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第五部 晴天帰路

147 女神は食堂のおばちゃんだった

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 獣神マナと名乗った少女は、俺が同じ神族だと分かった途端に、態度が馴れ馴れしくなった。災厄魔と一緒に来たから、魔物だと勘違いしていたのが嘘のようだ。
 
「同じ神族だからって、味方だとは限らないんじゃ」
「? あなたも女神様に仕えてるんじゃないの? 聞いたことのない神名だけど、きっと裏方の仕事をしてるのね!」
 
 マナはキラキラとした眼差しでこちらを見てくる。
 正直に事情を説明する必要はない。
 ここは適当に合わせておくか。
 
「そうだな」
「ごめんなさい、攻撃しちゃって。災厄と一緒に来たのも、きっと訳があるのね!」
 
 神族ってだけで、ここまで信頼されるものなのか。
 ちょっと複雑な気分だ。
 
「ううう、同じ神族に間違って攻撃しちゃったって報告したら、女神様に叱られる。ただでさえ、そそっかしいと思われてるのに。アダさん、災厄と一緒に来たって、ちゃんと証言してね! アダさんと一緒なら、私は悪くないと分かってもらえるわ」
「お、おぅ」
 
 俺は頷きながら、この世界の歴史を思い起こす。
 初代の勇者アレスの時代、危険な魔物がそこら中を闊歩していたので、人類は文明を発展させるどころではなかった。
 人間の窮状を憐れんだ創世の女神は、七本の聖なる剣を、人間たちに与えた。その剣の近くは魔物が寄って来なかったので、人々は聖なる剣を里の中心に置いて生活していた。
 しかし、突如現れた邪神との戦いで、創世の女神は力尽き、聖剣から力は失われた。神の加護のもと発展していた人間の王国は滅び、暗黒の時代が訪れる。
 俺が異世界転生したのは、この暗黒時代の終わり頃だ。
 人間たちは聖なる剣の代わりに、闇を退ける聖なるクリスタルとして、俺を街の中心に設置した。
 同時期に、人間を守護する炎神カルラや天空神ホルスが現れた。
 こうして光の七神の時代となり、人間は文明を急速に発展させることになる。
 
「着いた! 降りて降りて!」
 
 空飛ぶ白い狼は、世界樹の中腹にある露台に着地した。
 そこは世界樹の幹と一体化した、花咲く優美な城だった。
 俺はマナを追って狼の背中から飛び降りる。
 
「女神様は、食堂にいるわよ」
「食堂?」
 
 てっきり謁見の間のような場所に案内されると思いきや、マナはずんずん通路を進んで、木漏れ日が射し込む広大なテラスへ向かった。
 食べ物の良い匂いがする。
 
「お残しは、許しませんよ!」
 
 テラスに立つ割烹着のおばさんが一喝した。
 
「女神様!」
「ようこそ、マナ。今日の日替わりは、ストロベリートマトソースのスパゲッティーランチ、または笹豚のしょうが焼き定食ですよ」
 
 おばさんはマナを見てにっこり微笑む。
 
「女神? 食堂のおばさんが??」
「アダさん、失礼ですよ! 創世の女神様です! 確かにちょっと庶民的ですけど」
 
 どこの世界に割烹着姿で配膳する女神様がいるんだよ!
 この世界か。
 
「……笹豚のしょうが焼き定食ひとつ」
 
 俺はもろもろの不条理を無視することにした。腹が減っていたので、定食を注文する。
 代金はどうなるんだろうな。
 
「神族の給与から天引きです」
 
 女神様から俺の心を読んだように返答があった。
 
「給与?!」
「冗談です。ここは私の趣味で営んでいる食堂ですので、お代は結構ですよ」
 
 あー、冷や汗かいた。
 
「女神様! 私、間違って彼を攻撃してしまって、罰則をくらってしまったんです!」
「それで一緒に来たのですね。ハイ、罰則を解除しました」
 
 おばさんが手を振ると「封印が解除されました」とメッセージが浮かんだ。魔法が使えるようになって安堵する。
 俺は近くの木のテーブルの前の椅子に座った。
 せっかくだから定食を食べていこう。
 
「アダさん、お水をコップに入れてください」
「なぜお前の分まで」
 
 マナもちゃっかり座り、ランチを食べるつもりのようだ。
 
「ちょっと待っていてね」
 
 女神は厨房らしき奥まった場所へ歩いていった。
 どんな食事が運ばれてくるのかとワクワクしていると、彼女が歩いていった先で爆発音が鳴った。
 
「今のは?!」
 
 俺はマナと顔を見合わせると、席を立った。
 厨房から煙が立ち上っている。
 いったい何が起きたんだ。
 
「大丈夫か?!」
 
 煙をさっと風の魔法で吹き飛ばし、厨房をのぞきこむ。
 床には食器が散乱しており、焦げた鍋の中には謎の黒い液体がうごめいていた。
 
「ふああ……」
 
 そして床に座り込んで目を回す白髪の少女。
 見覚えがある容姿だ。
 まさか、テナーか。
 
「テナー! また台所を爆発させたんだね! 今度は何を作ったのさ」
 
 呆気に取られる俺の後ろから、金髪碧眼の少年が顔を出した。
 
「クーちゃん。ふおぉ、また失敗しちゃったよう」
 
 テナーはめそめそ泣いて、少年の腕の中に飛び込む。
 俺の混乱を察したのか、マナがこそっと耳打ちしてきた。
 
「彼女が創世の女神様の娘、テナー様だよ。食堂の手伝いをしているの。テナー様をなだめているのは、幼馴染みで時の神のクロノアよ」
「!!」
 
 げっ、出会いたくなかった奴と出会ってしまった。
 
「誰ですか?」
 
 クロノアが顔を上げて俺を見る。
 よく知っている年齢不詳の嘘くさい笑顔じゃない、純朴な少年の無垢な眼差しだった。
 
「こちらは聖晶神アダマント、略してアダさん!」
 
 マナが勝手に紹介してくれる。
 
「知らない神名ですね……」
 
 クロノアは訝しげに俺を見るが、同じ神族ということでマナ同様、警戒してくる気配はない。おそらく、この時代のクロノアは災厄魔を目覚めさせて云々と企む前のクロノアだ。
 勘弁してくれ。
 この瞬間、俺が知っている歴史が変わってしまったのだと、訳もなく直感していた。
 
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