上 下
58 / 74
第二部

57 裏ボス紅さくら、再び

しおりを挟む
 コックピットの隅の空中に、砂時計のマークが浮かんだ。
 砂時計の横にタイムカウントを示す赤い数字が、刻一刻を加算され続けている。
 機体を通じ、俺を心配する狸の感情が伝わってきた。
 
「俺は大丈夫だよ、たぬき。すぐに終わらせるから――」
 
 スサノオの性能を最大限に引き出すため、機体との同調率を引き上げた。神ならぬ人が、神と同調しているのだから、脳や神経の負荷は相当なものとなる。同調時間が長引くほど、副作用が現れやすくなる。
 ここで寿命を使い切るつもりはない。
 家に帰って天ぷらを揚げる約束をしている。
 俺はアメノオハバリを十字に振るった。
 
 図体が大きいということは、当たりの範囲も大きいということだ。
 大振りに薙ぎ払ったアメノオハバリは、イザナミの髪を何本もまとめて切り飛ばした。
 攻撃は防御に勝る。
 なんでも切り刻める剣が手元にあるなら、防御する必要はない。
 相変わらずイザナミの送ってくる死の幻想は煩かったが、防御する必要が無くなった俺には、余裕ができていた。
 
『なるほど。火神カグツチをほうむりし、神のつるぎか。このままでは分が悪いな』
 
 八束はイザナミを、雲の海に沈みこませる。
 まるで海に潜った鯨のように、イザナミの巨体が雲海に落ちる影になるまで、そう時間は掛からなかった。
 
「待て! 逃げるつもりか?!」
『まさか。最悪でも、貴様とここで相打ちで果てるつもりだ』
 
 追いかけて視界の悪い雲の中に飛び込むのは、無しだ。
 俺は冷静にそう判断する。
 どうせ向こうから攻撃してくるのだから、視界の開けた空の上で待ち受けた方が良い。
 
「っつ!!」
 
 次の攻撃は真下からだった。
 雲を裂いて、銀の矛の切っ先が迫る。
 俺は、すんでのところで攻撃を回避する。 
 
「イザナミが小さくなってる?!」
 
 雲の中から現れたイザナミは、スサノオより小さくなっていた。
 不気味な鬼女から一転、漆黒のスカートを広げた女王のような姿に変わっている。
 おそらく、これがイザナミの真の姿。
 
「気配が読みにくいっ」
 
 イザナミの機動速度が上がった。
 互角のスピードと攻撃力、死の幻想を駆使したフェイントに、俺は攻めあぐねる。
 俺と八束の攻撃が交差するたび、空中に青い稲妻が花火のように散った。
 
 
 
 
 西園寺咲良は、その戦闘を待機中の月神ツクヨミのコックピットから見ていた。
 
「駄目……駄目だよ、響矢」
 
 同じ古神操縦者パイロットだから分かる。スサノオの動きは尋常ではない速度で、通常の人間に操作できる範囲を超えていた。
 今、彼が行っているのは、寿命の前借りだ。
 そのことが何故か分かる。
 
 この戦いに幸福的帰結ハッピーエンドは無い。
 響矢が勝って八束が死んだ場合、地上の人々は救われるかもしれないが、常夜の国との間に深い遺恨が芽生えることだろう。それは八束が勝って響矢が死んだ場合も同じだった。互いに守るものがあり、譲れない正義がある。旭光と常夜、どちらも救われるべき無辜《むこ》の臣民だ。
 
 このまま戦いを続けても、良いことは一つもない。
 だが彼らは戦いを止めることができないのだ。
 互いの背負った正義の重さゆえに。
 
 
 ――命を使い果たすために、加護を与えた訳ではないのだ。
 
 
 頭の奥で、悲しそうな女性の声が聞こえた。
 誰?
 
 
 ――西園寺咲良。私に肉体を預けよ。私ならば、この戦いを止められる。
 
 
 謎の声を信じて主導権を譲り渡すか、咲良は少し考えた。
 誰か知らないけど、貴女あなたは響矢が大切なのよね?
 
 
 ――ああ。私以上に、久我の子を大切に思う者はいなかろうよ。
 
 
 それなら信頼できる、と咲良は思った。
 世界の誰よりも響矢が大事なら、私と変わらない。
 たとえ世界が敵に回っても、私は響矢を守る。
 大丈夫。私のことは、きっと響矢が助けてくれる。
 
 
 
 
 スサノオとイザナミの戦闘は、膠着状態に陥っていた。
 互いに最強の武器を持っているのだから、当てれば終わりだ。しかし、両者ともに機動力が高く、互いの攻撃をよく避けている。切り結んで、離れ、を繰り返していた。
 
『そこまでだ』
 
 俺と八束の間を隔てるように、雲海に虹がかかった。
 スサノオとイザナミの動きが止まる。
 まるで見えない大きな手に鷲掴みにされたように、身動きできなかった。
 
『戦闘を止めよ』
 
 咲良の声?
 聞きなれた声なのに、厳粛さが漂う雰囲気は、彼女と異なっている。
 
「うっ……」
 
 俺は頭痛を覚えて、こめかみに手をやった。
 一瞬、機体との接続が切断された。
 
「同調率が下がった……?」
 
 強制的に通常状態に引き戻された余波で、頭痛がしたようだ。
 
『くそっ、俺と久我の戦いの邪魔をするのは、どこのどいつだ?!』
 
 八束が苛立ったような叫びをあげる。
 
『頭が高い。控えよ。私の前だぞ?』
 
 スサノオとイザナミと、三角形に並ぶように、薄紫の月神ツクヨミの機体が並んだ。
 
「咲良……?」
 
 俺を止めたのは、咲良か。いったいどうやって。
 
『これは神前試合だろう。止める権利は神にしかない。我が名、天照大神アマテラスの元に、久我響矢こがなりや八束氷水やつかひみずの戦いを禁ずる!』
「え?!」
『なん…だと?!』
 
 朗々と言い放った咲良――いや、咲良の肉体を借りたアマテラスの宣言に、俺と八束は、そろって間抜けな顔をさらした。
  
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

フェンリルさんちの末っ子は人間でした ~神獣に転生した少年の雪原を駆ける狼スローライフ~

空色蜻蛉
ファンタジー
真白山脈に棲むフェンリル三兄弟、末っ子ゼフィリアは元人間である。 どうでもいいことで山が消し飛ぶ大喧嘩を始める兄二匹を「兄たん大好き!」幼児メロメロ作戦で仲裁したり、たまに襲撃してくる神獣ハンターは、人間時代につちかった得意の剣舞で撃退したり。 そう、最強は末っ子ゼフィなのであった。知らないのは本狼ばかりなり。 ブラコンの兄に溺愛され、自由気ままに雪原を駆ける日々を過ごす中、ゼフィは人間時代に負った心の傷を少しずつ癒していく。 スノードームを覗きこむような輝く氷雪の物語をお届けします。 ※今回はバトル成分やシリアスは少なめ。ほのぼの明るい話で、主人公がひたすら可愛いです!

私の召喚獣が、どう考えてもファンタジーじゃないんですけど? 〜もふもふ? いいえ……カッチカチです!〜

空クジラ
SF
 愛犬の死をキッカケに、最新VRMMOをはじめた女子高生 犬飼 鈴 (いぬかい すず)は、ゲーム内でも最弱お荷物と名高い不遇職『召喚士』を選んでしまった。  右も左も分からぬまま、始まるチュートリアル……だが戦いの最中、召喚スキルを使った鈴に奇跡が起こる。  ご主人様のピンチに、死んだはずの愛犬コタロウが召喚されたのだ! 「この声? まさかコタロウ! ……なの?」 「ワン」  召喚された愛犬は、明らかにファンタジーをぶっちぎる姿に変わり果てていた。  これはどこからどう見ても犬ではないが、ご主人様を守るために転生した犬(?)と、お荷物職業とバカにされながらも、いつの間にか世界を救っていた主人公との、愛と笑いとツッコミの……ほのぼの物語である。  注意:この物語にモフモフ要素はありません。カッチカチ要素満載です! 口に物を入れながらお読みにならないよう、ご注意ください。  この小説は『小説家になろう』『カクヨム』にも投稿しています。

―異質― 激突の編/日本国の〝隊〟 その異世界を掻き回す重金奏――

EPIC
SF
日本国の戦闘団、護衛隊群、そして戦闘機と飛行場基地。続々異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 大規模な演習の最中に異常現象に巻き込まれ、未知なる世界へと飛ばされてしまった、日本国陸隊の有事官〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟と、各職種混成の約1個中隊。 そこは、剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する世界であった。 そんな世界で手探りでの調査に乗り出した日本国隊。時に異世界の人々と交流し、時に救い、時には脅威となる存在と苛烈な戦いを繰り広げ、潜り抜けて来た。 そんな彼らの元へ、陸隊の戦闘団。海隊の護衛艦船。航空隊の戦闘機から果ては航空基地までもが、続々と転移合流して来る。 そしてそれを狙い図ったかのように、異世界の各地で不穏な動きが見え始める。 果たして日本国隊は、そして異世界はいかなる道をたどるのか。 未知なる地で、日本国隊と、未知なる力が激突する―― 注意事項(1 当お話は第2部となります。ですがここから読み始めても差して支障は無いかと思います、きっと、たぶん、メイビー。 注意事項(2 このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 注意事項(3 部隊単位で続々転移して来る形式の転移物となります。 注意事項(4 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。かなりなんでも有りです。 注意事項(5 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔力なしの嫌われ者の俺が、なぜか冷徹王子に溺愛される

ぶんぐ
BL
社畜リーマンは、階段から落ちたと思ったら…なんと異世界に転移していた!みんな魔法が使える世界で、俺だけ全く魔法が使えず、おまけにみんなには避けられてしまう。それでも頑張るぞ!って思ってたら、なぜか冷徹王子から口説かれてるんだけど?── 嫌われ→愛され 不憫受け 美形×平凡 要素があります。 ※溺愛までが長いです。 ※総愛され気味の描写が出てきますが、CPは1つだけです。

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

処理中です...