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冬休み[お正月]

第133話 正月 (7)

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 ――一月二日 夜

 幸子の家でお正月の三が日を過ごすことになった駿。
 この日の夕飯、幸子の手作りカレーに舌鼓を打った。

「高橋くん、たくさん食べたわね!」
「す、すみません、すごく美味しかったので、三杯も食べちゃいました……」
「たくさん食べてくれて、嬉しいです!」

 大喜びの幸子。

「洗い物、オレやります」

 駿は、食器をシンクに運ぼうとした。

「はい、はい、高橋くんは部屋でゆっくりしていて」
「駿くんは、ゆっくりしてください」

 食器を取り上げる澄子と幸子。

「え、え、でも、それくらいは……」
「私がやるから大丈夫です!」

 幸子は、私に任せろと胸を張った。

「高橋くん、後片付けまで幸子にやってもらいましょ」

 うんうんと頷く幸子。

「さっちゃん、何かごめんね、全部やらせちゃって……」
「あれ、駿くん。私の欲しい言葉はそれじゃなくて……」

 幸子はニッと笑った。

「さっちゃん、ありがとう!」
「はい! どういたしまして!」
「ふふふ」

 ふたりのやり取りに笑いをこぼす澄子。

「澄子さん、さっちゃん、お言葉に甘えます! ご馳走様でした!」
「はい、お粗末様でした!」
「ゆっくりしてね」

 駿はふたりに頭を下げて、用意された部屋に戻っていった。

(何か旅館に泊まってるみたいだな……)

 ふたりの気遣いに感謝しつつ、部屋でゆっくりさせてもらうことにした。

 ――しばらくして

 コンコン

「はい」
「高橋くん、お風呂沸いたから入ってちょうだい。タオルとかは脱衣場に置いておくからね」

 扉の向こうから澄子の声がした。

「すみません、ありがとうございます」

 階段をパタパタと降りていく音がする。

「一番風呂とは申し訳ない……気を使ってもらいまくりだな……」

 替えの下着を持って、浴室へ向かった駿。
 浴室は、一階の階段を降りてすぐのところにある。

(これがマンガとかだと、中にさっちゃんがいて……っていうラッキースケベなパターンなんだけど……)

 コンコン

 駿は、念のため浴室の扉をノックした。
 何の反応もない。

「失礼しまーす……」

 カチャリ

 脱衣場には、誰もいなかった。

(まぁ、そりゃそうか)

 服を脱ぐ駿。

(風呂場に入ると、さっちゃんが……)

 カチャリ

 風呂場にも誰もいなかった。

(いるわきゃないわな……)

 浴槽と洗い場がある一般的な風呂場である。

(わぁ……広くていいなぁ……)

 ごく普通の風呂場なのだが、普段がユニットバスのため、駿にとってはとても広い風呂場に感じた。
 シャワーで身体を流し、湯船に浸かる駿。

「はぁ~、気持ち良すぎる……」

 駿は、大きな湯船で足を伸ばして湯に浸かり、広い洗い場で身体を洗うことに、得も言われぬ幸福感を感じた。

「贅沢させてもらってるなぁ……」

 ザバァー

(足拭きマット、びちゃびちゃにするのは申し訳ないな……)

 風呂場で身体を拭く駿。

(こんなもんかな……)

 カチャリ

 駿は、脱衣場でも改めて身体を拭いていた。

(広いお風呂……やっぱりいいなぁ……澄子さんとさっちゃんに感謝だな……)

 ガチャッ

 突然、脱衣場の扉が開く。
 そこには、タオルを持った幸子が立っていた。
 駿は、全裸だ。

「え⁉」

 お互いの目が合うふたり。
 幸子は視線を少し下げた後、驚いた表情のまま、ゆっくりと扉を閉めた。

(ラッキースケベは、さっちゃんの方だったか……)

 ◇ ◇ ◇

 夜もふけ、部屋の中の布団の上でスマートフォンをいじり、暇をつぶしている駿。
 昼寝してしまったので、まだ眠くないのだ。
 すでに深夜と言える時間帯、家の中は静まり返っている。

 コンコン

「はい」
「駿くん、起きてる……?」
「うん、起きてるよ」

 カチャ

 寝巻き姿の幸子が立っていた。

「さっちゃん、どうぞ」

 おずおずと部屋に入ってくる幸子。

 パタン

「どうしたの?」
「あの……お風呂……ごめんなさい……」

 幸子は、頭を下げた。
 優しく微笑む駿。

「気にしないで大丈夫だよ。こっちこそ変なもの見せちゃってゴメンね」

 思い出してしまったのか、幸子の顔が赤くなる。

「い、いえ、たいへん結構なものを拝見させていただいて……」
「あはははは、何言ってんだよ、さっちゃん」
「す、すみません……!」

 うつむいてしまった幸子。

「オレ、全然気にしてないから! さっちゃんも気にしないで!」
「そう言っていただけると救われます……」

 幸子は、ホッした表情を浮かべる。

「あっ、ちょ、ちょっと待ってくださいね!」

 カチャッ パタン

 急に部屋を出ていった幸子。

 ――少し経って

 コンコン

「はい、どうぞ」

 カチャッ

「よっと……んしょ……んしょ……」

 幸子は布団を抱えていた。

「わわっ! さっちゃん、持つよ!」

 布団を受け取る駿。

「駿くん、ありがとうございます」
「これは?」
「私の布団です」
「へ?」
「駿くんのお隣で寝ようかなって」

 幸子は、頬を赤らめて照れた。

「ダ、ダメだって!」

 慌てる駿。

「下にお母さんいますよ?」
「それはそうだけど……」
「じゃあ、大丈夫ですね!」

 幸子は、駿の布団の隣に自分の布団を引いた。
 自分の布団に潜り込み、駿に笑顔を向ける幸子。
 駿は頭を抱えた。

「まいった……降参」
「やったーっ!」

 大喜びの幸子。

「じゃあ、おしゃべりしながら寝よっか」
「はい!」
「電気消すね。小さい電気、点けといた方がいい?」
「そうですね、私、いつも点けてます」
「OK」

 パチリ パチリ

 部屋の明かりが落ち、オレンジ色の常夜灯が駿と幸子を淡く照らす。

 駿は、自分の布団に潜り込んだ。
 お互いに向かい合うふたり。

「目の前に駿くんがいる……夢みたい……」
「大げさだよ、さっちゃん」
「駿くんは、私をいつも助けてくれるスーパーヒーローだもん……大げさじゃないですよ……」

 駿は、複雑な表情が混じった笑顔を浮かべた。

「駿くん……聞いていいですか?」
「うん、何でも聞いてよ」

 口にする言葉を言いあぐねている様子の幸子。

「駿くん……何か困っていること、ないですか?」
「困っていること?」
「はい……何か思い悩んでいることとか……」
「どうしたの、突然……?」
「駿くん、今日私に言ったこと、覚えてますか……?」
「さっちゃんに言ったこと……なんだろう……」
「駿くんが昼寝した時です……」
「ゴメンね、分かんないや……」

 駿は、たははっと笑った。
 表情が曇る幸子。

「駿くん言ったんです。『さっちゃん、オレ頑張るよ、頑張るからね』って……駿くん、これ以上何を頑張るんですか? 駿くん、いつも頑張ってばかりで、私、心配です……」

 駿は言葉が出ない。

「いつも駿くんに頼ってしまう私たちにも原因はあると思っています……でも駿くん、嫌な顔ひとつせず私たちに手を差し伸べてくれて、私たちのために戦ってくれて、見返りは求めない……これじゃあ……」

 笑顔で答える駿。

「ほら、それはカッコつけたいからで、オレ、全然大丈夫だから――」
「大丈夫じゃない!」

 駿の言葉を遮るように、幸子が叫んだ。

「さっちゃん……」
「大丈夫じゃないよ……ずっと頑張り続けて……色んなもの、たくさん背負い込んで……駿くん、いつか壊れちゃうよ……」

 涙声で駿に訴える幸子。

「私も駿くんばかり頼らないようにします……だから、せめて、私とふたりきりの時だけでも気を抜いてほしい……駿くん、お願い……あまり頑張り過ぎないでください……抱え込み過ぎないでください……辛いことや悩み、愚痴は、遠慮なく私にこぼしてください……私、いくらでも話聞きますから……お願いです……」

 幸子は、駿の言葉を待った。
 辛そうな表情を浮かべる駿。

「さっちゃん……」
「はい……」
「心配かけて、ゴメンね……オレ、ホントは内心一杯一杯でさ……カッコつけたい、なんて言ってるけど、ホントは……ホントは……」

 駿は言葉に詰まった。

「駿くん、無理しないでくださいね……」

 仰向けになり、腕で目を隠す駿。

「ゴメン……ホントは……みんなに……さっちゃんに……弱い自分を見せたくないだけなんだよ……」
「弱い自分……?」
「オレ、弱虫だからさ……男としてダメなことがみんなに見透かされないか、いつも怯えてて……いつか……い、いつか……みんなに……さ、さっちゃんに見限られて……オレのま、前から、誰も、いなく、な、なっちゃうんじゃないかって……」

 駿は、自分の心の中で抱えていた本当の苦しみを吐露。
 幸子の前で小さく嗚咽を漏らした。

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