上 下
64 / 159
第二部 時空越境

64 王都に迫る危機

しおりを挟む
「もうすぐコンサート会場に着くんだわ……!」
 
 アダマス王国の中心部を目指しながら、千原七瀬は興奮していた。
 
「世界に名だたるアダマスで、私の歌を披露できるなんて、感激☆」
 
 七瀬は今、イルカに乗って川をさかのぼっている。
 リボンだらけの派手な蛍光イエローのカクテルドレスが、風をはらんでヒラヒラなびいている。短い裾からは七瀬の形のよいヒップラインがチラ見えしていた。
 周囲にはサメやヒトデの魔物が群れをなしている。
 魔物たちは七瀬の忠実な配下である。
 
「聖晶神がなんぼのもんよ! こちとら異世界スーパーアイドル七瀬だよ☆」
 
 黒崎より一足先に、七瀬は地球からこの異世界アニマに戻ってきていた。
 海神マナーンを倒すのに手こずったが、その甲斐があって、ようやく聖なるクリスタルの国アダマスを攻略する目処が付いたところだ。
 七瀬は、魔族の悲願ともいえる神聖境界線の破壊を一部成し遂げて、気分が高揚していた。
 
「聖晶神アダマントってどんな奴かしら? 不細工だったら抹殺して、イケメンだったら私の愛人にくわえてあげる」
 
 彼女の目の前には、遠くアダマス王都の街並みが見え始めていた。
 
 
 
 
 アダマス国王マルクは開口一番、俺に言った。
 
「聖晶神さま、ご帰還を民に知らしめるため盛大なパレードをしましょう!」
「却下」
 
 俺は即座に拒否した。
 マルクの隣のアセル王女が呆れた顔をしている。
 
「お父さま、本気ですか? こんな冴えない男を民の前に連れ出して、我らの神だと納得してもらえると?」
「何を言っているのだアセル。珍しい黒髪に滑らかな象牙色の肌、バランスの取れた体躯、穏やかで寛容で理知的な眼差し、理想の男神さまじゃないか!」
 
 うわっ、鳥肌が立った今。
 
「ストップ。アセル王女の言う通りだから」
「ですが聖晶神さま」
 
 この会見に真たちを同席させなくて良かった。
 俺に対する王様の賛辞を聞かれたら恥ずかしくて死ねる。
 気持ちを落ち着かせるため、腕組みして咳払いした。
 
「……あー、それで川をさかのぼってくる魔物の群れは、どんな感じなんだ?」
「それが……」
 
 話題を変えた俺に、王様が困った顔をする。
 
「兵士の報告によれば、途中で見送ってしまったと……」
「は?」
「歌を唄う女性の魔族が群れの先頭におり、彼女に見とれている間にさっさと通過していったそうだ」
「なんだそれ」 
 
 よく分からないので詳細を聞くと、兵士たちは、何か魔法でも使ったらしい敵の魔族に攻撃できず、まごまごしている内に敵は通りすぎたそうな。
 兵士に犠牲者が出ていないのは幸いだが。
 
「ちょっと今初めて聞きましたよ!」
 
 アセル王女は激おこだ。
 
「まんまと敵に王都への侵入を許したのですか?!」
「う、うむ。そういうことになるな」
 
 王様は威厳を取り繕うように重々しく頷いているが、もう駄目駄目だ。
 
「だが今、我々には聖晶神さまが付いている!」
「お父さま! 冷静に、普段のお父さまに戻って、この男をよく見て下さい! 彼は本当に神に見えますか?!」
「ご、後光が、さしているような……?」
「ただの昼の光です!」
 
 アセル王女は俺をバッと指差して、神様には見えないと言う。
 国王マルクは「言われてみればそうかも」と膝から崩れ落ちた。
 なんだこの茶番は。
 というかアセル王女は俺が聖晶神だって信じてないんだな。
 まあ別にいいけど。
 
「……聖晶神さま!」
 
 俺たちが話しているのは大聖堂の一室だ。
 警備の騎士の間から、ただごとではない緊張感を持った神官が飛び込んでくる。
 
「魔物の群れが、王都の前に!」
「王都には入らせねーよ」 
 
 あらかじめ仕掛けておいた特製の結界が、奴らの行進を阻んでいるはずだ。
 今頃、魔物の群れは立ち往生していることだろう。
 
「王都の人たちには、ことが終わるまで建物の中に避難して外に出ないように通知してくれ。家のない人や旅人は、大聖堂に避難させても良い」
 
 俺は上座の椅子から立ち上がりながら言う。
 神官たちは頷いて、俺の指示を伝えるために動き出す。
 アセル王女は、不思議そうに俺の行動を見ている。
 
「あなたはどうするの? まさか」
「魔物の群れを撃退してくるよ」
 
 今までは大聖堂から動けなくてピンチの時もあったけど、今回は違う。俺は自分の身体で移動して対応できるのだ。動けるって素晴らしい。
 心菜や真たちにも協力してもらおう。
 
「待って!」
 
 部屋を出ようとした俺は、アセル王女の声に引き止められた。
 振り返ると混乱した表情の少女と目が合う。
 
「どうして危険をおかしてまで、アダマスを守って下さるのですか?!」
 
 その問いかけは初めてではなかったけれど、言葉にして回答するのは初めてだった。クリスタルは喋らないからな。
 
「お前らアダマスの民が俺を守ってくれたからだよ。あと俺にとっても、アダマスは故郷で、自分の国だから」
 
 
 
 
 聖晶神だという青年は、柔らかな笑みを残して去っていった。
 アセルは呆然とする。
 
「アセル……」
「父様」
 
 父親のマルクの手が肩に置かれた。
 
「大丈夫。あの方はちゃんと聖晶神さまだよ。アセルにも分かっただろう」
「……」
 
 アダマスの国民なら、カナメの言ったことの意味が分かる。
 クリスタルと共に生きてきたアダマスの国民なら。
 
「……悔しいけど、ちょっと格好良いと思いました」
 
 王都に迫る魔物の群れを撃退してくる、と言ってのけたカナメに気負いはなくて、このひとは言葉通りアダマスを守ってくれるのだと感じられた。
 その優しい横顔は、アセル王女の知るどんな貴族の男より、頼もしかったのだ。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺の武器が最弱のブーメランだった件〜でも、レベルを上げたら強すぎた。なんか伝説作ってます!?〜

神伊 咲児
ファンタジー
守護武器とは、自分の中にあるエネルギーを司祭に具現化してもらって武器にするというもの。 世界は皆、自分だけの守護武器を持っていた。 剣聖に憧れた主人公マワル・ヤイバーン。 しかし、守護武器の認定式で具現化した武器は小さなブーメランだった。 ブーメランは最弱武器。 みんなに笑われたマワルはブーメランで最強になることを決意する。 冒険者になったマワルは初日から快進撃が続く。 そんな評判をよく思わないのが2人の冒険者。立派な剣の守護武器の持ち主ケンゼランドと槍を守護武器とするヤーリーだった。 2人はマワルを陥れる為に色々と工作するが、その行動はことごとく失敗。その度に苦水を飲まされるのであった。 マワルはドンドン強くなり! いい仲間に巡り会える! 一方、ケンゼランドとヤーリーにはざまぁ展開が待ち受ける! 攻撃方法もざまぁ展開もブーメラン。 痛快ブーメラン無双冒険譚!! 他サイトにも掲載していた物をアルファポリス用に改稿いたしました。 全37話、10万字程度。

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

荷物持ちだけど最強です、空間魔法でラクラク発明

まったりー
ファンタジー
主人公はダンジョンに向かう冒険者の荷物を持つポーターと言う職業、その職業に必須の収納魔法を持っていないことで悲惨な毎日を過ごしていました。 そんなある時仕事中に前世の記憶がよみがえり、ステータスを確認するとユニークスキルを持っていました。 その中に前世で好きだったゲームに似た空間魔法があり街づくりを始めます、そしてそこから人生が思わぬ方向に変わります。

外れスキルは、レベル1!~異世界転生したのに、外れスキルでした!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生したユウトは、十三歳になり成人の儀式を受け神様からスキルを授かった。 しかし、授かったスキルは『レベル1』という聞いたこともないスキルだった。 『ハズレスキルだ!』 同世代の仲間からバカにされるが、ユウトが冒険者として活動を始めると『レベル1』はとんでもないチートスキルだった。ユウトは仲間と一緒にダンジョンを探索し成り上がっていく。 そんなユウトたちに一人の少女た頼み事をする。『お父さんを助けて!』

処理中です...