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カールの譚

食堂の見習い

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「ヨーゼフさんおはようございます。」

「おう、おはよう。」

 ヨーゼフはすでに仕込みを始めている。夜明け前から準備しているようだ。

「とりあえず、そこの野菜の下処理頼めるか?」
「はい、わかりました。」

 玉ねぎやニンジン。キャベツなど、皮をむき、食材に合わせて下処理をしてゆく。千切り、みじん切り。包丁よりも短剣の方が扱い馴れてる俺としては、まどろっこしい限りだが、体が覚えているせいか、それなりにスムーズに作業は進む。
「フリッツは筋がいいなぁ。3か月と言わず、うちに決めてもらってもいいけどな。」
「ありがとうございます。でも、いろんな仕事を見てみたい気もして……」
「そうだな。それからでいいよ。ほかの仕事も見た上で、うちに来てくれりゃぁなお長続きするだろうしな。」
「はい。」

 などと話しながら下処理は進んでゆく。この町に食堂は数件がるが、ヨーゼフの店「タベルナ」は人気店だ。営業は昼と夜。フリッツが手伝うのは主に昼時だ。夜は酒も出すので、フリッツは仕込みだけ手伝って帰る。

「さあ、そろそろ開店だ。外に営業中の看板を出してきてくれ。」

 そこからは戦場だった。次から次へと開店を待ちわびた客が押し掛けてくる。
「いらっしゃいませー!」
「ご注文は?」
 フリッツの仕事はウェイターだ。次から次へと来る注文を厨房に伝えてゆく。
「ありがとうございましたー!」
「ごちそうさん。お勘定ここに置いとくよ!」
 威勢のいい声が飛び交う。
 町で働く人たちの昼休みは2時間ほど。その間がピークだ。
「ありがとうございましたー!」
 最後の客が会計を済ませて店を後にする。
「フリッツお疲れさん。看板下げといてくれるか?」
「はぁい。」
 いやぁ、厳しかった。俺今までほんとに好き勝手してたんだな。世の中の人はこんなに忙しいのか…

「それじゃあ、厨房に賄い作ってあるから食べといで。」
「ありがとうございます!!」
 うわぁい。めしだぁ。
 やべ、やたらとうめぇぞ。フリッツ。料理人がいいんじゃねぇか?

「毎度!!」
 裏口から誰かが入ってくる。
「おう、待ってたよ。」
 食材屋のラルフだ。
「注文の野菜と肉ね。明日の朝はどうする?」
「ああ、注文票にまとめてあるから持って行ってくれ。」
「おうよ。で、これ請求書な!」
「おう……あ、ちょっとまて、随分値上がりしてねぇか?」
「仕方ねぇだろ、今クレータ街からの輸送費が上がってんだよ。王国が攻めてくるらしいなんて噂が立ったからよ。ま、すまねえがよろしく頼まぁ」
「いやいや、結構上がってんぞ、これ。一時的なもんか?」
「いや、当分は輸送に警備付けるって言ってるからな。こっちも商売なんでな、すまんね。」
「なんだよ。やってらんねぇな。こりゃうちで受けれる額じゃねえぞ。」
 なんだ、そんなに上がったのか?賄いの具沢山スープを一口飲み、請求書を覗き込む。
 確かに、先週見た請求書より10%くらい高いか。
 ヨーゼフは頭を抱えている。ここは大衆食堂だ、食べにくる客はそんなに金持ちじゃねぇ。できるだけいい物を安く良心的な経営をしているが……

「ヨーゼフさんどうするんです?」
「まあ、値上げしかねぇな。」
「値上げですか」
「例えばフランツがいま食ってるスープだけどよ。それが1000ミリルだ、そのうち材料代が大体300ミリル」
「じゃあ、700ミリルが儲けですか?」
「そうはいかねぇんだな。実際はそこに調理するための燃料代やら俺や従業員の給金。それにこの店の賃料なんかも入ってくるからな。」
「いろんなお金が要るんですね。」
 やべ、おれ趣味で鍛冶屋やってたから、経営の事全然わかってねえや。なんせ素材代も、燃料代も自給自足だったし。気に入らなかった武器防具は貴族にべらぼうな値段吹っ掛けて売ってたから、金には困ってなかったしな。世の中大変だったんだな。
「そうだな、だいたいそのスープ一杯売って、手元に残る利益が50ミリルくらいだ。」
「それで生活できるんですか?」
「まあ、してるんだから大丈夫だよ。ってか、そんなもんだ。意外にもうからんよ。」
「じゃあ、材料代が上がったらどうするんです?」
「そうだな、今の計算で行くと、材料代が330ミリルくらいになるな。だからそのままの値段で売ると利益が20ミリルになっちまう。」
「じゃあ、もっとお客さんに来てもらうしかないですね。」
「いや、それじゃあ、まずいな。」
「何でです。」
「そういうのを薄利多売って言うんだが、その方法だと、材料代がもっと値上がりしたら、売れば売るほど赤字になる。」
「確かに」
「そんな商売してたら、うちみたいな細々やってる店はすぐにつぶれちまうよ。なんせ、これ以上客を増やすこと自体が無理だからな。」
「じゃあ、どうするんです?」
「値上げしかねぇな」
「値上げですか。でも、それじゃあ他の安い店にお客さん取られちゃいません?」
「まあ、それは仕方ないさ。だから、客が減っても利益が出るようにしないとな。」
「?」
「例えば、今は1000ミリルのスープ一杯で材料代が300ミリル、利益が50ミリルだ。」
「はい。」
「で、材料代が330ミリルになったんなら、スープは1050ミリルにする。」
「1100じゃなくていいんですか?」
「あれ、もしかしてお前意外に頭いいのか?その年で計算できるんだな?」
 あ、やべ。俺10歳だった。
「まあ、確かに、燃料代やら賃料も値上がりするならそうなるけど、今回は材料代だけだからな。計算すると利益は70ミリルになる。そうすると、客当たりの利益が増えたことになる。」
「どういうことです?」
「いま、昼の客は100人くらいだ。すると、利益は50×100で5000ミリル。つまり5リルだ。」
「ふんふん」
「で、値上げして客が減ったとしよう。80人くらいしか来なくなった。とすると、70×80で5600ミリル。わかるか?客数は減っても利益は上がるんだ。まあ、この計算だと3割くらい客が減っても、今と稼ぎは変わらない計算になるな。理屈の上では」
「なるほど。」
「実際、客商売ってのはそんなにうまくいくもんじゃないけどよ。少なくともこっちも商売だ。ちゃんとしたものを売ってる以上、それなりの代金はもらわねぇとな。」
「そういうもんなんですね。」
「客からすりゃ、安けりゃ安いほどいいだろうけどよ。そうすりゃいずれ、安かろう悪かろうの店ばっかりになっちまうよ。俺らがいい仕事するためにはそれなりの給金がねえとな。」
「ですね。」
「さて、じゃあ、夜の仕込みするか!もうひと働き頼むぜ。」
「はい。」
「フリッツは計算もできるのかぁ…」
 ヨーゼフがぼそぼそつぶやいているのが聞こえる。やべえ。なんか狙われてるっぽい。
 …
 まあ、いいか、冒険者になるより、料理人の方が向いてそうだし。
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