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第一部

14 嵐の前のとても平和なひととき

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 全く余談だが、狸はカリカリに焦げたお揚げが好きだと判明した。
 狸と言えば天かすだろうと思って、大量の天かすを買ってきたのにとても残念だ。
 
「響矢、お蕎麦できたよ」
「さんきゅ」

 咲良が「天かすがあるので昼御飯は蕎麦を茹でよう」と言ったので、今日の昼御飯はたぬき蕎麦だ。
 料理の腕はお世辞にも良いと言いがたい咲良だが、本人の申告通り味噌汁など汁物は失敗しない。
 俺は薬味にネギと茗荷を刻んだ。
 無駄に沢山ある天かすと共に、薬味を丼に投入する。
 
「恵里菜さんも、どうぞ召し上がって下さい」
「ありがとう」
 
 今回は恵里菜さんが家に来ていた。
 咲良とは女友達で、たまに家にも遊びに来ているそうだ。
 丼を三つ、ちゃぶ台に並べ、俺たちは「いただきます」と唱和した。
 
「咲良と村田くんのおうちは、平和で良いわねえ」
 
 恵里菜さんは手を合わせた後、行儀よい動作で蕎麦をすする。
 
「平和……かな?」
  
 俺は苦笑する。
 現実問題、男女ひとつ屋根の下、俺も咲良も互いに好意を持っているもの同士、手を握る以上の触れあいも興味がある。
 昨日は、試しに布団を二つ並べてみた。
 言い出したのは咲良の方だった。「物音が怖いから隣で寝て」と頼まれたら承諾しない訳にはいかない。同居前は倫理観の葛藤があったが、例の寿命の件もあり「良いんじゃないかな」と俺はわりと吹っ切れていた。
 しかし夜中にザアザア雨が降りだし……それも最初は雰囲気があってドキドキしたのだが、途中から本格的な雷雨になって、更には雨漏りまでし始めた。
 皿や丼を設置して雨漏りを避けるうちに、邪な思いはどこかに消えてしまった。
 だいたい雨のタイミングが良すぎる。雨天が局所的なこともあり、俺は例のアマテラスの呪いのせいだと睨んでいた。
 ……まあ確かに、総合的に見ると平和といえば平和か。
 
「そういえば、弘くんが本部に来ないのよ。村田くん、何か知らない?」
「弘ですか?」
 
 俺はきょとんとした。
 絶交されてから会ってないな。
 
「古神操縦者になるために、毎日、訓練のために本部に通ってもらっていたのだけど」
「訓練って必須なんですか? 俺も仮想霊子戦場に出た方がいいのかなー」
 
 天照防衛特務機関の本部には、古神操縦者の訓練校がある。
 古神操縦者を目指す学生が、日々、仮想霊子戦場で模擬試合をして研鑽を積んでいるそうだ。
 
「必須ではないわ。村田くんは出ないでいいわよ……しれっと全勝されたら学生の士気が下がるから」
「?」
 
 恵里菜さんの後半の台詞は小さくて聞こえなかった。
 
「弘くんは身分的には訓練生なの。村田くんは正規の操縦者だけど」
「あいつ一万も霊力あるのに」
「万を越えると次の壁が高いのよ。だから要求される霊力値が低いクニノクラトやホスセリを使える操縦者は山ほどいるけど、要求霊力値が高いタケミカヅチやコノハナサクヤを扱える操縦者は滅多にいません」
 
 俺は、嫌がる狸に無理やり天かすを食わせた。
 恵里菜さんは話を続ける。

「弘くんは専用機を欲しがってたけど……」
 
 ロボットと言えば専用機という固定観念があるが、この世界では共用らしい。天照防衛特務機関がまとめて管理し、その古神に搭乗できる操縦者に適宜、出動を依頼したりする。当然、バッティングしたら乗れない。その時は二番目に登録した機体で出動できるか、オペレーターが照合するそうだ。
 
「専用機を持っているのは神華七家くらいよ。一般人が専用機を持つのは、敷居が高いわ」
「ロボットを運用にするにも、金が掛かるからですよね。現実は厳しいっす」
 
 そうなのだ。継続して古神のメンテナンスをするには、莫大な費用を捻出しなければならない。実は久我家が貧乏なのは、オモイカネを自家専用機として維持するのに金が掛かったからだった。
 俺は話題を戻した。
 
「弘は元の世界では金持ちの息子だったし、何とかするんじゃないですか。訓練サボってるのは、金策に走り回ってるからかもしれませんよ」
「そうだと良いですが」
 
 恵里菜さんは何故か言葉をにごす。
 訓練に出て来ない弘のことも気になるが、大人の佐藤さんも、恋人の綾も付いている。放って置いても大丈夫だろう。
 
「話は変わるんですけど、予定どおりオモイカネは明日、天照防衛特務機関の格納庫に移しますね」
「助かるわ。今まで久我家を説得できなかったの。オモイカネは要求される霊力値が高いから、ほぼ村田くんの専用機になると思う」
 
 一条桃華が久我家に殴り込んできた件と関係あるのだが、俺は叔父さんを説得してオモイカネを天照防衛特務機関に委譲した。
 これで久我家の財政状況も改善されるだろう。
 
「都内からオモイカネを発進させ、そのまま大神島まで飛行して格納してください。その後に大神島の基地で、神華隊の隊員と顔合わせをしましょう。ちなみに咲良も、私の妹も神華隊の一員よ」
 
 咲良が属しているということは、まず間違いなくエリート部隊だ。
 そんなところにモブの俺が行ったら、場違い感半端ないんじゃないだろうか。
 
「やだなー、恵里菜さん。俺は普通の部隊で良いですよ。そんなところに行ったら浮いたりしないですか?」
「村田くんは奥ゆかしいのね。大丈夫、皆、あなたと同じ神璽持ちの操縦者よ。安心して」
 
 全く安心できない。
 俺はとりあえず気分を落ち着けるために、たぬきをモフることにした。
 
 
 
 翌朝、久我家の道場にて。
 俺は咲良にパイロットスーツを着るよう迫られていた。
 
「だって恥ずかしいだろ!」
「駄目だよ響矢。仮想霊子戦場ならともかく、現実で古神に乗るなら、操縦用の襦袢を着ないと!」
 
 叔父さんは、ニコニコ笑顔で黙って俺たちのやり取りを見ている。
 咲良はパイロットスーツが入った風呂敷を手に、俺に詰め寄った。
 
「私も着るから!」
「なんで?!」
「一緒に大神島に行くからよ。オモイカネに乗せてもらって、一緒に行った方が早いでしょ? ほら着替えよう!」
「わーーっ、ここで服を脱ぐな! 手洗いかどこかに行って着替えろって!」
 
 着物の帯を解き始めた咲良に降参する。
 ちなみに女子のパイロットスーツは白かったが、男子のパイロットスーツは黒だった。白じゃないだけマシか。もうどうにでもなれ。
 制服と着替えが入った鞄を手に、俺は咲良と共にオモイカネのコックピットに乗り込んだ。
 操縦席には俺が座り、咲良は背もたれに掴まって立つ。
 
「それでは行ってきます、叔父さん」
「気をつけて」
 
 久我家の庭の地面が左右に開いて、格納庫からオモイカネがせりあがる。特撮の秘密基地も真っ青なご自宅だ。
 俺はオモイカネを都内上空に飛行させた。
 真っ直ぐ、海に向かう。
 見下ろすと、道ゆく人々が機体を見上げて手を振ったり、年配の人は拝んだりしていた。
 
「響矢、大神島には、アマテラスの機体があると言われているの」
 
 海上に出たあたりで、咲良がおもむろに口を開く。
 
「なんで伝聞なんだ?」
「アマテラスの機体を誰も見たことがないから。確かに記録では、大神島に格納されているんだけど、格納庫を探しても見つからない。怪談みたいでしょ?」
 
 俺は操縦席のアームレストを強く握りしめる。
 久我家は、天照大神に愛されている家系だと、叔父さんは言っていた。古神には、物言わぬ神の意思が宿っている。妖怪や神使を通して、神々は人間と触れあうのだという。
 もしアマテラスの機体を見つけることができれば、久我家の呪いの件を解決する手掛かりが掴めるかもしれない。
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