上 下
114 / 126
青竜の騎士《アールフェス修行編》

111 格好悪くても目的は達成します

しおりを挟む
「待てぇーーっ!」
 
 背後から屈強な男たちが追ってくる。
 アールフェスは身を護る銃や武器を持っていない。
 青竜の騎士が「まずは体を鍛えることだ!」と言って、アールフェスの武器を没収したのだ。
 武器と言えば、アールフェスには、卵から育てた黒竜ノワールがいる。しかしノワールとは、エスペランサで別れさせられていた。今のアールフェスは竜騎士ですらない。
 
 残っているのは……
 
 自分の手首の内側にうっすら残る、邪神との契約紋を見下ろす。
 邪神ヴェルザンディと契約した証だ。
 ヴェルザンディが地上での依り代を失って天界に撤退している今、アールフェスとの繋がりは薄くなっている。
 邪神との繋がりを完全に断ち切るのも、この旅の目的のひとつだった。
 
 だが、襲われている少女を助けるには、少しだけ残っている邪神の力に頼るしかない。
 
「――はぁっ!」
 
 アールフェスは後ろに向けて腕を振った。
 紫の光の壁が、追ってくる男たちを通せんぼした。
 
「なんだこの魔法は?!」
 
 男たちが慌てふためいているうちに、通りを駆け抜けて青竜の騎士パリスのいる酒場に飛び込む。
 パリスは、酒場で旅人たちと乾杯しているところだった。
 
「師匠!」
「……なんだアールフェス。そんな鼻血をたらして」
 
 アールフェスは鼻の下をぬぐいながら、やけくそで叫んだ。
 
「今そこで、暴漢におそわれている女の子を助けました!」
「おお! よくやったアールフェス。紳士にふさわしい行いだな」
「だけどまだ追われているところで」
 
 後ろの扉がバタンと開く。
 アールフェスが手を引いている少女が、肩を大きく震わせた。
 
「小僧。こけおどしをしやがって……」
 
 もちろん殺傷力のない防御魔法では、時間稼ぎにしかならない訳で。
 アールフェスは一縷の望みをかけてパリスに頭を下げた。
 
「師匠、僕と女の子を助けてくれませんか……?」
「うーむ。君は本当に弱いなアールフェス。そこは師匠の力を借りずに、女の子を根性で守れないのか」
「根性にも自信ありません! 弱いので!」
 
 すがすがしいまでに言い切るアールフェスに、追ってきた男たちや、助けた少女も、呆れた顔になった。
 追ってきた男は冷静に酒場を見渡し、状況を悟ったようだ。
 強引にアールフェスから少女を取り返そうとせず、パリスに向かって声を掛けた。
 
「なあ、あんた。この小僧の師匠とやら」
「うん? 私に何か用か」
「ああ。この女の子はな、俺たちに借金があるんだ」
 
 アプリコットオレンジの髪の少女は、その言葉を聞いて目を見開いて叫んだ。
 
「口から出まかせを! その男の言うことは嘘です! 真に受けないで!」
 
 だが少女の言葉を証明するものは何もない。
 酒場の人々も困惑した様子になっている。
 
「俺たちも、関係ない奴らに迷惑をかけるつもりはない。なあ、あんたから説得して、その子を俺たちに引き渡してくれないか」
 
 下手に出て頼み込む男。
 愁傷な態度に、酒場の人々はアールフェスと男たちを見比べて、迷う表情になる。どちらの言葉が本当で、どちらに味方したものか、判断が付きかねているのだ。
 
「謝礼なら、はずむよ」
 
 男は最後の一押しとばかり、パリスに頼んだ。
 パリスは無表情になって酒の入ったカップをテーブルに置く。
 そしてゆっくりと立ち上がった。
 
「――断る」
 
 パリスから染み出す威圧感に、周囲の人間がごくりと息を呑む。
 
「私は常に、レディの味方だ」
 
 パリスはアールフェスには厳しい目を、少女には優しい流し目をくれた。
 堂々とした歩みで男たちの前に立つ。
 男たちはパリスの恵まれた体格と、歴戦の勇者を思わせる佇まいに、瞠目した。
 
「あ、あんた! そんな子供の言うことを信じるのか?!」
 
 男は気圧されながら、なおもパリスを説得しようとする。
 パリスが強いのは雰囲気で分かる。
 男もパリスを敵に回したくないようだ。
 
「この私、青竜の騎士の判断に、間違いなどない」
 
 パリスは涼やかな表情で、さらりと言ってのける。
 
「青竜の騎士だと……?!」
 
 あの六英雄のひとり、青竜の騎士なのかと、周囲の人間は色めきたった。
 ちょうど開いた扉の向こうから、竜の咆哮が聞こえる。
 建物の外から「上空に青い竜がいる!」という街の人の声がした。
 
「ほ、本物かよ!」
 
 パリスが本物の六英雄だと知った人々は興奮する。
 少女を追ってきた男は苦々しい顔になって「一旦引くぞ」と部下に声を掛けた。
 もはや注目は青竜の騎士に集まっている。
 去っていく男や、つい先ほどまで追われていた少女、少女を助けたアールフェスを、誰も見ない。
 
「騒がしくしてすまないね。竜は帰らせた。私は旅の途中だ。ここで何かを為すつもりはない」
 
 パリスは周囲を見渡して、貫禄のある雰囲気を放ち民衆を静めた。
 
「さあ、乾杯を再開しよう。今夜の、この酒場の飲み代は、私が持つ。皆、大いに飲んでくれたまえ」
「さすが六英雄! 懐が広い!」
 
 飲み代がタダだと聞いた人々は沸き立った。
 金払いの良い客、しかも伝説の英雄が来店したと知った酒場の店主は、ほくほく顔だ。
 
「……師匠。ありがとうございます」
「なに、私は小さなレディを助けただけだ」
 
 パリスは少女に向けて、安心させるように笑んだ。
 
「君の面倒を見ているのも、黄金の聖女に頼まれたからに過ぎないからね」
 
 その台詞に、アールフェスは複雑な気持ちになる。
 大国エスペランサの王族であり、六英雄のひとり「黄金の聖女」が犯罪を起こしたアールフェスを助命しなければ、アールフェスは今ここにいなかっただろう。
 
「あの!」
 
 少女はアールフェスの前に進み出て、パリスを見上げた。
 白い頬を紅潮させて、目を潤ませている。
 
「助けて頂いて、ありがとうございました!」
「大した事はないよ、レディ。ところであなたは、どこへ行かれるつもりかな? 見たところ一人のようだが」
 
 家族と一緒でも無さそうな少女の様子に、パリスは目を細める。
 少女は緊張した面持ちで説明した。
 
「私はルクス共和国を救うために、六英雄のひとり赤眼の飢狼が使っていた剣を受け継いだという、セイルという少年に会いに行くところなのです」
 
 パリスは「赤眼の飢狼」の下りを聞いて、にわかに興味が出て来たようだ。少女に席に座るように進め、水と食べ物の追加を注文した。
 
「興味深い話だ。天牙を使う剣士なら、私も会って試合をしてみたいものだな」
 
 アールフェスは所在の無さを感じながら、こっそり隅っこに座る。
 バトル好きの言うことには、付いていけない。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!

明衣令央
ファンタジー
 糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。  一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。  だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。  そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。  この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。 2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。

実の妹が前世の嫁だったらしいのだが(困惑)

七三 一二十
ファンタジー
ある朝、俺は突然、前世で異世界の勇者だったことを思い出した。 勇者には聖女の恋人がいた。たおやかで美しい彼女の面影を思い浮かべるほど、現世でもみかけた気がしてくる俺。 頭を抱えているとドタドタ足音をたてて、妹が部屋に駆け込んできた。 「にいちゃんっ!」 翡翠色の瞳に輝くような金髪、これまで意識しなかったけど超整った顔立ち…俺の懸念は的中した。妹は前世の恋人、”光の聖女”の転生体だったのだ。しかも俺と同時に、前世の記憶を取り戻していた。 気まずさに懊悩する俺をよそに、アホアホな妹は躊躇なく俺にキスを迫ってくる! 「せっかく記憶が戻ったんだから、ちいさいこと気にするのはなしにしよーよ。ギブミーキース、ギブミーキース…」 「戦後か!」 前世の恋人兼聖女の妹から、元勇者な俺は貞節とモラルと世間体を守れるのだろうか…というか記憶が戻った途端、妹が可愛くみえてしょうがねーな、ちくしょー!(血涙) ※不定期更新となります。どうかご了承のほどを。 ※本作は小説家になろう様にも掲載しております。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

器用貧乏の意味を異世界人は知らないようで、家を追い出されちゃいました。

武雅
ファンタジー
この世界では8歳になると教会で女神からギフトを授かる。 人口約1000人程の田舎の村、そこでそこそこ裕福な家の3男として生まれたファインは8歳の誕生に教会でギフトを授かるも、授かったギフトは【器用貧乏】 前例の無いギフトに困惑する司祭や両親は貧乏と言う言葉が入っていることから、将来貧乏になったり、周りも貧乏にすると思い込み成人とみなされる15歳になったら家を、村を出て行くようファインに伝える。 そんな時、前世では本間勝彦と名乗り、上司と飲み入った帰り、駅の階段で足を滑らし転げ落ちて死亡した記憶がよみがえる。 そして15歳まであと7年、異世界で生きていくために冒険者となると決め、修行を続けやがて冒険者になる為村を出る。 様々な人と出会い、冒険し、転生した世界を器用貧乏なのに器用貧乏にならない様生きていく。 村を出て冒険者となったその先は…。 ※しばらくの間(2021年6月末頃まで)毎日投稿いたします。 よろしくお願いいたします。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

処理中です...