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カールの譚

現れた英雄

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 数日が過ぎた。
 
 日頃の習慣ってのは素晴らしいもので、自堕落な生活を送っていたカールが中に入っているにもかかわらず、フリッツの体は朝のルーティンを正確にこなし、日々の食堂見習い業務もやってのける。いやはや、快適な生活である。飯もうまいし。みんなやさしいし、偉そぶる貴族も居ない。なんと素晴らしい環境だろう。王都よりこっちの方がいいな。
 などと、思い始めていた今日この頃。朝食の時にカローラが、
「フリッツはまだ冒険者をあきらめてないのか?」
「ん?なんで?」
「いや、実はな、今街に冒険者が来てるんだ。お前も以前あったことがあるだろ?あの人だ。」
「ホントに!」
 いや、なんだ、心から嬉しい感じだな。これは記憶のせいか?
 そう、その冒険者はフリッツが冒険者にあこがれるきっかけとなった老剣士だ。
「正直なこと言うと、お前に話そうか迷ったんだよ。父さんな、お前に冒険者は向いてないと思ってるんだ。でも、お前がやりたいって言うんなら、その人に少し冒険者の話でも聞いてみたらどうかと思ってな。そのうえでお前の仕事を決めてみたらいいと思ってる。どうだ?」
「ありがとう。冒険者さんに稽古つけてもらえるか聞いてみるよ。」

 ……

 その日の夕方。ヨーゼフの店での仕事を終え、帰る途中。武器屋の前でくだんの冒険者と会った。
「あ、あの、すいません。」
「私に何か用かね?」
「実は僕、冒険者になりたいんです。お話を聞かせてもらえませんか?」
「冒険者がどんな仕事か…ってことをかい?」
「はい。」

 老剣士は少し考えた後
「そうだな。わかった。いいよ。私も今は暇を持て余しているしな。いい話し相手になってもらえそうだ。」
「ありがとうございます。」
 どっかであったことあるんだよな。この爺さん。だれだっけ?
 
 ……

 翌日、日中はヨーゼフの店を手伝った。ヨーゼフの店は、値上げして客足が多少落ちたようだ。

「今日は客の入りが悪かったな。」
「そうですね。売上大丈夫ですか?」

「売上自体は落ちてるな。でも、思ってたよりも客が入ったんで、利益はぼちぼちだ。これならやっていけるんじゃないかな。」
「へぇ。すごいですね。」
「まあ、これ以上客が減ると危なかったけど、たぶんこっからは大丈夫だろう。」
「何でです?」
「材料代の値上げはうちだけじゃないからな。うちは値上げしたけど、値上げしてねぇところは、料理の量を減らしたり、質を下げたりしたと思う。そうしたら、客足は遠のいていくからな。また、うちに客が戻るさ。なんせ、うちは味が自慢だからな。」
「安売りすればいいってもんじゃないんですね。」
「そうよ。」

 確かに、ヨーゼフの料理の腕は大したもんだ。確固たる味に対する自信があるから値上げもできるんだろうな。
 
 夕方からは老剣士の元へ向かう。町はずれにある広場で待ち合わせだ。

「やあ、時間通りだな。」
「よろしくお願いします。」
「どんな話を聞きたい?」
「冒険者には、どうしたらなれますか?」
 老剣士は少し考える。
「正確にいえば、わしは冒険者ではないんだ。今はただの剣士だ。」
「剣士と冒険者は違うんですか?」
「そうだな。冒険者ギルドに登録して、ギルドの依頼をこなし、その報酬を受けるのが冒険者だ。私はただの剣士だから、ギルドからの依頼を受けるわけではない。単に諸国を渡り歩いて、その日暮らしの生活をしているだけだ。」
「冒険者ギルドは何処にあるんですか?」
「この町にはないな。一番近いのがウサカだろう。ただ、あそこは小さい町だからな。依頼を取り合っているらしい。冒険者家業だけで生活するのは難しかろうな。」
「ほかには冒険者ギルドは無いんですか?」
「もう少し先のウルサンにも冒険者ギルドがあるが、あそこは治安が悪いな。その他となると、もうタリア王国領になるな。王国領なら大きい街にはだいたい冒険者ギルドはある。冒険者だけで生計を立てているものも居なくはないが、やはりつらいだろうな。」
「剣士様は、むかしから冒険者ではないのですか?」
「ああ、私は王国に雇われた剣士だったからな。冒険者とはちょっと違うな。」
「…王国の英雄…」
「なんだって?」
「あ、いや…」
 思い出した。この爺さんは爺とパーティーを組んでた王国の英雄騎士だ。何回か会ったことがある。
「誰に聞いた?」
 言葉は柔らかいが、かなりの疑念を抱かれた。さて、どうするか。
「こ、この間、王国で鍛冶屋をしているカールさんって人にお世話になって…」
「カール?レオポルドの孫か?」
「そ、それはわかりませんが、そのカールさんが、王国には英雄と呼ばれた剣士たちが居たって教えてくれて…」

「……」
 疑われたか?

「カールは元気にしていたか?」
「は、はい。お元気そうでした。」
「いつ会った?」
「つい5日ほど前だと思います。」
「あいつは何処へ行った?」
「さあ、いつの間にか旅立たれていたので…」
 やべえ、記憶があいまいなところだ。ってか、なんで俺の事を気にする?もう20年以上あってねぇぞ。
「あいつは、王国の英雄騎士の事をなんといっていた?」
「え、えぇ~っと。すごい剣士だっ……て……言ってました。自分はなれなかった。って」
「なれなかった……か。」
「……」
「え、英雄になるには、剣や魔力の素質が必要なんでしょ?」
「……」
 ん?ずいぶん怪訝そうに俺を見るな。なんかまずいこと言ったか?
「確かに、剣技や魔術は必要だな。…… 私も体が訛ってきたところだしな。ここはひとつ、冒険者を目指すお前さんの腕前を見せてもらおうか?」
 へ?なぜそうなる?そんな流れだった?
「え、いや、僕全く力がないですから……」
「冒険者を目指しているんだろう?なら、今から鍛錬しておく必要があるだろう?」
「まあ、そうかもしれませんが。武器も何も持っていませんし。」

「……」

「よかろう。明日のこの時間に、ここにおいで。道具はこちらで用意しよう。」
「……」
 これはまずいな。でもフリッツなら喜ぶべきなのか?
「う、うわぁい!やったぁ~。」
 へたくそか!俺は。

 今のはあまりにも棒読みだったな。ああ、老騎士がなんか微妙な目で俺を見ている。居た堪れない。
「じゃあ、明日よろしくお願いします。」
 俺は逃げるように帰っていった。
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