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第二部

60 悪魔の再臨

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 霊力ケーブルを接続して信号を送っても、アマテラスはぴくりとも反応しなかった。金色の太陽神は無言のまま。コクピットにも入ることはできない状態だ。
 
「資格ある者しか載せないよう、調整が掛けてあってもおかしくはないが、これほどまでとはな」
 
 仮面の男は舌打ちする。
 天照防衛特務機関の基地を占領すれば、アマテラスを調整できる技師もいるだろうから、何とかできる見込みだった。
 だが基地の技師は、揃って首を横に振るばかりだ。
 
「……聞いたわよ。逃げ出すんですって?」
あや
 
 彼女は、青と白のストライプのワンピースに、麦わら帽子をかぶり、薄い色のサングラスを掛けている。
 今からちょっと、南の島にトリップするわという出で立ちだ。
 しかし、黎明の騎士団がこれから向かう太平洋の島には相応しい格好かもしれない。
 
「逃げ出す訳ではない。戦略的な移動だ」

 仮面の男は言い返す。
 戦艦コンゴウを盾にすれば、攻撃されないだろう。黎明の騎士団は、それを織り込み済で動いていた。コンゴウで太平洋に出るのは、予め立てた作戦の一部でもある。
 
「何でも良いわ。男はえらっそうに、言い訳ばっかり! 弘もそうだった。外国に行くと言って、逃げてるのが丸分かり! 私、そういう男は切るようにしているの」
 
 綾にはトラウマがあった。
 それは幼少時、父親が母親を残し、家を出て行ったこと。
 父親は「仕事を探しに行く」と言ってふらっと出ていき、二度と戻らなかった。
 もっともらしい言い訳、自分を納得させるような建前を言って離れて行く男は信用できない。
 捨てられる前に、こちらから捨ててやる。
 つらい過去にもとづく男性への根強い不信感こそが、綾の極端な行動の理由だった。
 
「どこへ行く? 勝手なことをするな!」
「うるさいわね!」
 
 そこはちょうど、古神格納庫の二階。
 倉庫は一階の天井が半分抜かれており、二階は古神の胸の高さまで歩ける通路になっている。
 手すりが整備されている場所と、されていない場所があり、足場は不安定だった。
 
「あ……」
 
 綾が振り回したトランクケースは、仮面の男の足をすくう。
 男はトランクケースを回避しようとして、何も無い空中に踏み出した。
 
「うわあああぁぁぁっ!!」
 
 仮面の男は、絶叫と共に古神の足元へ落下する。
 
「嘘」
 
 綾は一瞬呆然とし、ふらふらと男が落ちた場所に進んで階下を見下ろす。
 倉庫は天井に明かり取りの窓があり、黒枠に切り取られた朝の光が、古神を照らすように降り注いでいた。
 古神の足元に、仰向けに横たわる男の後頭部、折れ曲がった手足から血が流れている。
 衝撃で仮面が外れていたが、素顔は綾の知らない顔だった。
 ここに響矢がいれば、仮面の下にある顔が景光に似ていると気付いただろうが……。
 
「だ、誰も見てないわよね?」
 
 綾は震え上がって周囲を見回す。
 運良く、というべきか、早朝の倉庫には人がいなかった。
 今なら逃げ出せる。
 トランクケースを引き寄せ、綾はじりじり後ずさった。
 その時。
 誰もいないはずの倉庫内に、軽快な拍手の音が鳴り響いた。
 
「……いやはや、さすが綾さま! お見事です」
 
 朗らかな男性の笑い声。
 綾は倉庫を見回し、空中に浮いているタキシード姿の男を見つけた。
 
「佐藤?!」
 
 それは響矢たちと一緒に異世界に来た、執事兼マネージャーの佐藤だった。
 
「あんた死んだんじゃないの? どうして角なんか生えてるのよ!」
 
 綾は、空中を滑るように歩いてくる佐藤に驚愕する。
 佐藤は響矢との戦いで、海外の古神テュポーンと共に撃ち落とされ、死亡したと思われていた。
 その様相、生前の彼と変わらない。が、不気味な笑みを浮かべた顔の両耳の上に、捻じくれた羊の角が一対生えている。
 
「そうです。私は死にました。死ぬ時に、変な風に悪魔のスピリットと混ざってしまったようでしてね。悪魔リリスと言いましたっけ。彼女より私の自我が強かったので、私はスピリットもどきになって蘇ったという訳です」
「いや、どういう訳よ! 全く意味が分からないわ!」

 綾は混乱しながら突っ込みを入れた。
 
「それよりも! 綾さま、邪魔な男を素早く排除された手際、実にお見事です。この佐藤、いたく感動いたしました!」
 
 佐藤は綾の指摘を意に介さず、両腕を大仰に広げ、芝居がかった口調で言った。
 
「やはり貴女こそが、私のマスター! その悪辣さ、世界を制するに相応しい!」
「世界?」
「やっぱり、まずは日本からですね」
 
 空中を歩いてきた佐藤は、腰を曲げ、唖然とする綾の顎に手をかけて上を向かせる。
 
「戦艦コンゴウにこの基地の古神を乗せて、パラレル日本の首都に乗り込みましょう。ヤハタを始めとする古神数百機に自動操縦を組み込み、哀れで愚かなパラレル日本の民を都市ごと蹂躪するのです!」
「そんなことが可能なの?」
「勿論です。私は地獄から舞い戻ってきた男、不可能はありません!」
「……どうでもいいけど、私、世界征服に興味ないわ」
 
 綾は、佐藤の提案をばっさり断った。
 だが佐藤は動じない。
 
「分かっていますとも。綾さまは、頼りになる王子様が欲しいんですよね?」
「そうよ。気前がよくて綾の言うことを何でも聞いてくれる、格好よくて頼りになる男が欲しいわ!」
「でしたら」
 
 自分に都合のよすぎる願望を述べる綾。
 しかし、佐藤は我が意を得たりと言わんばかり、にっこり微笑む。
 
「囚われの姫を演じるのは、どうでしょう?」
 
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