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第二部

54 本物認定されました

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 影法師たちは列を作り、俺たちを墜落したアメノトリフネのところまで案内した。
 
『鬼、船まで連れて行ってやるから、食い残した人間、オレたちに分けてくれ』
「だからー、俺は鬼じゃないって言ってんのに」
 
 影法師たちは、俺が船を襲って人間を殺戮すると思ってるらしい。
 どんな残虐な怪物なんだ。
 
『……』
「お姉ちゃんが飴をあげようか?」
『……!』
 
 咲良は、小さな子供の影法師に、手ずから飴をやっている。
 実に微笑ましい光景だ。
 眺めていると、上着のポケットに入れてある端末が振動した。
 ヤハタを操縦している小坂さんとは、すぐに連絡が取れるように常時回線を繋げている。
 
『久我さん、このまま影法師たちを連れて船を取り囲んだら、敵だと誤解されませんか?』
「それな」
 
 小坂さんの指摘通り、影法師と一緒に移動している俺たちは、見るからに怪しい人間だ。敵視されても文句は言えない。
 
『あれ、落ちた船』
「お。もう到着か」
 
 森の木々がなぎ倒された中央に、ドンと白い船が横たわっている。
 俺は事前に教えてもらった番号に連絡した。
 
「もしもーし」
『うわぁ! 化け物があんなに沢山! もう終わりだーー!』
 
 アメノトリフネの中の人たちは大混乱で、俺の声が聞こえていない。
 まずったな。
 
「味方だと伝える方法はないかな。影法師の皆さんに、キタキタ踊りでも踊ってもらうか」
「逆効果だと思うよ、響矢」
 
 咲良が呆れた顔でつっこんでくる。
 なぜか最近ツッコミを受けることが多い。
 
『久我さん、私に任せてください!』
「何か策があるの、小坂さん?」
『はい!』
 
 小坂さんはヤハタを動かし、背中に背負っているコンテナを片手で持ち上げた。コンテナの中には船の修理に使う素材と、非常用食料が入っている。
 ヤハタはポージングしながら、大音量を出した。
 
『アメノトリフネの皆さん、こんにちわ! 江戸前寿司の配達に来ました!!』
 
 小坂さん……?!
 ひゅるるるー、と冷たい風が吹き、大混乱だったアメノトリフネも、騒いでいた影法師たちも鎮まり返る。
 
『あれ? 滑りましたかね?』
「いや……小坂さんは勇者だよ」
 
 俺は慈愛の微笑みで小坂さんをねぎらった。
 後はこちらの仕事だ。
 もう一回、呼び掛けると、今度は普通に返事がかえってきた。
 
「あー、すみません。恵里菜さんに言われて、船の修理に来ました。寿司は持ってきてないけど、出前みたいなもんです」
『は、はい……でも、その亡霊の群れは?』
「背景です。気にしないで下さい」
 
 強引に押しとおった。
 アメノトリフネの中に入れてもらって、対面でこれからのことを打ち合わせようと話がまとまる。
 
『鬼。人間食わない? なんで人間と仲良く話してる?』
 
 影法師たちが不思議そうにしている。
 だから鬼じゃないって、何度言ったら通じるのだろうか。
 そういえば、こいつらは、生きた人間を捕まえて入れ替わらないと、この森の外に出られないんだっけ。
 少し、可哀想だと思った。
 
「お前ら、元は地上にいたんだろ。もう一度、お日さまが見たくないか」
  
 俺は影法師たちに向き直って尋ねる。
 影法師たちは、ざわめいた。
 
『おひさま……太陽……!』
「俺が、お前らが帰る道を探してやるよ。だから今は協力してほしい」
 
 頼むと、影法師たちは黙りこんだ。
 
『……鬼の言うこと、信じる』
「おう」
  
 これで隠れ鬼の森の住民は、味方になった。
 船の周囲でたむろっている影法師たちに手を振り、アメノトリフネの開かれたハッチに向かう。
 歩きながら俺は拳を強く握る。
 約束を、してしまった。
 
「……私も一緒に解決方法を探すよ。だから響矢、そんなに気負わなくて大丈夫だよ」
   
 咲良が小走りで近付いてきて、俺の手を握る。
 見栄を張ったのを彼女に気付かれるなんて恥ずかしいな。だけど俺は、もともと大人しくて消極的な性格だ。
 異世界に来てから、好戦的に変わっていく自分自身と、元の世界にいた頃の自分との間で、戸惑っていた。
 どちらも知っている咲良が、二つの自分をつないでくれる。
 
「ありがとう、咲良」
「どういたしまして」
 
 一人で進まなくていいという事は、こんなにも心強いものだと、初めて知った気がする。
 
 
 
 
 船内に入ると、艦長らしき制服を着た中年の男性が出迎えてくれた。
 彼は、俺を穴が開くほどジロジロ凝視する。
 なんだか気まずいんですが。
 
「何か?」
「……いえ。本当に本物の、久我響矢様なのかと思いまして」
   
 またそれか。
 本物か偽物かなんて、どっちでも良いじゃないか。
 いや偽物だと決め付けられるのも困るけど。
 
『久我さん久我さん』
 
 まだ船の外でヤハタに乗っている小坂さんから通信だ。
 
『手首の帯を外して、彼らに見せてあげて下さい』
「? 神璽《しんじ》がどうかしたの?」
 
 自分の手首を隠しているリストバンドをずらした。
 そこには勾玉の形をした神璽《しんじ》がある。
 印はうっすら青く発光していた。
 
「光ってる! なんで?!」
『咲良さんの手首が発光していたので、久我さんも同じかと思いましたが、当たっていましたね。おそらく森の亡霊から、あなた方を守る神のご加護でしょう。久我さんと咲良さんがいなければ、私なんてヤハタから引きずり下ろされてお陀仏ですよ』
 
 この光にそんな効果があるのだろうか。
 科学の世界で生まれ育った俺はいささか懐疑的だったが、手首から視線を上げると艦長が手を合わせて拝んでいたのでギョッとした。
 
「神の御印とは、なんと有難いことだ!」
「南無阿弥陀仏……」
「太郎さん、それは仏式ですよ。神式にのっとって柏手を打ちましょう」
 
 アメノトリフネの乗員が遠巻きに俺たちを拝んでいる。
 
「ちょ、止めて!」
『艦長、久我さんが本物だと理解しましたか?』
「はい、十分です!」
『ですよね。彫り物や肌に描いてある塗り絵では、このように光りませんから』
 
 不本意ながら俺は本物認定された。
 というか神璽があったら誰でも良かったのでは。この人たちにとって「久我響矢」は名前じゃなくて記号なんだな。
 しかし、エンジニアとして付いてきてもらったのに、交渉にパフォーマンスに、今回は小坂さん大活躍だ。
 
「そろそろ拝むのを止めて、話をさせてくれませんか」
「あ、はい! 失礼しました!」
 
 船の頭にあたる指令室に移動し、俺たちは打ち合わせをした。
 まず船の修理について。
 小坂さんがアメノトリフネの損傷を目視で調査した結果、飛翔するためのエンジンを修復するには、一週間掛かることが分かったそうだ。
 
「一週間も掛かるのかー」
『長いですよね。時空転移装置であれば、軽く調整すれば動きそうなんですが』
「時空転移か……」
   
 森の外に出るには、機体を空へ上昇させるしかないとばかり思っていたけれど。
 
「もしかして、そのまま地上に出られたりするのか?」
 
 これは盲点だ。
 試してみる価値はあるかもしれない。
 
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