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第二部

51 鬼に捕まると次の鬼になってしまう森

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「ごめんなー、筋力なくて、ちょっと引きずっちゃうかも」
「い、いえ……」
 
 目を白黒させる青年を背負い、俺は機体の外に出た。
 スサノオは仰向けに倒れており、出口が天井になっていたので、咲良の古神アメノウズメの帯を梯子《はしご》代わりにした。
 
「二代目アメノトリフネまで送ってくよ」
 
 墜落地点まで怪我人を背負って歩くのがキツイ。
 狸はツクヨミに戻ってもらい、ツクヨミを浮かせ、その上に乗った。
 
『ご苦労様でした、響矢くん。参考までに聞くけど、どうやってスサノオを元に戻したのかしら?』
 
 異世界スマホで恵里菜さんに首尾を報告すると、質問が返ってきた。
 
「どうって……ほら、父さんの愚痴を聞くような感じで」
『なるほど。全く分からないわ』
 
 失敬な。とても分かりやすく説明したつもりなのに。
 
『久我。その木偶の坊を背負って、どこに行くつもりだ?』
 
 通信に八束が割り込んできた。
 
「どこって、アメノトリフネの墜落地点だよ」
『隠れ鬼の森か。また面倒なところに墜落したな……せいぜい死人が出ないように努力することだ』
「おい、八束?!」
 
 八束は一方的に割り込んで、一方的に退出していった。
 協調性の無い奴だ。
 それにしても、隠れ鬼の森とは、何かいわくのある場所なのだろうか。
  
『響矢、あの森……』
 
 アメノウズメを並走させる咲良が、会話に入ってくる。
 
『常夜はいつも暗いけど、特に暗く見えるわ』
 
 俺は改めて、前方に広がる森を観察した。
 月明かりに針葉樹の森が黒々と浮かび上がっている。
 妙に生物の気配が無い。
 
『響矢さん、やっと追い付いた!』
 
 ざっと風が吹いて、上空から古神が降りてきた。
 
「景光、お疲れー」
『すごい勢いで飛ばすから、スクナヒコナが途中で限界になりましたよ! サルタヒコは大丈夫なんですか?!』
 
 城州から急ぎ戻ってきた俺だが、景光を途中で置いてきぼりにしてきたのだった。すまん景光。そのうち立ち食い蕎麦でもおごるよ。
 トンボのような羽を持つ小柄な古神スクナヒコナが、速度を落としてツクヨミの隣を飛翔する。
 
『それにしても、どうして隠れ鬼の森に向かっているんです?』
  
 おっと、詳しい奴がここにいた。
 景光は常夜で育ったので、常夜の常識に通じている。
 
「ちょうどいい。景光、教えてくれ。隠れ鬼の森ってなんだ?」
『入ったら出られないことで有名な悪霊の森ですよ。中には死者の霊がさ迷っていて、生者を探しています。なんでも生者と入れ替わりにしか、森の外に出られないそうですよ』
「うげっ」
『地上にも鬼ごっこという遊びがあるでしょう? 鬼に捕まった者が次の鬼になるという。その遊びの起源になった場所という話です。もともと地上にあったのですが、数百年前に常夜に移ってきたそうですよ』
 
 何とも恐ろしい伝承だ。
 しかし。
 
「古神でそのまま踏み込んでしまえば、いいんじゃないか。出る時も古神の力で……」
 
 ツクヨミを森の中に突入させようとした。
 だが見えない壁に弾かれたように、ツクヨミは途中で止まる。
 
『古神の力でどうにかなるなら、常夜の宮廷に属する古神操縦者がとっくの昔に何とかしていたという話ですよ』
 
 スクナヒコナを着陸させながら、景光がコメントした。
 なるほど、古神で焼き払ったりできないから、不可侵のまま残された魔の森という訳か。
 古神が突入できないなら、なぜ二代目アメノトリフネは墜落できたのか不思議だ。たぶんだが……二代目アメノトリフネは、神核だけ本物で外側は人造神器だ。完全な古神ではない。その辺が理由なのではなかろうか。
 
 アメノトリフネは、かつて天岩戸で撃墜されたという戦艦だ。墜落した機体から神核を抜き、人の手で作った艦に搭載したのが二代目アメノトリフネである。
 その後、俺が復活させるまで、初代アメノトリフネは天岩戸の湖の底で眠っていた。
 
『二代目アメノトリフネの皆さん、艦の外に出ないようにしてください。その森は危険です』
 
 俺たちの会話を聞いた恵里菜さんが、二代目アメノトリフネの艦長に警告する。
 
『もう遅いです……装甲の修理のため外に出た技術者と、連絡が取れなくなってしまいました……』
 
 二代目アメノトリフネから、消沈した返事が戻ってくる。
 
『これ以上、犠牲者を出さないように、二代目アメノトリフネから動かないようにしてください。私たちの方で対策を考えますわ。必ず全員救助します』
 
 恵里菜さんは、てきぱきと指示を出した。
 
『! 助けて頂けるのですか?!』
『もちろんです。何度も言いますが、本来は敵ではありませんもの。信じて待っていてください』
『はい! 疑ってしまい申し訳ありませんでした。よろしくお願いいたします!』
 
 二代目アメノトリフネの艦長は、恐縮しきりという様子だ。
 定時連絡をする約束を交わし、恵里菜さんは相手との通信を終了した。
 
『さて……どうする? 響矢くん』
「俺が決めていいんですか」
『過去の戦いを考慮すると、響矢くんの意見を聞いた方が上手くいくと思ったの。魔王を倒した時も、結局あなたが正しかったわ』
 
 魔王と呼ばれる敵と戦った時、恵里菜さんは俺の策が無謀だと止めたのだった。あの時、俺は若造の意見は聞いてもらえないと軽く絶望した。
 窮地を助けてくれたのは、元の世界の幼馴染み、弘だった。あいつは今、どうしているだろうか。
 
「……二代目アメノトリフネは、森に入れました。だったら、出ることも出来るはずです。船を修理して、浮上できれば」
 
 とりあえず思い付いた事を言ってみる。
 
『そうね、私も妥当だと思う。もし出られなかった場合にどうするかも含め、一度、常夜の宮廷の意見も聞いてみましょう』
「お願いします」

 いつの間にか、恵里菜さんから対等以上に扱われている。
 皆が俺の言う事を聞いてくれるようになるのは嬉しいけど、間違ったら大変な事になる。これが責任ある立場になるってことか。
 
 
 
 
 俺は咲良と恵里菜さんと一緒に、再び常夜の宮廷に赴いた。
 裾の長い紫紺のドレスをまとった黒髪紅瞳の巫女姫が、先日よりも砕けた様子で出迎えてくれた。
 
「そうですか、東皇が見つかったとのこと、お慶び申し上げます。しかし侵略してきた船が、隠れ鬼の森に落ちたとは」
「隠れ鬼の森を出る方法はないのでしょうか」
「かの地は、簡単に打てる手がなく封鎖しておりました。人が入らなければ被害が拡大しないので。まさに触らぬ神に祟りなし、だったのです」 
 
 二代目アメノトリフネを救助する事は難しいという事だ。
 船を修理し浮上すれば終わりだと良いのだが、人間は出られないというルールに引っ掛かったら、ミイラ取りがミイラになりかねない。
 
「常夜の宮廷では、神璽しんじを持つ者を派遣するしかないと考えていました。悪霊と言えど、神の加護を持つ者を簡単に害せません。もし閉じ込められても、神が森の外に導いて下さるでしょう」
「困った時は神頼みか」
「仕方ありません。外つ国から科学が流入し、古神の謎のいくつかは解き明かされたと聞いています。それでも私たちに分からない力は、数多く残されているのです」
 
 常夜の巫女姫の言葉には説得力があった。
 ふむふむ、結論としては……。
 
「俺が行くっきゃないか」
 
 最終的には、悪霊を全部、妖刀でぶったぎれば解決するんじゃないかな。
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