67 / 159
第二部 時空越境
67 大聖堂の夜
しおりを挟む
「永治さまの次に、格好良い男ね! 二番目よ!」
失礼な格付けをしてんじゃねえ。
俺はうっとり見つめてくる七瀬を、川の下流に放った。
「椿、押し流せ」
「ええ、もちろんよ!」
力強く頷いた椿が水属性の魔法を使うと、滝のように水が降ってきて、七瀬は魔物の群れもろとも流されていった。
「覚えてなさいよーっ!」
ありきたりな捨て台詞を残して。
俺は自分の周囲だけ結界を張って波をしのぎながら、涼しい顔で彼女を見送った。もう二度と来んなよ。
「それにしても、街の前に大きなクレーターができちまったな」
邪神ダゴンを倒すのに派手な魔法を使ったせいで、でかい円形の穴が空いてしまっている。
「湖ができて良いじゃないですか!」
「心菜……それはちょっと無理やりじゃないか」
いつの間にか俺の隣にやってきて言う心菜。
水が溜まって魚が住むようになれば景観も良くなる、らしいが。
後日、恐ろしいことに心菜と同じような事を言ったグリゴリ司教によって、この人工湖は新たなアダマスの観光スポットになる事を、この時の俺には知る由もなかった。
アダマス王都の危機は去った。
だが、まだ神聖境界線の一部は崩されたままだ。
あの手この手で引き留めてくる神官たちを振り切って、俺は仲間たちと共に旅立つことにした。
新しい杖も手に入ったことだしな。
「その杖はカナメさんのために作ったので、持って行ってください!」
「いや、料金は大聖堂が払うんだから、きちんと納品しろよ……」
杖職人グレンは、俺をイメージして杖を作ったという。
本来、聖晶神にささげるため、大聖堂に飾られるはずの杖だ。
俺=聖晶神なのだから、実質問題ないとはいえ、世間的にはどうなのだろうか。
「問題ありませんぞ」
ほっほっ、とホイップクリーム、もといグリゴリ司教は福笑いしながら太鼓判を押した。
大聖堂は納品されたことにしてくれるらしい。
「ところでカナメさまは、杖を持ち歩きされるのですかな?」
「目立つし邪魔だから、やっぱり大聖堂に置いていくわ。必要な時だけ召喚すればいいし」
もうひとつの俺の体、クリスタルが光るよう魔法を仕掛け、大聖堂の壁に聖晶神の杖を設置すれば、留守の間の見栄えは整ったも同然。
「奇跡については、お前ら、もうちょい修行して俺の代わりが務まるようにしろよ」
「!! 仰る通りですね。精進いたします!」
レフを初めとする神官たちは、俺の言葉に背筋を伸ばした。
いつまでも神様がお守りしなきゃいけない国じゃ、困るからな。
「いつでも帰ってきてくださいね、カナメさま。居心地よくなるように、風呂を整備したり、ふかふかのクッションやココナさまの猫用品を追加いたしますから」
「だから心菜は猫じゃないって……」
準備を整え、旅立つ前の晩。
俺は寝台を抜け出してクリスタルの間に忍び込んだ。
魔法を掛けたせいで中身無しでも、ぼんやり薄く光っている青いクリスタル。
祭壇に腰かけて、広間をゆったり眺め渡す。
天窓から射し込む月光が、紺色の絨毯に縫い付けられた真珠を輝かせている。
広間は、無数の星座が光る夜空をイメージしたデザインだった。
ここで千年近くの時を過ごしたんだ。
苦しいことも悲しいことも沢山あった。
長い歴史の中で、この広間で血が流れたこともある。
それでもアダマスの国民と二人三脚でここまでやってきたのだ。
「……枢たん」
「心菜、寝てなかったのか」
広間の扉を静かに開けて、心菜が顔をのぞかせる。
彼女は遠慮がちに俺を見ている。
「大丈夫、来いよ」
手招きすると、彼女はおそるおそる俺の隣にやってきて、ちょこんと体育座りをした。
「この国からのあちこちに、枢たんの匂いがします」
「匂い?」
「幸せな匂いです。あったかくて、ふわふわします。心菜は、異世界の枢たんを知っているアダマスの人たちが、ちょっとうらやましいです」
俺は苦笑して、心菜の栗色の髪をぽんぽんと撫でた。
「そんなの、俺だって同じだ。お前が異世界でつらい思いをしていたなら、助けてやりたかった」
異世界で独身をつらぬいたという心菜。
いったいどんな思いで俺のいない世界を過ごしていたのだろう。
「まだ、間に合いますよね。これからずっと、どんな時も、心菜は枢たんと一緒にいたいです」
それは、まるで結婚式の誓いの言葉のようだった。
俺は自然と手を伸ばし、月明りの下で彼女に口づけしていた。
失礼な格付けをしてんじゃねえ。
俺はうっとり見つめてくる七瀬を、川の下流に放った。
「椿、押し流せ」
「ええ、もちろんよ!」
力強く頷いた椿が水属性の魔法を使うと、滝のように水が降ってきて、七瀬は魔物の群れもろとも流されていった。
「覚えてなさいよーっ!」
ありきたりな捨て台詞を残して。
俺は自分の周囲だけ結界を張って波をしのぎながら、涼しい顔で彼女を見送った。もう二度と来んなよ。
「それにしても、街の前に大きなクレーターができちまったな」
邪神ダゴンを倒すのに派手な魔法を使ったせいで、でかい円形の穴が空いてしまっている。
「湖ができて良いじゃないですか!」
「心菜……それはちょっと無理やりじゃないか」
いつの間にか俺の隣にやってきて言う心菜。
水が溜まって魚が住むようになれば景観も良くなる、らしいが。
後日、恐ろしいことに心菜と同じような事を言ったグリゴリ司教によって、この人工湖は新たなアダマスの観光スポットになる事を、この時の俺には知る由もなかった。
アダマス王都の危機は去った。
だが、まだ神聖境界線の一部は崩されたままだ。
あの手この手で引き留めてくる神官たちを振り切って、俺は仲間たちと共に旅立つことにした。
新しい杖も手に入ったことだしな。
「その杖はカナメさんのために作ったので、持って行ってください!」
「いや、料金は大聖堂が払うんだから、きちんと納品しろよ……」
杖職人グレンは、俺をイメージして杖を作ったという。
本来、聖晶神にささげるため、大聖堂に飾られるはずの杖だ。
俺=聖晶神なのだから、実質問題ないとはいえ、世間的にはどうなのだろうか。
「問題ありませんぞ」
ほっほっ、とホイップクリーム、もといグリゴリ司教は福笑いしながら太鼓判を押した。
大聖堂は納品されたことにしてくれるらしい。
「ところでカナメさまは、杖を持ち歩きされるのですかな?」
「目立つし邪魔だから、やっぱり大聖堂に置いていくわ。必要な時だけ召喚すればいいし」
もうひとつの俺の体、クリスタルが光るよう魔法を仕掛け、大聖堂の壁に聖晶神の杖を設置すれば、留守の間の見栄えは整ったも同然。
「奇跡については、お前ら、もうちょい修行して俺の代わりが務まるようにしろよ」
「!! 仰る通りですね。精進いたします!」
レフを初めとする神官たちは、俺の言葉に背筋を伸ばした。
いつまでも神様がお守りしなきゃいけない国じゃ、困るからな。
「いつでも帰ってきてくださいね、カナメさま。居心地よくなるように、風呂を整備したり、ふかふかのクッションやココナさまの猫用品を追加いたしますから」
「だから心菜は猫じゃないって……」
準備を整え、旅立つ前の晩。
俺は寝台を抜け出してクリスタルの間に忍び込んだ。
魔法を掛けたせいで中身無しでも、ぼんやり薄く光っている青いクリスタル。
祭壇に腰かけて、広間をゆったり眺め渡す。
天窓から射し込む月光が、紺色の絨毯に縫い付けられた真珠を輝かせている。
広間は、無数の星座が光る夜空をイメージしたデザインだった。
ここで千年近くの時を過ごしたんだ。
苦しいことも悲しいことも沢山あった。
長い歴史の中で、この広間で血が流れたこともある。
それでもアダマスの国民と二人三脚でここまでやってきたのだ。
「……枢たん」
「心菜、寝てなかったのか」
広間の扉を静かに開けて、心菜が顔をのぞかせる。
彼女は遠慮がちに俺を見ている。
「大丈夫、来いよ」
手招きすると、彼女はおそるおそる俺の隣にやってきて、ちょこんと体育座りをした。
「この国からのあちこちに、枢たんの匂いがします」
「匂い?」
「幸せな匂いです。あったかくて、ふわふわします。心菜は、異世界の枢たんを知っているアダマスの人たちが、ちょっとうらやましいです」
俺は苦笑して、心菜の栗色の髪をぽんぽんと撫でた。
「そんなの、俺だって同じだ。お前が異世界でつらい思いをしていたなら、助けてやりたかった」
異世界で独身をつらぬいたという心菜。
いったいどんな思いで俺のいない世界を過ごしていたのだろう。
「まだ、間に合いますよね。これからずっと、どんな時も、心菜は枢たんと一緒にいたいです」
それは、まるで結婚式の誓いの言葉のようだった。
俺は自然と手を伸ばし、月明りの下で彼女に口づけしていた。
1
お気に入りに追加
3,896
あなたにおすすめの小説
兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜
藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。
__婚約破棄、大歓迎だ。
そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った!
勝負は一瞬!王子は場外へ!
シスコン兄と無自覚ブラコン妹。
そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。
周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!?
短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています
カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。
いらないと言ったのはあなたの方なのに
水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。
セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。
エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。
ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。
しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。
◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬
◇いいね、エールありがとうございます!
所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!
ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。
幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。
婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。
王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。
しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。
貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。
遠回しに二人を注意するも‥
「所詮あなたは他人だもの!」
「部外者がしゃしゃりでるな!」
十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。
「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」
関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが…
一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。
なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
【完結】君こそが僕の花 ーー ある騎士の恋
冬馬亮
恋愛
こちらの話は、『あなたの愛など要りません』の外伝となります。
メインキャラクターの一人、ランスロットの恋のお話です。
「女性は、花に似ていると思うんだ。水をやる様に愛情を注ぎ、大切に守り慈しむ。すると更に女性は美しく咲き誇るんだ」
そうランスロットに話したのは、ずっと側で自分と母を守ってくれていた叔父だった。
12歳という若さで、武の名門バームガウラス公爵家当主の座に着いたランスロット。
愛人宅に入り浸りの実父と訣別し、愛する母を守る道を選んだあの日から6年。
18歳になったランスロットに、ある令嬢との出会いが訪れる。
自分は、母を無視し続けた実父の様になるのではないか。
それとも、ずっと母を支え続けた叔父の様になれるのだろうか。
自分だけの花を見つける日が来る事を思いながら、それでもランスロットの心は不安に揺れた。
だが、そんな迷いや不安は一瞬で消える。
ヴィオレッタという少女の不遇を目の当たりにした時に ーーー
守りたい、助けたい、彼女にずっと笑っていてほしい。
ヴィオレッタの為に奔走するランスロットは、自分の内にあるこの感情が恋だとまだ気づかない。
※ なろうさんでも連載しています
自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!
ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。
ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。
そしていつも去り際に一言。
「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」
ティアナは思う。
別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか…
そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。
噂好きのローレッタ
水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。
ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。
※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです)
※小説家になろうにも掲載しています
◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました
(旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる