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第二部
65 人質は無視するに限る
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東條弘は、異世界に来るまで自分が主人公だと考えていた。誰だってそうだろう。皆、自分が主人公の物語を夢想するのだから、弘だけが特別な訳じゃない。
異世界に来て、自分が特別だと思い込み、馬鹿な事をしでかした。
止めてくれたのは、自分より遥か格下だと決め付けていた青年、村田響矢だった。
「あれがコンゴウの迎撃ロボットかあ」
技師の小坂が用意したモニターをのぞきこみ、響矢は腕組みする。
モニターには、古神ヤハタを小型化したようなロボットが、通路を行ったり来たりしている。ロボットの下半身は床を走行できるようタイヤが付いており、胸部には凶悪な銃口が輝いていた。
銃に撃たれたら生身の人間はひとたまりもない。
廊下は跳弾もするだろう。
銃弾が壁や床をバウンドする場合、普通の銃弾よりも殺傷力が高くなると昔、執事の佐藤から聞いたことがある。
あの中に真正面から突っ込むのは、命取りだ。
そう弘が考えたと同時に、響矢の声が響いた。
「銃撃で引きつけておいて下さい。俺が斬ります」
「え?!」
弘は驚愕した。
まさか銃撃に、刀で突っ込むつもりか。
そんなまさか。
「無茶だ、響矢! 古神で外から攻撃したほうが」
「コンゴウを下手に壊したら国際問題になる」
響矢は平然と言うが、日本刀で突っ込むなどという時代遅れのファンタジーな作戦は、現代日本ならありえないだろう。
「皆さん、響矢を止めないんですか?!」
弘は周囲を見回すが、誰も反論しなかった。
このメンバーの中で唯一の権力者、かつ常識人と思われる青年、御門総一郎でさえ、困ったように笑っているだけだ。
「じゃあ援護をお願いします」
これから死地に赴くというのに、響矢の声はほがらかで、表情にもまるで気負いはない。
肩から斜めにたすき掛けした鞄の中には、何故か狸が入っている。
手に持った日本刀以外は、ピクニックにでも行きそうな緩い雰囲気だ。
「了解しましたー」
銃を持った無精髭の兵士が、やる気なさそうな返事をした。
コンゴウの横腹の扉が強制開放される。
侵入者に気付いた敵ロボットが、胸部から銃弾を発射する。
味方の銃を持った兵士が応戦を始めた。
「響矢、本気か?」
「弘は下がってて」
響矢は、刀を鞘から抜く。
かすかな笑みがその口元に浮かんだ。
十年以上、幼馴染をやっているが、こんな好戦的な表情を見るのは久しぶりだ。
「今!」
敵のロボットが、銃撃戦に夢中になっている隙を見計らい、響矢が軽やかに前に出る。
弘は知らなかったが、鞄から頭を出して鼻水を垂らしている狸が、霊的守護の力で跳弾から主人を守っていた。
無傷で、あっという間に距離を詰める。
敵のロボットが接近に気付いて標的を変える頃には、刀の間合いに入っていた。
――斬!
鋼鉄で出来ているはずのロボットが、ぐらりと傾ぐ。
一瞬後、胴体が真っ二つになって床に転がった。
「嘘だろ……」
弘は唖然とする。
「神璽を持つ古神操縦者は、化け物揃いだからなー」
銃のカートリッジを入れ替えながら、兵士の男がやる気のない声で言った。
「それは僕のことも言っているかい?」
「尊敬してるんですよ。鬼の御門と異名をとる古神操縦者と一緒に仕事できるなんて、光栄の極みです」
御門と兵士のやり取り。
弘は、刀を鞘に戻している響矢をマジマジと見た。
「格好いい……!」
眼の前で爽快なアクションバトルを見せつけられると、今までの因縁はどうでも良くなる。
「じゃ、この調子でどんどん先に進みましょう」
響矢は、後方部隊に向かって手招きした。
艦橋の中央、艦長席では、ミニスカートの上から制服を着た綾がふんぞり返っていた。
「侵入者はまだ来ないの?!」
モニターを操作しているオペレーターは虚ろな表情だ。
悪魔で執事の佐藤が、精神を支配しているらしい。
「彼らは、機関制御室へ向かっています」
「なんで真っ直ぐ艦橋に来ないの? 人質がここにいるって伝えた?」
綾は、イライラと椅子に座り直す。
「失礼。私、執事で怪盗でありながら、犯行の予告状を出すのをすっかり忘れておりました。綾さまがここにいることを、彼らは知らないかもしれません」
「なんですってぇ?!」
艦長席の隣を浮遊する佐藤が、笑いながら答える。
「慌てないで下さい。今からでも遅くありませんよ」
佐藤が指を鳴らすと、艦長席の足元からロープが現れ、綾の体を席に縛り付けた。
同時にカメラとマイクの操作が行われる。
「侵入者の皆さん、そこで止まりなさい。こちらには人質がいます」
「いやーっ、助けてー!」
綾は咄嗟にアドリブを効かせた。
順調に機関制御室を目指し、進んでいた響矢たち。
その行く手を遮るように、通路脇のモニターに映像が映し出された。
椅子に縛り付けられ、泣き喚く綾の姿がそこにあった。
『助けてーっ、誰かー!』
「綾!」
弘は、画面に飛びついた。
『今すぐ艦橋に来なさい。一秒でも遅れれば人質は殺します』
「すぐに助けに行く! 待ってろ、綾!」
犯人の声が、なぜか聞き覚えがある気がする。
気のせいだろうか。
しかし弘は、それどころではないと違和感を頭の隅に追いやった。
別れたとは言え、弘にとって綾は大切な人。戦艦コンゴウに乗り込んだのも、まさに綾を助けるためである。
「響矢、艦橋だ!」
「うん。却下」
「は?」
弘が振り返って訴えると、響矢は涼しい顔で答える。
「行かないよ。だってどう見てもバレバレの罠じゃないか」
異世界に来て、自分が特別だと思い込み、馬鹿な事をしでかした。
止めてくれたのは、自分より遥か格下だと決め付けていた青年、村田響矢だった。
「あれがコンゴウの迎撃ロボットかあ」
技師の小坂が用意したモニターをのぞきこみ、響矢は腕組みする。
モニターには、古神ヤハタを小型化したようなロボットが、通路を行ったり来たりしている。ロボットの下半身は床を走行できるようタイヤが付いており、胸部には凶悪な銃口が輝いていた。
銃に撃たれたら生身の人間はひとたまりもない。
廊下は跳弾もするだろう。
銃弾が壁や床をバウンドする場合、普通の銃弾よりも殺傷力が高くなると昔、執事の佐藤から聞いたことがある。
あの中に真正面から突っ込むのは、命取りだ。
そう弘が考えたと同時に、響矢の声が響いた。
「銃撃で引きつけておいて下さい。俺が斬ります」
「え?!」
弘は驚愕した。
まさか銃撃に、刀で突っ込むつもりか。
そんなまさか。
「無茶だ、響矢! 古神で外から攻撃したほうが」
「コンゴウを下手に壊したら国際問題になる」
響矢は平然と言うが、日本刀で突っ込むなどという時代遅れのファンタジーな作戦は、現代日本ならありえないだろう。
「皆さん、響矢を止めないんですか?!」
弘は周囲を見回すが、誰も反論しなかった。
このメンバーの中で唯一の権力者、かつ常識人と思われる青年、御門総一郎でさえ、困ったように笑っているだけだ。
「じゃあ援護をお願いします」
これから死地に赴くというのに、響矢の声はほがらかで、表情にもまるで気負いはない。
肩から斜めにたすき掛けした鞄の中には、何故か狸が入っている。
手に持った日本刀以外は、ピクニックにでも行きそうな緩い雰囲気だ。
「了解しましたー」
銃を持った無精髭の兵士が、やる気なさそうな返事をした。
コンゴウの横腹の扉が強制開放される。
侵入者に気付いた敵ロボットが、胸部から銃弾を発射する。
味方の銃を持った兵士が応戦を始めた。
「響矢、本気か?」
「弘は下がってて」
響矢は、刀を鞘から抜く。
かすかな笑みがその口元に浮かんだ。
十年以上、幼馴染をやっているが、こんな好戦的な表情を見るのは久しぶりだ。
「今!」
敵のロボットが、銃撃戦に夢中になっている隙を見計らい、響矢が軽やかに前に出る。
弘は知らなかったが、鞄から頭を出して鼻水を垂らしている狸が、霊的守護の力で跳弾から主人を守っていた。
無傷で、あっという間に距離を詰める。
敵のロボットが接近に気付いて標的を変える頃には、刀の間合いに入っていた。
――斬!
鋼鉄で出来ているはずのロボットが、ぐらりと傾ぐ。
一瞬後、胴体が真っ二つになって床に転がった。
「嘘だろ……」
弘は唖然とする。
「神璽を持つ古神操縦者は、化け物揃いだからなー」
銃のカートリッジを入れ替えながら、兵士の男がやる気のない声で言った。
「それは僕のことも言っているかい?」
「尊敬してるんですよ。鬼の御門と異名をとる古神操縦者と一緒に仕事できるなんて、光栄の極みです」
御門と兵士のやり取り。
弘は、刀を鞘に戻している響矢をマジマジと見た。
「格好いい……!」
眼の前で爽快なアクションバトルを見せつけられると、今までの因縁はどうでも良くなる。
「じゃ、この調子でどんどん先に進みましょう」
響矢は、後方部隊に向かって手招きした。
艦橋の中央、艦長席では、ミニスカートの上から制服を着た綾がふんぞり返っていた。
「侵入者はまだ来ないの?!」
モニターを操作しているオペレーターは虚ろな表情だ。
悪魔で執事の佐藤が、精神を支配しているらしい。
「彼らは、機関制御室へ向かっています」
「なんで真っ直ぐ艦橋に来ないの? 人質がここにいるって伝えた?」
綾は、イライラと椅子に座り直す。
「失礼。私、執事で怪盗でありながら、犯行の予告状を出すのをすっかり忘れておりました。綾さまがここにいることを、彼らは知らないかもしれません」
「なんですってぇ?!」
艦長席の隣を浮遊する佐藤が、笑いながら答える。
「慌てないで下さい。今からでも遅くありませんよ」
佐藤が指を鳴らすと、艦長席の足元からロープが現れ、綾の体を席に縛り付けた。
同時にカメラとマイクの操作が行われる。
「侵入者の皆さん、そこで止まりなさい。こちらには人質がいます」
「いやーっ、助けてー!」
綾は咄嗟にアドリブを効かせた。
順調に機関制御室を目指し、進んでいた響矢たち。
その行く手を遮るように、通路脇のモニターに映像が映し出された。
椅子に縛り付けられ、泣き喚く綾の姿がそこにあった。
『助けてーっ、誰かー!』
「綾!」
弘は、画面に飛びついた。
『今すぐ艦橋に来なさい。一秒でも遅れれば人質は殺します』
「すぐに助けに行く! 待ってろ、綾!」
犯人の声が、なぜか聞き覚えがある気がする。
気のせいだろうか。
しかし弘は、それどころではないと違和感を頭の隅に追いやった。
別れたとは言え、弘にとって綾は大切な人。戦艦コンゴウに乗り込んだのも、まさに綾を助けるためである。
「響矢、艦橋だ!」
「うん。却下」
「は?」
弘が振り返って訴えると、響矢は涼しい顔で答える。
「行かないよ。だってどう見てもバレバレの罠じゃないか」
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