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第一部

11 家の地下にロボットを隠すのは常識なのか?

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 ヘッドギアを脱ぐと、どっと疲労が襲ってきた。
 座っていただけなのに何で疲れるかな。
 
「お、お前、お前いったいなんなんだ?!」
 
 座席から立ち上がった桃華が喚く。
 
「神童と言われた私をあっさり倒すなんて、おかしいだろ!」
 
 あー、肩こりがひどい。このリクライニングチェアはなんでマッサージ機能付きじゃないのだろうか。
 
「そうだな、おかしい。今のはきっと素人のまぐれ勝利だ。お前の方が実戦では強いよ。俺なんて、古神に乗ったの二回目だし」
「な……?!」
  
 真面目に答えると、桃華は絶句した。
 世辞じゃなく本心だぞ。だって、どう考えてもモブの俺が勝つのはおかしい。きっと桃華は今日は調子が悪かったに違いない。
 
「二回目……二回目……」
 
 桃華は虚ろな目で何やらブツブツ呟くと、ふらふら外へ向かって歩き出した。
 
「桃華さん?」
「邪魔したな。オモイカネは久我のもんだ。咲良、お前その響矢なりやってやつ、首に縄を付けてでも神華隊に引っ張って来いよ!」
 
 呼び止めようとした咲良に、よく分からない捨て台詞を残し、桃華は去っていった。
 
「響矢くん」
 
 ぽかんとする俺に、久我の叔父さんが声を掛ける。
 
「挨拶が遅れてすまない。僕は久我優矢こがゆうやだ。異世界から、よく来てくれたね」
「ゆうや……矢?」
「うちの一族の直系男子は、名前に矢の文字を入れる慣習があるんだよ」
 
 にこにこする優矢叔父さん。
 自分と似た名前に、俺は目の前にいる中年男性が血縁だと実感する。
 
「もうすぐ妻の紀子のりこも帰ってくる。今夜は手料理を食べていってくれ」
「ありがとうございます」
「響矢、私は帰るね。叔父さんのところに泊まっていくといいよ」
 
 咲良は、どこか寂しそうな笑みを浮かべ、背中を向けた。
 
「咲良?」
「……」
 
 とんとんと軽やかな足音を立てて、咲良は去ってしまう。
 これが今生の別れという訳ではないのに、彼女を行かせてしまっては駄目だという焦燥感が、急に胸に沸いた。
 追うか迷っていると、叔父さんが躊躇いがちに聞いてくる。
 
「響矢くん、咲良さんが好きなのかい?」
「へ?……考えてもみませんでした」
 
 告白を受けたものの、有耶無耶で返事はしていない。
 異世界転移という珍事に巻き込まれた俺は、状況に適応するので精一杯だった。
 
「良かった、まだ告白してないんだね」
「なんで告白前提なんですか?!」
「僕ら久我家は、天照大神に愛されている家系なんだ。久我家で神璽を持つ者は、若くして戦いの中で命を落とし大神に召された者もいる。そういう呪いを持っているんだよ」
「呪い?」
「あるいは加護だ。天照大神に愛されているからこそ、久我の防人はあらゆる古神を乗りこなす事ができる。古神の力を限界以上に引き出して、必ず勝利する。久我家の神璽持ちは、古神操縦に関しては天才的だ。その代わりに長く生きられない」
 
 俺は、リストバンドに覆われた自分の手首を見下ろした。
 悪魔のお姉さんが言っていた「勇者の印」が、急に薄気味悪い呪いの痣に思えてくる。
 長く生きられない? マジで?
 突然、降って沸いた寿命の話に俺は困惑した。
 だってそうだろう。誰も自分がいつ死ぬか、考えて生活していない。
 リミットはいつなんだろう。
 今日、明日という訳ではなさそうだが。
 だけど納得した。
 すんなり古神を操縦できたのは、そういうカラクリあってこそだったんだ。
 
「あ、勘違いしないでくれ。数年以内に死ぬとか、そういうものじゃないからね!」
 
 俺の神妙な表情を見て、叔父さんは慌てて付け加えた。
 
「結婚しても、重要な場面では必ず邪魔が入るんだ。天照大神の嫉妬だと言われている」
「狭量な神様ですね……」
「そうだね。だから君の曾祖父は、異世界に駆け落ちしたんだ。異世界には、天照大神の力が及ばないから」
 
 異世界に親戚がいる理由が、やっと分かった。
 天照大神の愛が重すぎる件。
 
「咲良は、久我家の事情を知ってるんですか?」
「知らないと思うよ。彼女の父親のさかきくんも知らない。だいたい久我は長く操縦者を出していなかったんだ。皆、昔のことは忘れている。僕は当主として、先祖代々の口伝を受け継いでいるから知っていただけさ」
 
 叔父さんは心配そうに、俺を見た。
 
「咲良さんとの同居について、榊くんからも聞いているよ。今の話を聞いた上で、どうするかは君が決めれば良い」
「咲良から離れろと言わないんですね」
「言わないよ。何が幸せか、不幸かは、当人が決めることだからね」
 
 俺は考える。
 異世界に留まることを選んだ幼馴染みの弘たちのこと、俺と一緒にいたいと告白してくれた咲良のこと、そして今知った久我家の事情。
 寿命が短くなるという異世界から、逃げ出すという選択肢もある。
 踏みとどまって戦い、この力を活かして英雄になってもいい。
 どちらを選ぶのが正解か、今は分からない。
 だが、咲良と一緒にいる時間が心地よいと感じた、その事だけは真実だ。
 せっかく異世界にいるのだから、我慢せず自分のやりたいことをして、好きなように生きたい。
 
「……俺、咲良の家に帰ります。すみません、奥さんの手料理を食べられなくて」
「とんでもない。咲良さんをよろしく頼むよ、ってこれは僕が言っちゃ駄目か。彼女の父親の榊くんの台詞だ。今日は残念だが、またいつでも家に来てくれ。歓迎するよ」
 
 物わかりの良い叔父さんは、言外に咲良を追いかけて良いと笑う。
 俺は軽く頭を下げ、狸の入った鞄をつかんで駆け出した。
 
「待てよ、咲良!」
 
 もう馬車に乗ってしまっただろうか。停留所に行くまで追い付かないと。
 
 
 
 
 家に帰った後、風呂場で裸の美少女と鉢合わせ、なんてサービスシーンは残念ながら無かった。
 風呂が池になっていたからだ。
 
「なんで風呂場に金魚が泳いでるんだよ」
「あ。縁日ですくったの。流さないで!」
 
 咲良~! お前な~!
 金魚を桶に移したら、そこで体力が底を尽きた。
 一階の居間で予備の布団を抱えて寝転がり、狸を枕にして就寝した。
 
「たぬき、触っちゃ駄目?」
「好きにしろよ」
 
 咲良はどこからかブラシを持ってきて、狸の毛を丁寧にすいている。狸は欠伸をして伸びた。平和な朝の光景だった。
 朝飯は昨日の残りを温めて、漬物を添えたものだ。
 俺は食事を終えて箸を置く。
 と同時に、ちゃぶ台に置いた携帯がブーブー鳴った。
 
「もしもし……」
『村田、村田だな?!』
 
 ひろしの叫び声がした。俺は携帯を耳から遠ざける。
 
「……どうしたんだ?」
『聞いてくれ! 家の地下に、正体不明のロボットがあったんだ!』
 
 俺は、弘の家を思い浮かべた。
 異世界で恵里菜さんが用意してくれた、もともと外国の大使の別荘だったという洋風の屋敷だ。庭付きの大きな洋館だった。
 その家の地下にロボット?
 久我の道場の地下には、古神オモイカネが保管されていた。この世界では、家の地下にロボットを保管する習慣があるのかもしれない。
 
「ロボット? 古神か?」
『分からない。ともかく見に来てくれ!』
 
 霊話が切れた。
  
「今の、響矢の友達の家の地下に、古神があったって?」
 
 咲良が狸を抱えて寄ってきた。 
 霊話の音声が大きかったから、会話が聞こえていたらしい。
 
「古神かどうか分からないぞ」
「うーん。どちらにしても、天照防衛特務機関に届け出てもらった方がいいかもしれない」
 
 狸を撫でながら言う咲良。
 確かに、元の世界でも庭から不発弾が出たら、役所に電話して自衛隊に回収しに来てもらう。比べる対象が違うけど、おおむね合っているはずだ。
 
「それが一般的な発想だよな。だけど弘たちは……」
  
 あの御曹司、俺がルールだと言い出しかねない性格だ。
 元の世界でもしたい放題だった。
 ちゃんと恵里菜さんに、ロボットがあったって連絡してるだろうか。
 
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