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第二部

46 女子トーク中に陛下を発見

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 響矢が城州で鬼屋敷を攻略していた頃、咲良は恵里菜と共に、常夜の都に繰り出していた。
 
「この辺りに東皇陛下の反応があるんだけど……人間が少ないわね」

 最初に八束に案内された宮廷から降りた場所、山のふもとに都はあった。ぐるりと城壁に囲まれた都は、広さで言えば地方の都市くらい。端から端まで歩いて数時間だろうか。
 建築物の様式は、中華に近い和風。漢字が書かれた提灯があちこちにぶらさがり、真昼のように明るい。いや実際、今は真昼なのだろう。常夜の空は月しかないので、時間の感覚がつかみにくい。
 
 道行く人は、妖怪が半分以上を占め、純粋な人間は三分の一だけだった。狐耳と尻尾を付けた獣人や、背が低い妖精、半纏《はんてん》を羽織った大きなトカゲやカエルがのしのし往来している。彼らは見慣れない服装の恵里菜と咲良を、不思議そうにじろじろ観察する。注目を浴びた恵里菜は、若干肩身を狭い思いをしていた。
 
「あ、しゃもじが空を飛んでるわ! 付喪神が最後は常夜に辿り着くという学説は本当だったのね!」
「ちょっと咲良……」

 居心地の悪い気持ちでいる恵里菜とは対照的に、咲良は生き生きとしている。彼女はどこからか双眼鏡を取り出し、趣味の妖怪観察を始めてしまった。
 咲良は、縁神をはじめとする、妖怪や精霊、動物全般が大好きだった。
 
「ふふふ……どこを見ても縁神ばっかり。最高に幸せ。防人を引退して常夜に越して来ようかしら」
「響矢くんが了承するの、それは……?」
 
 ゆるみきった顔で妖怪ウォッチングに励む咲良。
 恵里菜は「聞いてないわね」と嘆息した。
 
「響矢くんが離れたから、せっかく東皇陛下の反応が追えるようになったのに、東皇陛下も移動するものだから、なかなか見つからないなんて。世の中、そうそう上手くいかないものね」
「恵里菜さん、あそこに響矢のたぬきがいる!」
「え?!」
 
 まさか響矢が光速で帰ってきたのか、と恵里菜も動揺した。
 咲良が指差す方向を見ると、駄菓子屋の前に一匹の狸が座り込んでいる。響矢の連れている狸よりも体格が小さく、葉っぱの替わりに花を頭に載っけていた。
 
「かーわいいーーっ!」
「咲良!」
 
 咲良は狸に突進した。
 突然のことに目を白黒させる狸を抱えあげて頬擦りする。
 
「えーと……常夜の皆さんの視線が痛いわ。移動しましょう、咲良」
 
 額を押さえ、恵里菜は場所を移動しようと提案した。
 狸をモフっている咲良の背を押す。
 二人と一匹は、空いている茶店に入った。
 
「たーぬーきちゃーん♪」
 
 咲良は目の前に置かれた団子の皿よりも、狸に夢中である。
 彼女を現実に引き戻す方法は無いか、と考えて、恵里菜は縁神以外で唯一、咲良の気を引ける話題に気付いた。
 
「ねえ咲良、響矢くんのどんなところが好きなの?」
「!!」
  
 狸をモフる手が止まる。
 チャンスと見て、恵里菜はさらに畳み掛けた。
 
「あなた、響矢くんが来るまで、私は独身を通します、って思い詰めた顔で言ってたじゃない。皆から難攻不落、春が来ない桜姫と呼ばれていたのに」
「それは」
 
 咲良は頬を赤く染めた。
 
「……もう一つの日本、響矢の世界に行った時」
「うん」
「同じ文化で言葉が通じる上に、親戚の家なのに、私、心細かったんです。行儀良くしなきゃと気を張っていて」
「そこに響矢くんが登場したと?」
「はい。彼だけは他の人と違って、すぐに私が落ち着かない様子だと気付いて、声を掛けてくれたんです」
 
 その時のことを、咲良は色鮮やかに思い出せる。
 
 
 ――叔母さん、この子、調子が悪いみたいだから、一緒に出ていい?
 
 
 僧侶が仏間で読経している間、行儀よく畳に正座して待っていた。本当は足が痛かったし、緊張でお腹が痛かった。他の大人たちは咲良の様子に気付かなかった。響矢だけが、サッと立って咲良を連れ出してくれたのだ。
 
「彼、他人の感情に敏いものね。あのお友達の弘くんとの関係は、それが逆に良くない方向に作用していたようだけど」
「こっちの世界に来た時も、雨に濡れたたぬきちゃんを拾ってたでしょ。昔と変わらずに優しい人なんだなあ、と思いました」
 
 咲良は鞄からスマホを取り出して、画面をタップした。
 写真が画面に表示される。
 
「ふふふ、響矢の隠し撮り写真集!」
「付き合ってるのに隠す必要はあるの?」
「私にも見せて!」
 
 響矢の寝ているシーン、着替え中の裸の背中など、ちょっと際どい写真が盛りだくさんだ。響矢大好きな咲良目線なので、全くそういう意味で響矢に興味がない恵里菜にも、彼が普段の数割増しで格好良く見える。
 
「おおう、これが久我響矢。すごい美青年ですねえ」
「……」
 
 そこでようやく、恵里菜は二人だけの会話に、いつの間にか第三者が入ってきている事に気付いた。
 咲良の膝の上に、十二單を着た幼女が座っている。
 少女は興味津々にスマホを覗きこんでいた。
 そこには狸がいたはずだが。
 誰?
 
「ふあああああっっ?! 東皇陛下?!」
 
 咲良は自分の膝を見下ろして悲鳴を上げた。
 幼女は不敵な笑みを浮かべ、咲良を見上げる。
 
「くるしうないぞ、西園寺咲良。もっと久我響矢の写真を私に見せなさい」
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