54 / 159
第二部 時空越境
54 夜の終わり
しおりを挟む
届かないからこそ、綺麗だと思うのかもしれない。
好きな人がいるから独身を貫くという、レナの姿勢は凛々しく美しかった。
だからこそカインは彼女に憧れ、執着したのだ。
「ああ……」
レナの実家の内部から光の柱が現れ、虹の光輪が広がっていく。
朝焼けの光に、虚ろな幻が雪のように溶けて消えていった。
「カイン」
光のたもとから、呆然とするカインの前まで、男が歩いてくる。
カナメ。レナが想いを寄せているという憎らしい男。
「ウェスペラをこんな亡霊の街にしてしまったお前のことは当然、好きになれないけど……心菜を守ろうとしてくれたことには礼を言う。ありがとう。あんたは心菜を傷つけなかったな」
「……」
まさか感謝されるとは思ってもいなかった。
レナの両親の亡霊を呼び出して家族や友人が復活した理想の世界を作り、その中で永遠の幸せを享受する。そう、それ自体は罪の無い願いのはずだ。
身勝手だと罵られようとも、彼女の幸せを願っていた。
レナ自身はこんな形の幸せを望んでいなかったとしても。
「俺が心菜を幸せにするから、あんたは安心して逝ってくれ」
目の前に立ったカナメが虹の杖を振るう。
虹の杖が身体に射し込まれる。
カインは抵抗しなかった。誠実なカナメの言葉に、大層不本意だが、その一瞬、感心してしまったからだ。
最後の力をふりしぼって、涙目でこちらを見ているレナに問いかける。
「……レナ。お前は、この男を、愛しているのか……?」
「聞くのが遅いです!」
レナの魂を持つ少女は、キッとカインをにらんだ。
「カイン、あなたに真っ先に紹介したかったのに!」
そうか。昔はレナに無視されていると感じたこともあったが、彼女は自分に無関心という訳ではなかったのだ。
完敗だな。
カインは穏やかな気持ちで、自ら意識を手放した。
これでやっと解放される。
亡霊の街を作っていたカインが消滅した。
結界の主であるカインが消えたことにより、俺たちを閉じ込めていた結界も瓦解したのだ。
幻の街は消え去って、今は深い森に埋もれるような廃墟が、陽光を浴びて静かにたたずんでいる。
「……ウェスペラが賑やかだった頃を見られて、良かったよ」
俺は、しょぼんとしている心菜にそう言って笑いかけた。
イーリスが変身した杖は、役目を果たしたからか、いつの間にか無くなっている。
何もかも、亡霊の街に入る前に戻った。
「枢たんに、ウェスペラ名物イノシシ肉の串焼きをご馳走してあげたかったです……」
「肉?」
心菜の残念ポイントが微妙にずれている。
イノシシ肉とか、どれだけワイルドなんだ。
「あー、良く寝た!」
草原に転がっていた大地がようやく覚醒する。
他の仲間も、眠気眼をこすりながら起き上がろうとしていた。
「あれ? ウェスペラの街が、ない? 枢っち、俺らが寝ている間に解決しちゃったの?」
真が周囲を見回しながら俺に聞く。
そして心菜を見て嬉しそうにした。
「心菜ちゃん! 無事に再会できて良かった!」
これで仲間が全員そろったな。
ん……? 誰か忘れているような。気のせいか?
「カナメー、これからどうするの?」
リーシャンが飛んできて、俺の頭の上に乗った。
重いからやめれ。
「そうだな」
俺は腕組みする。
「地球に戻る方法を探すけど、その前にアダマスに寄りたいな。黒崎というか魔神ベルゼビュートは、神聖境界線を崩す、とか宣言してたし」
「あいつ、そんなこと言ってたの? 僕やカナメの作った神聖境界線を壊すって?」
リーシャンが頭上で羽をパタパタさせながら言う。
「枢の作った、神聖境界線……?」
リーシャンの台詞に反応して、夜鳥が、信じられないものを見る目で、俺を見てきた。
昔、リーシャンや時の神クロノアと協力して、神聖境界線を作ったんだよなー。
言ってなかったっけ?
「聞いてないっすよ!!」
なぜか大地が叫んだ。
「何ですかっ、いったい枢さんは異世界で何をやってる人だったんすか!」
「いろいろやってたよ」
人では無かったけどな。
もはや説明が面倒だ。
アダマス王国に行けば、自動的に俺のことは分かるだろうし。
一方、仲間の中で椿だけは空気が湿っぽい。
「ちょっと永治の気配がしたのに……本当に私のこと、要らなくなっちゃったの?」
心菜が椿の肩にそっと手を置いた。
「大丈夫ですよ、黒崎さんと仲直りしましょう! 心菜も手伝います!」
「い、いいの? 私たち敵同士じゃ」
「心菜にとっては敵じゃありません! 枢たんを巡るライバルが一人減って万々歳です!」
なんじゃそら。
「とりあえず、アダマスに行こう」
俺は皆をうながして森の外へ歩き始める。
一行の最後尾をだらだら歩きながら、最後に一度だけ、ちらりと廃墟を振り返った。
「……終わったからこそ、新しく始められる。これから、だろ?」
夜露を反射した草木が虹の光を帯びている。
その光に手を振って、俺はウェスペラだった場所を後にした。
廃墟の片隅で虹色の蛇がとぐろを巻いている。
『ありがとう、カナメさん。ここに残った想い、行き場の無い魂は、森の動物として生まれ変わります……』
蛇の周りを魂の光がくるくると舞う。
静かな森のゆりかごで生命が育まれる。
やがて豊かになった森に、また、人が訪れるだろう。
いつかウェスペラが再興する日が、きっと来る。
好きな人がいるから独身を貫くという、レナの姿勢は凛々しく美しかった。
だからこそカインは彼女に憧れ、執着したのだ。
「ああ……」
レナの実家の内部から光の柱が現れ、虹の光輪が広がっていく。
朝焼けの光に、虚ろな幻が雪のように溶けて消えていった。
「カイン」
光のたもとから、呆然とするカインの前まで、男が歩いてくる。
カナメ。レナが想いを寄せているという憎らしい男。
「ウェスペラをこんな亡霊の街にしてしまったお前のことは当然、好きになれないけど……心菜を守ろうとしてくれたことには礼を言う。ありがとう。あんたは心菜を傷つけなかったな」
「……」
まさか感謝されるとは思ってもいなかった。
レナの両親の亡霊を呼び出して家族や友人が復活した理想の世界を作り、その中で永遠の幸せを享受する。そう、それ自体は罪の無い願いのはずだ。
身勝手だと罵られようとも、彼女の幸せを願っていた。
レナ自身はこんな形の幸せを望んでいなかったとしても。
「俺が心菜を幸せにするから、あんたは安心して逝ってくれ」
目の前に立ったカナメが虹の杖を振るう。
虹の杖が身体に射し込まれる。
カインは抵抗しなかった。誠実なカナメの言葉に、大層不本意だが、その一瞬、感心してしまったからだ。
最後の力をふりしぼって、涙目でこちらを見ているレナに問いかける。
「……レナ。お前は、この男を、愛しているのか……?」
「聞くのが遅いです!」
レナの魂を持つ少女は、キッとカインをにらんだ。
「カイン、あなたに真っ先に紹介したかったのに!」
そうか。昔はレナに無視されていると感じたこともあったが、彼女は自分に無関心という訳ではなかったのだ。
完敗だな。
カインは穏やかな気持ちで、自ら意識を手放した。
これでやっと解放される。
亡霊の街を作っていたカインが消滅した。
結界の主であるカインが消えたことにより、俺たちを閉じ込めていた結界も瓦解したのだ。
幻の街は消え去って、今は深い森に埋もれるような廃墟が、陽光を浴びて静かにたたずんでいる。
「……ウェスペラが賑やかだった頃を見られて、良かったよ」
俺は、しょぼんとしている心菜にそう言って笑いかけた。
イーリスが変身した杖は、役目を果たしたからか、いつの間にか無くなっている。
何もかも、亡霊の街に入る前に戻った。
「枢たんに、ウェスペラ名物イノシシ肉の串焼きをご馳走してあげたかったです……」
「肉?」
心菜の残念ポイントが微妙にずれている。
イノシシ肉とか、どれだけワイルドなんだ。
「あー、良く寝た!」
草原に転がっていた大地がようやく覚醒する。
他の仲間も、眠気眼をこすりながら起き上がろうとしていた。
「あれ? ウェスペラの街が、ない? 枢っち、俺らが寝ている間に解決しちゃったの?」
真が周囲を見回しながら俺に聞く。
そして心菜を見て嬉しそうにした。
「心菜ちゃん! 無事に再会できて良かった!」
これで仲間が全員そろったな。
ん……? 誰か忘れているような。気のせいか?
「カナメー、これからどうするの?」
リーシャンが飛んできて、俺の頭の上に乗った。
重いからやめれ。
「そうだな」
俺は腕組みする。
「地球に戻る方法を探すけど、その前にアダマスに寄りたいな。黒崎というか魔神ベルゼビュートは、神聖境界線を崩す、とか宣言してたし」
「あいつ、そんなこと言ってたの? 僕やカナメの作った神聖境界線を壊すって?」
リーシャンが頭上で羽をパタパタさせながら言う。
「枢の作った、神聖境界線……?」
リーシャンの台詞に反応して、夜鳥が、信じられないものを見る目で、俺を見てきた。
昔、リーシャンや時の神クロノアと協力して、神聖境界線を作ったんだよなー。
言ってなかったっけ?
「聞いてないっすよ!!」
なぜか大地が叫んだ。
「何ですかっ、いったい枢さんは異世界で何をやってる人だったんすか!」
「いろいろやってたよ」
人では無かったけどな。
もはや説明が面倒だ。
アダマス王国に行けば、自動的に俺のことは分かるだろうし。
一方、仲間の中で椿だけは空気が湿っぽい。
「ちょっと永治の気配がしたのに……本当に私のこと、要らなくなっちゃったの?」
心菜が椿の肩にそっと手を置いた。
「大丈夫ですよ、黒崎さんと仲直りしましょう! 心菜も手伝います!」
「い、いいの? 私たち敵同士じゃ」
「心菜にとっては敵じゃありません! 枢たんを巡るライバルが一人減って万々歳です!」
なんじゃそら。
「とりあえず、アダマスに行こう」
俺は皆をうながして森の外へ歩き始める。
一行の最後尾をだらだら歩きながら、最後に一度だけ、ちらりと廃墟を振り返った。
「……終わったからこそ、新しく始められる。これから、だろ?」
夜露を反射した草木が虹の光を帯びている。
その光に手を振って、俺はウェスペラだった場所を後にした。
廃墟の片隅で虹色の蛇がとぐろを巻いている。
『ありがとう、カナメさん。ここに残った想い、行き場の無い魂は、森の動物として生まれ変わります……』
蛇の周りを魂の光がくるくると舞う。
静かな森のゆりかごで生命が育まれる。
やがて豊かになった森に、また、人が訪れるだろう。
いつかウェスペラが再興する日が、きっと来る。
0
お気に入りに追加
3,900
あなたにおすすめの小説
俺の武器が最弱のブーメランだった件〜でも、レベルを上げたら強すぎた。なんか伝説作ってます!?〜
神伊 咲児
ファンタジー
守護武器とは、自分の中にあるエネルギーを司祭に具現化してもらって武器にするというもの。
世界は皆、自分だけの守護武器を持っていた。
剣聖に憧れた主人公マワル・ヤイバーン。
しかし、守護武器の認定式で具現化した武器は小さなブーメランだった。
ブーメランは最弱武器。
みんなに笑われたマワルはブーメランで最強になることを決意する。
冒険者になったマワルは初日から快進撃が続く。
そんな評判をよく思わないのが2人の冒険者。立派な剣の守護武器の持ち主ケンゼランドと槍を守護武器とするヤーリーだった。
2人はマワルを陥れる為に色々と工作するが、その行動はことごとく失敗。その度に苦水を飲まされるのであった。
マワルはドンドン強くなり! いい仲間に巡り会える!
一方、ケンゼランドとヤーリーにはざまぁ展開が待ち受ける!
攻撃方法もざまぁ展開もブーメラン。
痛快ブーメラン無双冒険譚!!
他サイトにも掲載していた物をアルファポリス用に改稿いたしました。
全37話、10万字程度。
クラス転移で神様に?
空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。
異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。
そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。
異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。
龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。
現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定
残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)
SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。
しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。
相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。
そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。
無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
かつてダンジョン配信者として成功することを夢見たダンジョン配信者マネージャー、S級ダンジョンで休暇中に人気配信者に凸られた結果バズる
竜頭蛇
ファンタジー
伊藤淳は都内の某所にあるダンジョン配信者事務所のマネージャーをしており、かつて人気配信者を目指していた時の憧憬を抱えつつも、忙しない日々を送っていた。
ある時、ワーカーホリックになりかねていた淳を心配した社長から休暇を取らせられることになり、特に休日に何もすることがなく、暇になった淳は半年先にあるS級ダンジョン『破滅の扉』の配信プロジェクトの下見をすることで時間を潰すことにする.
モンスターの攻撃を利用していたウォータースライダーを息抜きで満喫していると、日本発のS級ダンジョン配信という箔に目が眩んだ事務所のNO.1配信者最上ヒカリとそのマネージャーの大口大火と鉢合わせする.
その配信で姿を晒すことになった淳は、さまざまな実力者から一目を置かれる様になり、世界に名を轟かす配信者となる.
ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
転生先ではゆっくりと生きたい
ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。
事故で死んだ明彦が出会ったのは……
転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた
小説家になろうでも連載中です。
なろうの方が話数が多いです。
https://ncode.syosetu.com/n8964gh/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる