上 下
29 / 159
第二部 時空越境

29 海辺の街コーウェン

しおりを挟む
 街の人の注目を浴びながら、俺たちは領主の館に案内された。
 うう、目立ちたくなかったのに。
 
「ようこそ、いらっしゃいました、竜神さま」
 
 意外なことに、館の前に領主と思われる女性が出てきて、恭しく頭を下げた。
 
「私はこのコーウェンの街の領主、マリアと申します」
 
 マリアは露出の少ないきっちりした服を着こんだ、真面目そうな女性だった。
 くすんだ金髪の長い髪を背中まで伸ばしている。
 
「あれえ? 領主は普通、太ったおじさんなんじゃないの? 僕、女の人をふっとばすのは気が引けるなあ」
 
 リーシャンは首をかしげた。
 部下らしい男がマリアに頭を下げ、ここに来るまでの出来事を説明する。
 
「……そうでしたか。竜神さま、今、この街はカダック海賊団と戦っておりまして、情報の漏洩を避けるために、出入りを制限しているのです」
「じょうほう? ろうえい?」
 
 難しい単語が出てきたと、リーシャンは目をパチパチさせる。
 
「スパイの疑いがあるものは、それが女性子供でも殺さねばなりません。私も心が痛い。しかし、大勢の人々を守るために、少数の犠牲はやむをえないものなのです。ご理解いただけませんか?」
「……」
 
 リーシャンはしばらく無言で悩んだ後、うるうるした目で俺に泣きついた。
 
「カナメー、この人の言ってることが分からないよー! 人が人を殺すのは悪いことじゃないのー? 僕、分かんなーい!」
 
 俺はこめかみを押さえた。
 成敗しにきて、逆に説得されてどうする。
 マリアは俺とリーシャンを見比べながら続けた。
 
「私としても一刻もはやく、このような状況は脱したいところです。竜神さま、悪いのは全てカダック海賊団です。彼らを倒すためにお力添えを頂けませんか?」
 
 ううむ。逆に竜神であるリーシャンを利用しようとするとは。
 この領主の女性は食えない性格のようだ。
 
「……お断りします。リーシャン、さっさと出ていこう」
「お待ちください。せっかく来ていただいた竜神さまと、お連れさまにおもてなしをさせてください。もう戦いに手を貸せなど、分を超えたお願いはいたしませんから」
 
 マリアはどうしても俺たちを引き留めたいようだ。
 
「わーい、おもてなしー!」
「リーシャン」
 
 単純なリーシャンはご馳走が食べられると喜んでいる。
 こうなってくると俺だけ出ていく訳にはいかない。
 仕方ないか。
 ついでに服をもらって、情報収集をするとしよう。
 
 
 
 中庭に座ったリーシャンの前に食事や果物が並べられる。
 俺は人間なので館の中に入れてもらい、ダイニングルームで領主のマリアと一緒に食事することになった。
 ちゃっかり現地の服に着替えさせてもらう。
 少し気まずいが、マリアと向かい合って話をしながらの食事になる。
 当然ながらマリアは俺の正体が気になるようだ。
 
「あなたは竜神さまのご友人ということですが、どちらからいらしたのですか?」
「山奥で育ったので、自分がどのへんの出身かも分からないです。行儀が悪かったらすみません」
「いいえ。スプーンやフォークの使い方をひとつとっても、あなたは教養のある方だと分かります。引退した貴族か身分のある方に育てられたのでしょう」
 
 マリアはうまいこと俺の出身を曲解してくれた。
 食事が地球でいうところのヨーロッパ風なので、マナーがほとんど一緒なのだ。
 俺は話の流れに乗って情報を聞き出そうとした。
 
「ところで変なことを聞きますが、ここは何という国なんでしょう?」
「このコーウェンはジャスパー沿岸都市連合に属しています。世界地図をお見せしましょう」
 
 マリアは手を打って、部下に地図を持ってこさせた。
 今は大陸の南東の端にいるようだ。
 俺の国アダマスはもっと内陸部の北の方にある。
 皆と合流できたら、アダマスに行ってみたいな……。
 
「これから竜神さまとどこに行かれるのですか?」
「決めていません。リーシャンは俺に世界を見せてくれると言って、山奥から連れ出したんです」
 
 適当に話を作った。
 困ったことは全部、リーシャンのせいにしよう。
 マリアは俺に同情したようだ。
 少し目尻を下げて俺を見る。
 
「ではこれから旅に出られるのですね。見たところ荷物を持たれていないようですが」
 
 俺は手首に付けていた腕時計を外した。
 
「これをお金に換えられませんか?」
「! こんな精巧な作りの小さな時計は、この辺では見かけないですね。よろしければお預かりして、私の方で換金させておきましょう」
「ありがとうございます」
 
 旅の準備のめどが立った。
 あとはトラブルに巻き込まれないうちに、さっさと街を出ていこう。
 食事の後、リーシャンは中庭で寝た。
 俺は用意してもらった客室で休むことにした。

「メロン、不安なのは分かるけど、あんまりくっついてると寝てる間につぶしてしまう」
「キュッ」
 
 街に入ってからずっと服の下に隠れていたウサギギツネのメロンを取り出す。
 思ったより疲れていたらしく、ベッドに横たわると泥のように眠ってしまった。
 翌朝、外が何か騒がしくて目が覚めた。
 誰かが大声で叫んでいる。
 
「海賊団が攻めてきたぞー!」
 
 俺は寝ぼけ眼をこすってベッドから起き上がり、手早く準備してリーシャンの許に向かった。
 リーシャンは既に起きて空を見上げている。
 
「リーシャン、変なことに巻き込まれないうちに、飛んで逃げようぜ」
「カナメ! 海の方から、カナメの仲間の匂いがするよ!」
「何?!」
 
 神様はどうやっても、俺とリーシャンをこの件に介入させたいらしい。
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

外れスキルは、レベル1!~異世界転生したのに、外れスキルでした!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生したユウトは、十三歳になり成人の儀式を受け神様からスキルを授かった。 しかし、授かったスキルは『レベル1』という聞いたこともないスキルだった。 『ハズレスキルだ!』 同世代の仲間からバカにされるが、ユウトが冒険者として活動を始めると『レベル1』はとんでもないチートスキルだった。ユウトは仲間と一緒にダンジョンを探索し成り上がっていく。 そんなユウトたちに一人の少女た頼み事をする。『お父さんを助けて!』

固有スキルが【空欄】の不遇ソーサラー、死後に発覚した最強スキル【転生】で生まれ変わった分だけ強くなる

名無し
ファンタジー
相方を補佐するためにソーサラーになったクアゼル。 冒険者なら誰にでも一つだけあるはずの強力な固有スキルが唯一《空欄》の男だった。 味方に裏切られて死ぬも復活し、最強の固有スキル【転生】を持っていたことを知る。 死ぬたびにダンジョンで亡くなった者として転生し、一つしか持てないはずの固有スキルをどんどん追加しながら、ソーサラーのクアゼルは最強になり、自分を裏切った者達に復讐していく。

辺境伯家次男は転生チートライフを楽しみたい

ベルピー
ファンタジー
☆8月23日単行本販売☆ 気づいたら異世界に転生していたミツヤ。ファンタジーの世界は小説でよく読んでいたのでお手のもの。 チートを使って楽しみつくすミツヤあらためクリフ・ボールド。ざまぁあり、ハーレムありの王道異世界冒険記です。 第一章 テンプレの異世界転生 第二章 高等学校入学編 チート&ハーレムの準備はできた!? 第三章 高等学校編 さあチート&ハーレムのはじまりだ! 第四章 魔族襲来!?王国を守れ 第五章 勇者の称号とは~勇者は不幸の塊!? 第六章 聖国へ ~ 聖女をたすけよ ~ 第七章 帝国へ~ 史上最恐のダンジョンを攻略せよ~ 第八章 クリフ一家と領地改革!? 第九章 魔国へ〜魔族大決戦!? 第十章 自分探しと家族サービス

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。 彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。 ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。 彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。 これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。 ※カクヨムにも投稿しています

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~

松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。 なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。 生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。 しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。 二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。 婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。 カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。

処理中です...