上 下
75 / 126
竜の娘

73 お祭りを見物しました

しおりを挟む
 仕方ない。ここは一肌脱いでやるか。ってか、俺が原因だけどな、はっはっは。
 
 俺はティオの腕の中から飛び降りた。
 怒っているフレイヤ王女を、上目遣いに見上げる。
 
「子犬ちゃん……?」
 
 俺を見たフレイヤは、毒気を抜かれたようだ。
 
「せいる、おうさまのめいれい、ひみつのしごと」
「え?」
 
 フレイヤは、子犬の姿の俺が人間の言葉を話せることを知っている。くわえて、この場にはマックくん以外、身内しかいないので問題なかった。
 この姿では流暢りゅうちょうに話せない。
 片言をつなげて説明すると、フレイヤは少し考えるように瞬きした。
 
「国王の命令で、機密性の高い任務についておられるということですか……?」
 
 何とか誤魔化せたようだ。
 緊張した空気が消え、皆ほっとした。
 フレイヤは先ほどの怒りが嘘のように意気消沈している。
 
「……」
「どうして、そんなにセイルに会いたいんですか?」
 
 ティオが恐る恐る問いかけた。
 
「……お祭りに」
「へ?」
「祭りに、一緒に行けたら、と思い……」
 
 フレイヤの台詞は途中から尻すぼみになった。
 なぜか恥ずかしそうにする彼女の説明をまとめると、こういうことになる。
 
 先日の噴火の事件で動揺している市民を落ち着かせるため、黄金の聖女が火山を鎮める儀式を行い、祭りをもよおす事になった。
 邪神復活の件は、街の人には火山の噴火活動の一種と公表されているが、勘の良い人はおかしいと気付くかもしれない。その辺りを完璧に誤魔化すためのパフォーマンスらしい。
 
 黄金の聖女の娘であるフレイヤは特等席に招待されていたが、目立つのは嫌だと断った。それよりも祭りの雰囲気を直に味わうため、市井しせいに降りて祭り見物したいそうだ。
 
「いっしょ、いこうか」
「子犬ちゃんと?」
 
 彼女があんまりにもがっかりしているので、俺は思わず声を掛けた。
 フレイヤが目を丸くする。
 
「僕は全然かまわないので、ぜひゼフィを連れていってあげてください!」
 
 ティオが後押しするように言った。
 俺を見ながら、フレイヤは口元をゆるめ微笑する。
 
「……それでは、お願いしようかしら。小さな騎士ナイトさん」
 
 任せとけ!
 不届き者がいたら氷漬けにしてやるぜ。
 
 
 
 祭り当日。
 俺はフレイヤの腕の中にいた。
 フレイヤは王女だと分からないように、町娘の恰好をして頭から布を被っている。少し離れた場所で、人混みにまぎれて護衛がいるようだ。俺が信用できないのだろうか……って、今は子狼の姿だった。
 
 黄金の聖女を乗せた神輿みこしが、街の大通りを練り歩く。神輿の両脇では楽隊がラッパを吹き、兵士が音楽に合わせ竜が描かれたエスペランサの国旗をくるくる回している。
 空には竜騎士が飛行して、神輿の周辺に花びらを撒いていた。
 
 群衆が歓声を上げて黄金の聖女を讃えている。
 ものすごい熱気だ。
 
「きゃっ!」
 
 予想以上の人混みに押され、フレイヤは体勢を崩した。
 俺は彼女の腕から投げ出される。
 
「子犬ちゃん!」
 
 フレイヤは聖女を見物しにきた人の行列に弾き出された。
 人々の足元で、俺は踏まれないように必死に立ち回る。
 わりと真面目にピンチだった。
 巨人の足元でばたばたしているネズミの気分だ。人間の時だってこんな危機的状況になったことはない。やっとのことで人混みから抜け出すと、フレイヤの姿は消えていた。
 
「ひどいめにあった……」
 
 砂埃で毛並みが汚れている。
 ぶるぶる身体を振って埃《ほこり》を落とすと、フレイヤの匂いを追って歩き出した。
 
 フレイヤは人気の無い湿っぽい路地にいた。
 うつむいて肩を震わせている。
 近づこうとした俺は、途中で立ち止まった。
 
 ぽたり、と彼女の頬から水滴が落ちる。
 泣いているのか……?
 
「私も竜に乗れたら」
 
 フレイヤは嗚咽をもらした。
 
「お母さまと一緒にいられたのに。辺境でこんな苦しい想いをすることも無かった」
 
 そうか。竜ばかりのこの国で、竜に触れないのは致命的なことなのかもしれない。
 本人も実はそれを気にしていたのか。
 涙を流すフレイヤを前に俺は足踏みした。
 
 この子狼の姿では、気の利いたことを言えない。
 あふれる涙をぬぐってあげることもできない。
 大丈夫だよ、と肩を抱いてあげることもできない。
 
 フェンリルに生まれて数えるほどしかないが、俺は真剣に人間の姿になりたいと思った。
 目の前で女の子に泣かれるのは理屈ではないところで胸が痛むのだ。
 
「……ぐすっ」
 
 泣き続けるフレイヤを見ながら俺は考えを巡らせた。いかに師匠ヨルムンガンドがすごい魔法使いだとしても、負けてなるものか。俺はフェンリル末っ子のゼフィリアだぞ。
 深呼吸して、時の魔法を使う。
 変身の魔法を封じられる前まで時間を巻き戻す。
 
「フレイヤ」
 
 ちゃんと服を着た人間の少年の姿になっているか確認すると、俺は一歩前に踏み出した。
 フレイヤの肩がびくっと揺れる。
 彼女は信じられないものを見るように顔をあげてこちらを見る。
 
「セイルさま」
「護衛の人たちが心配してたよ。一緒に戻ろう」
 
 柔らかくほほ笑んで、片手を差し出す。
 フレイヤは慌てて頬の涙をぬぐった。
 
「わ、私、なんてみっともないところを」
「俺は何も見てない。君がなぜここにいるのか、聞かない。大丈夫だよ、今日はお祭りだから、特別な日だ」
 
 だから俺がここにいる理由も聞かないでくれ、と悪戯っぽく言うと、フレイヤは泣き笑いのように顔を歪ませた。
 
「……セイルさまは、いつも私が危ない時に助けてくださるのですね」
 
 偶然だけどな。
 誰かの英雄ヒーローであれたらいい、と人間時代の子供の頃に考えていたことをふと思い出して、俺は苦笑した。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

転生王女は現代知識で無双する

紫苑
ファンタジー
普通に働き、生活していた28歳。 突然異世界に転生してしまった。 定番になった異世界転生のお話。 仲良し家族に愛されながら転生を隠しもせず前世で培ったアニメチート魔法や知識で色んな事に首を突っ込んでいく王女レイチェル。 見た目は子供、頭脳は大人。 現代日本ってあらゆる事が自由で、教育水準は高いし平和だったんだと実感しながら頑張って生きていくそんなお話です。 魔法、亜人、奴隷、農業、畜産業など色んな話が出てきます。 伏線回収は後の方になるので最初はわからない事が多いと思いますが、ぜひ最後まで読んでくださると嬉しいです。 読んでくれる皆さまに心から感謝です。

異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか

片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生! 悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした… アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか? 痩せっぽっちの王女様奮闘記。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

前世持ち公爵令嬢のワクワク領地改革! 私、イイ事思いついちゃったぁ~!

Akila
ファンタジー
旧題:前世持ち貧乏公爵令嬢のワクワク領地改革!私、イイ事思いついちゃったぁ〜! 【第2章スタート】【第1章完結約30万字】 王都から馬車で約10日かかる、東北の超田舎街「ロンテーヌ公爵領」。 主人公の公爵令嬢ジェシカ(14歳)は両親の死をきっかけに『異なる世界の記憶』が頭に流れ込む。 それは、54歳主婦の記憶だった。 その前世?の記憶を頼りに、自分の生活をより便利にするため、みんなを巻き込んであーでもないこーでもないと思いつきを次々と形にしていく。はずが。。。 異なる世界の記憶=前世の知識はどこまで通じるのか?知識チート?なのか、はたまたただの雑学なのか。 領地改革とちょっとラブと、友情と、涙と。。。『脱☆貧乏』をスローガンに奮闘する貧乏公爵令嬢のお話です。             1章「ロンテーヌ兄妹」 妹のジェシカが前世あるある知識チートをして領地経営に奮闘します! 2章「魔法使いとストッカー」 ジェシカは貴族学校へ。癖のある?仲間と学校生活を満喫します。乞うご期待。←イマココ  恐らく長編作になるかと思いますが、最後までよろしくお願いします。  <<おいおい、何番煎じだよ!ってごもっとも。しかし、暖かく見守って下さると嬉しいです。>>

処理中です...