上 下
90 / 126
地底の迷宮

88 狂暴な嫁ですがもらってやってください

しおりを挟む
 金髪の男の名前はトーマスというらしい。
 目がギョロっとしていて、微笑むと前歯が欠けているのが見えた。……人間、見た目だけじゃないさ、たぶん。
 
「教会に似た場所について心当たりがあります。ぜひ案内させてください、お義父さん!」
「はい?!」
 
 お義父さん呼びされて俺は仰け反った。
 エムリットがカウンターの上を転がりながら「トーマス、キカンシャ」と言っている。相変わらず意味が分からん。
 
「さっそく明日、一緒に東の迷宮、蔓草聖堂アラベスクに行きましょう」
「……そういえば、蔓草聖堂アラベスクは例の四つの鍵の迷宮のひとつだ」
 
 イヴァンがボソリと言った。
 ちょうどいい、ルーナの結婚式と迷宮攻略の両方ができて一石二鳥だな!
 
「いーやー!」
 
 嘆いているルーナは無視して、俺たちの話はまとまった。
 さて、お肉も腹一杯食べたし寝るとするか。
 イヴァンの酒場の二階にある宿に入って、部屋で休ませてもらう。
 地下に落っこちてからずっと人間の姿で疲れてるから、今夜は狼の姿で寝ようかな。
 
 
 
 朝、起きたらルーナがいなくなっていた。
 赤ん坊ローズも一緒にだ。
 結婚が嫌で逃げ出したのか、はたまた何か企んでいるのか。
 俺は気にせず身支度を整えて階段を降りた。
 
「おはよう、イヴァン」
「……おはよぅ……ふあ」
 
 イヴァンは目をショボショボさせて、大きな欠伸あくびをした。
 
「寝てないの?」
「例の本を読んでいて……ルーナさんはどうしたんだ」
「今日は留守番だって」
 
 俺は嘘を付いた。
 失踪中だと言って無駄に心配させることもない。
 あいつ、殺しても死なない感じがするんだよな。どこかで元気に悪巧みをしてる気がしてならない。
 
「お義父さん、こちらです!」
 
 イヴァンと酒場を出ると、通りで待っていたトーマスが手を振った。
 昨日と違い鎧を着て武装している。
 
「その玩具のようなカラクリは……?」
「アイアム、エムリット!」
 
 俺の隣でピョンピョン跳ねるエムリットに、トーマスは困惑した視線を向けた。分かるよ、これ何? だよね。残念ながら俺も知らないんだ。
 
「気にしないで」
「ところで僕の女神は?」
「女の子に怪我させたらマズイだろ。今日は俺たちだけで下見に行こう」
「それもそうですな!」
 
 適当な説明にトーマスは納得してくれた。
 三人プラス一匹は、ニダベリルの南の門をくぐって迷宮探索に出掛ける。俺は鼻歌混じりに歩いた。
 
「ゼフィ、そのバックは」
「これ?」
 
 今日は手荷物を一つ増やしていた。
 良い匂いのする手提げを持ち上げて見せる。
 
「イヴァンがいない間に厨房に入って、肉サンドイッチを作ったんだ!」
「もはやピクニック気分だな……」
 
 イヴァンは呆れ顔だ。
 そんなこんなで目的地の前まで来る。
 東の迷宮、蔓草聖堂アラベスクは、他と違って壁に細かい蔓草模様が入っていた。模様の入った深い青や碧色の壁や柱が立ち並ぶ様は壮観だ。
 時々現れるレッドスライムを危なげなく倒しながら、俺たちは奥に進む。
 レッドスライムは半透明のジェル状のモンスターだ。飲み込まれると人間も溶かされてしまう、強力な毒を持っている。
 
「この先に、スレイプニール様に似た石像がある広間があるのです」
「スレイプニールって、馬の姿をした神獣だっけ」
「そうです。僕の生まれ育った地域の神でした」
 
 トーマスも迷い人だ。
 彼の育った地域の神様は、馬の姿の神獣スレイプニールだったらしい。
 
 ところで教会とは、地域ごとにある集会場のような建物で、時計と神獣の石像が設置してあることが特徴だ。
 教会の神様は、その土地の神獣だ。
 神獣は基本的に人間を襲わず、その土地に恵みをもたらす存在として知られている。
 教会ではそういった神獣の伝承や地域の歴史を伝えたり、困った人の相談に乗ったり、無料で簡単な読み書きや、スペースを活かして催し物や結婚式をしたりしている。
 閑話休題。
 俺たちは順調に探索を続け、馬の石像があるという広間に近付いた。
 
「僕がしんがりを務めますので、お義父さんは先にどうぞ」
「良いの?」
「……待った」
 
 石像の広間に入る手前で、トーマスは先に行けと言う。
 何の疑問もなく進もうとした俺に、イヴァンが待ったを掛けた。
 
「例の本で読んだ。蔓草聖堂アラベスクの馬の石像の部屋には、罠がある。部屋に入ると出入口が閉まって、石像が手強いモンスターに変化するんだ」
 
 イヴァンは言いながら細剣レイピアを抜き、トーマスに突きつけた。
 
「よく……ご存知ですね」
 
 トーマスはニヤリと笑う。
 俺は理由が知りたいと思った。罠に嵌まりそうだったからって、そんなショックがある訳じゃないけど、どうしてそうなったか気になるじゃないか。
 
「俺たちを騙してたの? なんで?」
「ニダベリルの市長、バーガーさんの依頼でしてね。迷宮をクリアしそうな勢いの、あなたがたが邪魔なんだそうです」
「迷宮クリアしたら、何か問題あるの?」
「ニダベリルは、迷い人が迷宮探索で持ち帰る宝で繁栄しています。迷い人が出て行ってしまったら旨みが無くなる」
 
 うわあ、姑息な計算だなー。
 大地小人ドワーフたちは、バーガーさんの企みを知っているのだろうか。
 
「トーマスも迷い人なのに、地上に帰りたくないの?」
「僕は地上に未練が無いもので。可愛い嫁さんをもらって、地下で愉快に暮らしたいですね!」
 
 欲望に忠実な人だ。
 ルーナに粉かけたのは本心からのようだ。なんだかなー。
 
「……おーっほっほっほ!」
 
 遺跡に反響するように高笑いが聞こえてきた。
 ルーナの声だ。
 
「結婚式なんてノーセンキューよ! ぶち壊してくれるわ!」
 
 過激な宣言だ。
 俺たちが来た通路から、巨大なモグラに乗ったルーナがやってくるのが見えた。ちなみに彼女はちゃんと赤ん坊ローズを背負っている。真面目なのか悪なのか、謎だなルーナは。
 
「な、な、な?!」
「狂暴な花嫁だけど、どうぞもらってやってください」
「前言撤回します! 僕の神様はスレイプニール様だけでした。嫁は返品交換希望で!」
 
 トーマスは青ざめながら結婚式はやらないという。
 俺はチッと舌打ちした。
 
「おいゼフィ、あのモグラ、途中でレッドスライムを引っ掛けてきたみたいだぞ」
 
 イヴァンがげっそりした顔で言った。
 よく見るとモグラの後ろに、レッドスライムが十匹くらい付いてきている。
 迫るルーナとモグラ、レッドスライムの群れ。
 通路は一方通行だ。
 進むしかない。
 
「よし、行けキカンシャトーマス!」
 
 俺は悲鳴を上げるトーマスの背中を押して部屋に押し込む。
 雪崩なだれのように、同時に飛び込んできたモグラやレッドスライムたちと一緒に、俺たちは部屋に突入した。
 ガシャン!
 部屋の出入口に音を立てて格子戸が降りる。
 広間の中央に立つ馬の石像の、目が赤く光った。
 ギシギシ音を立てて石像が動き始める。
 馬の石像は一回り大きくなり、フシューと白い鼻息を吹き出した。敵意満々で俺たちに向かって足踏みする。
 
「敵が多すぎるだろ!」
 
 イヴァンが剣を手に叫んだ。
 前門の石像。
 後門のモグラとレッドスライム。
 
「ゼフィ、とうとう年貢の納め時のようね!」
 
 モグラの上に立って胸を張り、ルーナが偉そうに言った。
 
「そろそろ私の偉大さを思い知りなさい! そして子供らしく素直に年上を敬うのよ!」
「え? やだ」
「何ですってー?!」
 
 イヴァンが「おい!」と慌てているけど、こんなのピンチの内に入らないよ。
 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

政略結婚の相手に見向きもされません

矢野りと
恋愛
人族の王女と獣人国の国王の政略結婚。 政略結婚と割り切って嫁いできた王女と番と結婚する夢を捨てられない国王はもちろん上手くいくはずもない。 国王は番に巡り合ったら結婚出来るように、王女との婚姻の前に後宮を復活させてしまう。 だが悲しみに暮れる弱い王女はどこにもいなかった! 人族の王女は今日も逞しく獣人国で生きていきます!

婚約者が妹と浮気してました!?許すはずがありません!!

京月
恋愛
目の前で土下座をするのは私ことディーゼの婚約者ハルド、そして実の妹であるロルゼだった。 「「頼む(お願い)!このことだけはあの人に言わないでくれ(言わないで)!!」」

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

妹がいるからお前は用済みだ、と婚約破棄されたので、婚約の見直しをさせていただきます。

あお
恋愛
「やっと来たか、リリア。お前との婚約は破棄する。エリーゼがいれば、お前などいらない」 セシル・ベイリー侯爵令息は、リリアの家に居候しているエリーゼを片手に抱きながらそう告げた。 え? その子、うちの子じゃないけど大丈夫? いや。私が心配する事じゃないけど。 多分、ご愁傷様なことになるけど、頑張ってね。 伯爵令嬢のリリアはそんな風には思わなかったが、オーガス家に利はないとして婚約を破棄する事にした。 リリアに新しい恋は訪れるのか?! ※内容とテイストが違います

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

処理中です...