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カールの譚

魔王再び

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「フェルディナンド、久しいな。」
 背後から声がする。聞き覚えのある声だ。
 
「お前さんは変わらんな。うらやましい。」

「そんなことは思ってないだろう、隠居生活の割には腕は衰えてないな。」
 その声は、俺の真後ろに立つ。なぜだろう、動けない。
 
「隠居爺にやることはあまりない。剣を振り回すしか能がないのでな。」
 ゆっくり振り返ってみる。
 見覚えのある顔だ。誰だ?

「フリードリヒ様」
 フリッツの記憶が勝手に呼びかける。条件反射といったところか?フリードリヒ?誰だ?

「さて、そろそろ来てもらえるかカール。お前がそこに入ったせいで、フリッツが厄介なことになっててな。」

「厄介?」

「今、仮の体を与えてるんだが、どうもそっちを気に入ったみたいでな。このままじゃあ戻れなくなりそうだ。早くその体を返してやってくれ。」

「あ、あぁ」
 記憶がつながらない。なんだ、こいつを知ってるんだが、フリッツの記憶が邪魔をする。

「ああ、そうだった。手違いでお前の記憶をちょいといじっててな。たぶんお前の魂の記憶と、フリッツの肉体の記憶が入り混じってるんだろうな。ちょっと待て、消したフリッツの記憶を見てもらおうか。」

 そういうと、フリードリヒはフリッツの額に手を当てる。
 バババッッ!!!!
 一気に、大量の記憶が流れ込んでくる。あああぁぁぁぁぁっぁ!!!!!!

 真っ暗な建物の中。

 これはヨーゼフの店だ。
 窓から外を見ると、ヨーゼフが血まみれで倒れている。俺(フリッツ)は怖くて厨房の竈の中に隠れる。

 店の入り口から勢いよく誰かが入ってきた。

「フリッツ!!いるのか?返事をしてくれ!!!」

「父さん!!」

「ああ、無事だったか。大丈夫か?けがはないか?」

「よ、ヨーゼフさんが、ヨーゼフさんが!!」

「わかってる。今は逃げることだけ考えろ。いいか、父さんと一緒に逃げるんだ。いいな!」

 店の外で大きな声がする。
「店の中から声がしたぞ!生き残りがいる!!」
 
「いかん、見つかった!逃げるぞ。」

 カローラは、フリッツの手を引き裏口から飛び出す。
 それと同時に店の扉が開いて、王国の兵士が入ってくる。

「見つけた。いたぞ!獣人だ!やっちまえ!!」
 裏路地をカローラと駆け抜ける。カローラだけならいくらでも逃げ切れるだろうが、フリッツの手を引いていては無理だ。できるだけ早く足を動かすが、息が上がって思うように進めない。後ろから兵士が追いかけてくる。

 兵士の手がフリッツの服をつかむ。
「あっ!!」
 カローラの手から、フリッツの手がすり抜ける。

 カローラが咄嗟に踵を返す。
 その時、右手の路地から兵士が飛び出してきて、カローラに切りつける。

 ズジャァッ!!!
 湿った嫌な音が響き渡る。飛び散る鮮血がフリッツの顔にかかる。

「あ、あぁぁぁぁっ!!!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!!!!!!」

 父さんが!父さんが!!!!声にならない。慟哭。息ができない。


 すると、目の前に大きな影が滑り込んでくる。

 後ろで兵士が何かを叫んでいる。

「何の真似だ!我々にたてつくのか!」
「傭兵風情が、邪魔立てするか!」
 と、大きな影から押し飛ばされるような熱気を感じる。
「何をしてたんだ?え?」
 兵士たちがたじろいだ。
「なんだと!貴様我々に……」
「何をしてたんだと聞いている。」
「なっ。わ、我々は奴隷となった人々を開放して……いる。貴様はそれを邪魔するのか!」
「で、だれが奴隷だ?」
「見てわかるであろう!そこな人の子が奴隷として亜人に捕まっておったのだ、だからその亜人を切り捨て助けたのだ。」
「で、何でその奴隷が主人の死体にしがみ付いて泣いてんだ?」
「いっ、今までずっと洗脳されてきたからにきっ、決まっておろうが!」
「証拠は?」
「へっ?」
「証拠」
「きっ、貴様ぁ!!」
 大きな影は、あっという間に三人の兵士を投げ飛ばし、地面に這いつくばらせた。
「おい、どう見てもお前らが暴漢だ。どうする?このまま俺に真っ二つにされる?」
「なっ、何を言うか!、われらにこのようなことをしてタダですむと思って……」
 ザシュ!
「る!何なら証拠も残らないほどきれいさっぱり消し去ろうか?
 ファイアボール!」
「ドガァァン!」
 火柱が上がり、防壁に大穴が開く。
「黙って帰るんなら見逃してやる。たかだかルーキーの冒険者に3人がかりでぼろ負けしたってのを仲間に知られたいんなら、ビクトール様にでも泣きついてみるんだな。」
「「「ぐっ!」」」

「ちっ、覚えていろ!」
 三人の兵士は口々に捨て台詞を履きながら、裏路地へ消えていった。
「おい、怪我はないか?」
「ここに居るとまた奴らが来るかもしれん。身を隠した方がいい。」
 そういって、フリッツとカローラの亡骸を抱えて風のように走る。

 ……

 カローラの亡骸の前に座っていると、テントにオットーが勢いよく駆け込んでくる。
「お前も来い。すまんが狗人コボルトは連れていけねぇ」
 フリッツを脇に抱えると、勢いよくテントから飛び出し、そのままキャラバンの荷馬車に投げ入れられる。
「行くぞ!出発だ」
 荷馬車に乗っている人たちの顔は皆恐怖にこわばっている。

 ?この気配。

 フリードリヒ様の気配だ。威圧的だけど温かみのある気配だ。でも、随分怒っている。
 そう思った瞬間。

 フィキャッ!!

 視界が白でおおわれる。

 あまりのまばゆさに何も見えない。

 光が通り過ぎた後、途轍もない熱が襲い掛かる。
 熱気が過ぎた後、白かった周囲がわずかに色を持ち始める。確認できた途端に、今度は轟音と爆風が襲い掛かる。

 ドガカガッカァァァァァン!!!!

 何もかもを吹き飛ばすほどの爆風が荷馬車を襲う。天と地が交互に見える。自分がどうなっているのかさっぱりわからないが荷馬車の中を転がりまわる。
 
 ……

 どれくらいの時間がたっただろう。
 
 周りは静寂に包まれる。荷馬車は横転していて、中に居た人たちはほとんどが外に投げ出されている。
 が、皆息はあるようだ。うめき声を上げながら、起き上がってくる。

 フリッツは町の方に目を向ける。

 ずっと向こうにカールが立っている。が、今にも倒れこみそうだ。

 そこへ、フリードリヒ様が舞い降りてくる。

 何か言葉を交わしている。すると、二人はお互いに剣を出して…

 見えない。なんだあれ?二人の姿がかすんでいる。周りに何かが飛び交っているように見えるが何もわからない。砂煙だけがもうもうと立ち上がっている。

「ファイアボール!!」
 ものすごい勢いで火柱が上がる。フリードリヒ様がいただろう場所が火の海になっている。

 いけない。あの人にひどいことをしないでください。フリードリヒ様!!

 フリッツは駆けだしていた。

 すると、火柱の中に居たはずのフリードリヒ様は、急にカールの真横に現れる。
 そして、豪快な蹴りを見舞うと、

「ソウルスティール!」

 なにかすごい技をかけたようだ。
 あの人を助けないと…

 飛び出して、あの人と、フリードリヒ様の間に割って入る。

 あ、

 ……
 
 思い出した。

 魔王だ。こいつ魔王だ。フリードリヒ様が魔王だ。

「思い出してくれたかい?カール。」

「ずいぶん親しげだな。俺にとどめを刺しに来たのか。」
 まあ、あきらめもつくわな。こんなのには逆立ちしたって勝てっこないよ。全く。せっかく剣術や魔術の使い方もわかっていい感じだったのに。
「まあ、そうヤサグレるな。何も取って喰いはせん。」
「どうだか。」

「で、どこまで思い出した。」
「だいたいは、で、俺の仲間たちはどうなった?キャラバンも含めて皆殺しか?」
「人聞きが悪いな。俺をなんだと思ってる?」
「魔王だろ?」
「まあ、そう呼ばれてるのは承知してるが、俺はただの人間だ。」
「嘘つけ!そんなバカみたいな魔力持った人間がいるかよ。」
「自己紹介乙」
「?」
「本当に思い出さんのか?」
「何のことだ、だいたいは思い出したって言ったじゃねぇか。」
「あ、ああ、まあいい。」
「全然よくねぇよ。」
「そうそう、皆殺しの件についてだったな。殺してはいない。みんな生きてるよ。」
「みんな生きてるって、そんなわけねぇだろ。まず騎士団も死んでるし……」
 ってところで、はたと気づいた。
 カローラは何で生きてるんだ?
 ヨーゼフは?
 ……
 どうなってる?俺の、いや、フリッツの記憶はどうなってる?

「ほほう。多少記憶がつながったか?重畳重畳。」

「何をやった?」
 俺はフリードリヒをにらみつける。
「いろいろ」
 ふざけてやがんな。
 …
 でも、絶対に勝てないことだけは確定した。
「で、俺に何の用だ」
「お前にも用があるし、お前の体にも用がある。」
「体にも……」
「誤解を生む目をするな。そういう意味じゃない。さっきも言ったろ。早くフリッツに返してやれ、その体。あいつは今サーベルタイガーを満喫してる。」
「サーベルタイガー?」
 牙が異常に発達した虎の魔獣だ。
「いや、お前の魂だと思って持って帰ってみたら、フリッツのだったからな。さすがにお前の体に入れるわけにもいかんし、ちょうど余ってる身体がそれしかなかったんだよ。」
「なんだよ余ってる身体って」
 ずいぶん砕けた物言いだな。それに身体って余るもんなのか?

「まあ、いろいろあんだよ。で、お前はまだ思い出さねえみたいだな。まあいい。いずれ思い出してもらおう。で、お前のお仲間ってのは、あのSランクの冒険者たちか?」
「ああ、それもだし、キャラバンの連中だって仲間だよ。」
「みんな息災だ。うちで客人としてもてなしてるよ。」

 うちで?

「ああ、お前らが『魔都』って呼んでる俺の街だ。とりあえず、お前には来てもらわんとな。フリッツの体もそうだし、お前の体も預かったままだからな。で、フェルディナンド、お前はどうする?」

「わしか、わしは遠慮しとくよ。お前の街は老いぼれには刺激が強すぎる。」

「まあ、無理強いはせんが、また何かあったら寄ってくれ。相応のもてなしはするよ。」
「気が向いたらな。」

「ああ、そうだ。カール。」

「なんですか?」

「お前がそんな口を利くとはな。フリッツとやらの影響かの。

 いや、なに。たまには家族の墓も参ってやれ。レオポルドは最後までお前の成長を心配していたからな。」

「… はい。」
 
「それじゃあ、行こうか。」
「え、俺は強制なの?」
「そりゃそうだろ。さっきも理由言ったよな?聞いてたか?」
 まあ、そうか。確かにフリッツには返さないとな。身体。で、あいつらも無事なのかは確認したい。

「よし、とりあえずカローラのところへ行こうか」
 町をてくてくと歩いてゆく。あの時の魔王とは大違いだ。今はただの気のいいおっさんって雰囲気だ。魔王はフリッツの家に入ってゆく。
「あ、フリードリヒ様、ごきげんよう。フリッツが何かしましたか?」
「いや、ちょっとフリッツの手を借りたいと思ってね。数日クレータ街に連れて行っていいかな?」
「ああ、フリッツが行きたいというのでしたらどうぞ。ヨーゼフには私の方から伝えておきます。」
「すまないね。よろしく頼むよ。」
 ずいぶん魔王を信頼してるんだな。
「じゃあ、行ってきます。お父さん。」
「ああ、くれぐれもご迷惑をおかけするんじゃないぞ。気を付けてね。」
「はぁい。」
 ……

「うまいじゃないか。」
 家を出たところで、魔王がぼそりとつぶやく。
「まあ、ここ数日はフリッツだったからな。」
「よし、それじゃあ。俺の街に行くか。とりあえずつかまれ。」
「?」
 言われるがまま、魔王の袖をつかむと、足元に魔法陣が展開する。何重にも重なる魔法陣はまばゆく光ると俺と魔王を包み込んで、周りの風景がグニャりとゆがむ。

「さあ、俺の街だ。」
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