたいんだよ!それまで死んでたまるか!!ウルサンに行って、そこで天使と鉢合わせなんてシャレにならん。
「また天使が出てきたらどうすんだよ?」
「そこなんだよな。奴らが出てくる理由が分かればいいんだけどな。」

「ウルサンへはどうやって行くつもりだったんですか?」
 エリザ……行くことにならない?その質問の仕方だと……
「あそこには部下の店がある。そこの地下に転移陣があるから安全に飛べたんだが……今は使えんな。」
「飛べないってことですか?」
「そうだ、魔力が通らない。完全に分断されてる。」
「王都やウサカも?」
「ああ、どちらも転移陣を用意してたが、全部だめだった。だから、直接乗り込むしかない。途中までは転移陣が幾つかあるからそれでショートカットはできるが……」
「どこまでならいけるんだ?」
 ようやく落ち着いたらしいオットーが尋ねる。
「ウルサンに一番近いのがデールだな。」
 デールか。フリッツのいた街だ。あそこからウルサンまでは馬車でも丸1日はかかる。エリザのように飛べれば早いだろうが……
「デールからなら2時間ってところだ。」
「え、そんなに速く?」
 どうやって?なんか方法があるのか?
「デールには航空機も隠してあるからな。あんまり目立ちたくは無いが、そうも言ってられんだろうな。」
「よし、なら俺たちも支度するか。」
 おいおい、オットー、さっきまで呆けてた人が何やる気になってんだよ。だいたい「コウクウキ」ってなんだよ。
「ちょっとまてい。なんだよ。死にに行くのか?」
「いや、天使たちが巣穴に帰ったんなら今しかないだろ?とりあえず原因が何なのか、手掛かりだけでも欲しいんだよ。」
 えぇ~。いやだぁ~。と言える雰囲気でもない。エリザやヨハンもこちらをすがるような目で見ている。俺が言っても役に立たちませんって。
「魔王だけでなくカールも居てもらえると心強いです。」
 はあ、かわいい女の子にこんなこと言われちゃぁなぁ。
「さ、ぐずぐずしてないで行くぞ。早くしねぇとあいつらがまた出てくるかもしれん。」
「なおのこといかない方がいいんじゃね?」
「良いから行くぞ!」
 半ば無理やり連れていかれることになった。とほほ。
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