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第三部 魔界探索

89 魔神アグニ

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 俺とサナトリスは荷車の御者席に招かれた。
 トカゲと馬の中間のようなモンスターが二匹、いななきながら荷車を引っ張っている。荷台に積まれた鉄格子の檻には、十数人の人間が押し込められていた。
 
 荷台の人間たちは、闘技場の整備や掃除をさせられるらしい。
 ここ灼熱地獄では年中、闘技大会が催されており、出場者の予選に使う大小さまざまな石舞台が設置されている。戦いで壊れた石舞台を修繕するのも、人間の奴隷の仕事なのだそうだ。
 
 俺はトサカ頭の奴隷商人から、闘技場の受付場所や、魔神アグニの噂、闘技大会で暴れる危険な奴、美味い料理店の場所などの情報を聞き出した。
 
「いろいろ参考になったよ。ありがとう」
 
 笑顔で感謝の言葉を述べる。
 
「礼を言いながら、何故に私の襟をつかむんですかな?!」
 
 もうトサカ頭に用はない。
 襟首をつかんで持ち上げると、赤火花が咲く野原の真ん中へぶん投げた。
 
「そらっ」
「うぎゃあああ!」
 
 野原が爆発炎上して、トサカ頭の断末魔の悲鳴が響く。
 
「見事な花火だなー」
「カナメが怖い……」
 
 俺の肩でリーシャンがぶるぶる震えている。
 なんだよ、お前だって目からビームで焼き殺そうとしてたじゃないか。
 
「ボスに何をする?!」
 
 奴隷商人の部下の魔族が、武器を手に俺たちを包囲する。
 
「やれやれ。だが、肩慣らしにはちょうどいい」
 
 サナトリスが槍を構えた。
 荷車の上で大立回りが始まる。
 だが、敵に高レベルの使い手はいないらしく、槍を振り回すサナトリスを援護するだけで敵を退けることができた。
 
「楽勝だったな」
 
 操縦する魔族がいなくなったので、荷車を引くモンスターが戸惑って立ち止まる。
 俺は荷台によじのぼって、鉄格子の檻を見下ろした。
 檻の中の人間たちは、恐怖に引きつった顔で俺を見上げている。
 同じ人間だ、と言っても信じなさそうだ。
 
 とりあえず、武器や道具を作る魔法を応用して、鉄格子をねじ曲げた。
 出口が出来たのに、人間たちは凍りついたように動かない。
 棒のように痩せた体格と言い、怯えて理性を失った目と言い……相当ひどい状態のようだ。
 これは普通に話しても聞いてくれないな。
 
「……出ろ」
 
 俺は、わざと横柄な態度を装い、彼らに命令した。
 命令されるのは慣れているのだろう。
 人間たちはぞろぞろと檻から出てくる。
 
「これから、お前たちは俺の国で働いてもらう」

 と、言いながらペンと紙を召喚して、さらさら手紙を書いた。
 宛先は、ホイップクリーム爺さんことグリゴリ司教。
 彼なら適当に、良きように計らってくれるだろう。
 
「魔法で転送するけど驚くなよ? 向こうに着いたら、白い髭の爺さんの言う事を聞け」
 
 俺は転送魔法を発動して、サクッと人間たちをアダマスに送った。
 あとは野となれ山となれ。
 奴隷商人も奴隷の人間もいなくなって、後には荷車と俺たちだけが残る。
 
「……カナメはやっぱりカナメだね」
 
 リーシャンが元通り、俺の頭上によじのぼって安心したように言った。
 
「なに言ってんだ。働く場所が変わっただけだろ。俺はあいつらの幸せまで保証しない」
「ふふふ、ま~たまたカナメったら」
 
 普通にアダマスでこき使うつもりなのに、リーシャンの奴は俺が人間を助けたと誤解しているらしい。俺はそんな善人じゃないぞ。だいたい、生まれ故郷の魔界より、遠く離れたアダマスで働く方が良いかは、人それぞれだ。
 彼らの前途に幸あれと、どこにいるか分からない本当の神様に祈ろう。
 
 
 
 
 荷車はその場に放置し、再び騎乗用モンスターのメロンに乗って、俺たちは街道沿いに進んだ。
 だんだん民家が道の脇に建つようになり、旅人の格好をした魔族とすれ違うようになる。
 その先には、壊れた石舞台や崩れた建物が集合した、廃墟のような街があった。
 闘技大会の主催地、イグナイトだ。
 日本人なら住まないような荒れ果てた建物が立ち並んでいるが、どうやらまだ現役らしい。煤けてヒビ割れた建築物のあちこちに、魔族の気配がする。店の看板も掲げられていたが、魔族独自の文字なのか、俺には読めなかった。
 
「宿とかあるのかな。風呂に入って休みたいぜ」
 
 俺はお上りさんよろしくキョロキョロする。
 
「私は闘技大会にエントリーしてくる!」
「あ、サナトリス」
「一時間後に、獅子の首で待ち合わせよう!」 
 
 サナトリスは、浮かれた様子で走って行ってしまった。
 
「獅子の首……?」
「カナメ、あれじゃない?」
 
 リーシャンが俺の頭を叩いて指差す。
 そちらには高い石の壁が立っていた。
 壁には、首をねじ切られる瞬間のライオンの姿が、立体的に刻まれている。
 
「趣味悪……」
 
 魔界はやっぱり物騒だな。
 
「もし、そこの旅の方、今夜の宿をお探しかい?」
 
 突然、黒いサングラスをかけ、アロハシャツを着た怪しいオッサンが、俺に話しかけてきた。
 
「押し売りは結構です」
「まあ待てよ」
 
 俺は話を聞くことなく断ったが、オッサンはそれを見越したように、前に回り込んできた。
 
「立派な浴場付きの宿だぜ?」
「……」
 
 怪しい。怪しすぎる。
 しかし風呂付きの宿は、とても気になる。
 なにせ、この汚い街では風呂どころか清潔な寝床にありつけるか、見た感じ期待できなかった。
 
「見に行ってから決めるぞ」
「カナメ……お風呂に入らなくても死なないのに」
 
 風呂の誘惑に負けた俺を、頭上のリーシャンが悲しそうな目で見てくる。えい、風呂の良さを知らない動物は黙ってろ。もし罠だったとしても、怪しいサングラスのおっさんをやっつければ済む話だろ。
 
「こっちだ」
 
 サングラスのおっさんの案内に従い、大通りを離れる。
 案内された先にあったのは、宿ではなく小さな闘技場だった。
 
「風呂付きの宿は?」
 
 何となくこの先の展開が予想できたので、防御魔法の準備をしつつ、俺はオッサンに問いかける。
 
「嘘ではないぞ。立派な風呂付き高級宿に招待してやる……俺に勝てばな!!」
 
 おっさんはサングラスを空高く放り投げた。
 鋭い眼光を放つ紅の瞳と、額の中央を走る傷痕があらわになる。
 
「我こそ灼熱地獄を治める、魔神アグニである! 聖晶神アダマント、俺と勝負しろ!!」
「嫌だ」
 
 俺は即答した。
 
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