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竜の娘
73 お祭りを見物しました
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仕方ない。ここは一肌脱いでやるか。ってか、俺が原因だけどな、はっはっは。
俺はティオの腕の中から飛び降りた。
怒っているフレイヤ王女を、上目遣いに見上げる。
「子犬ちゃん……?」
俺を見たフレイヤは、毒気を抜かれたようだ。
「せいる、おうさまのめいれい、ひみつのしごと」
「え?」
フレイヤは、子犬の姿の俺が人間の言葉を話せることを知っている。くわえて、この場にはマックくん以外、身内しかいないので問題なかった。
この姿では流暢に話せない。
片言をつなげて説明すると、フレイヤは少し考えるように瞬きした。
「国王の命令で、機密性の高い任務についておられるということですか……?」
何とか誤魔化せたようだ。
緊張した空気が消え、皆ほっとした。
フレイヤは先ほどの怒りが嘘のように意気消沈している。
「……」
「どうして、そんなにセイルに会いたいんですか?」
ティオが恐る恐る問いかけた。
「……お祭りに」
「へ?」
「祭りに、一緒に行けたら、と思い……」
フレイヤの台詞は途中から尻すぼみになった。
なぜか恥ずかしそうにする彼女の説明をまとめると、こういうことになる。
先日の噴火の事件で動揺している市民を落ち着かせるため、黄金の聖女が火山を鎮める儀式を行い、祭りを催す事になった。
邪神復活の件は、街の人には火山の噴火活動の一種と公表されているが、勘の良い人はおかしいと気付くかもしれない。その辺りを完璧に誤魔化すためのパフォーマンスらしい。
黄金の聖女の娘であるフレイヤは特等席に招待されていたが、目立つのは嫌だと断った。それよりも祭りの雰囲気を直に味わうため、市井に降りて祭り見物したいそうだ。
「いっしょ、いこうか」
「子犬ちゃんと?」
彼女があんまりにもがっかりしているので、俺は思わず声を掛けた。
フレイヤが目を丸くする。
「僕は全然かまわないので、ぜひゼフィを連れていってあげてください!」
ティオが後押しするように言った。
俺を見ながら、フレイヤは口元をゆるめ微笑する。
「……それでは、お願いしようかしら。小さな騎士さん」
任せとけ!
不届き者がいたら氷漬けにしてやるぜ。
祭り当日。
俺はフレイヤの腕の中にいた。
フレイヤは王女だと分からないように、町娘の恰好をして頭から布を被っている。少し離れた場所で、人混みにまぎれて護衛がいるようだ。俺が信用できないのだろうか……って、今は子狼の姿だった。
黄金の聖女を乗せた神輿が、街の大通りを練り歩く。神輿の両脇では楽隊がラッパを吹き、兵士が音楽に合わせ竜が描かれたエスペランサの国旗をくるくる回している。
空には竜騎士が飛行して、神輿の周辺に花びらを撒いていた。
群衆が歓声を上げて黄金の聖女を讃えている。
ものすごい熱気だ。
「きゃっ!」
予想以上の人混みに押され、フレイヤは体勢を崩した。
俺は彼女の腕から投げ出される。
「子犬ちゃん!」
フレイヤは聖女を見物しにきた人の行列に弾き出された。
人々の足元で、俺は踏まれないように必死に立ち回る。
わりと真面目にピンチだった。
巨人の足元でばたばたしているネズミの気分だ。人間の時だってこんな危機的状況になったことはない。やっとのことで人混みから抜け出すと、フレイヤの姿は消えていた。
「ひどいめにあった……」
砂埃で毛並みが汚れている。
ぶるぶる身体を振って埃《ほこり》を落とすと、フレイヤの匂いを追って歩き出した。
フレイヤは人気の無い湿っぽい路地にいた。
うつむいて肩を震わせている。
近づこうとした俺は、途中で立ち止まった。
ぽたり、と彼女の頬から水滴が落ちる。
泣いているのか……?
「私も竜に乗れたら」
フレイヤは嗚咽をもらした。
「お母さまと一緒にいられたのに。辺境でこんな苦しい想いをすることも無かった」
そうか。竜ばかりのこの国で、竜に触れないのは致命的なことなのかもしれない。
本人も実はそれを気にしていたのか。
涙を流すフレイヤを前に俺は足踏みした。
この子狼の姿では、気の利いたことを言えない。
あふれる涙をぬぐってあげることもできない。
大丈夫だよ、と肩を抱いてあげることもできない。
フェンリルに生まれて数えるほどしかないが、俺は真剣に人間の姿になりたいと思った。
目の前で女の子に泣かれるのは理屈ではないところで胸が痛むのだ。
「……ぐすっ」
泣き続けるフレイヤを見ながら俺は考えを巡らせた。いかに師匠ヨルムンガンドがすごい魔法使いだとしても、負けてなるものか。俺はフェンリル末っ子のゼフィリアだぞ。
深呼吸して、時の魔法を使う。
変身の魔法を封じられる前まで時間を巻き戻す。
「フレイヤ」
ちゃんと服を着た人間の少年の姿になっているか確認すると、俺は一歩前に踏み出した。
フレイヤの肩がびくっと揺れる。
彼女は信じられないものを見るように顔をあげてこちらを見る。
「セイルさま」
「護衛の人たちが心配してたよ。一緒に戻ろう」
柔らかくほほ笑んで、片手を差し出す。
フレイヤは慌てて頬の涙をぬぐった。
「わ、私、なんてみっともないところを」
「俺は何も見てない。君がなぜここにいるのか、聞かない。大丈夫だよ、今日はお祭りだから、特別な日だ」
だから俺がここにいる理由も聞かないでくれ、と悪戯っぽく言うと、フレイヤは泣き笑いのように顔を歪ませた。
「……セイルさまは、いつも私が危ない時に助けてくださるのですね」
偶然だけどな。
誰かの英雄であれたらいい、と人間時代の子供の頃に考えていたことをふと思い出して、俺は苦笑した。
俺はティオの腕の中から飛び降りた。
怒っているフレイヤ王女を、上目遣いに見上げる。
「子犬ちゃん……?」
俺を見たフレイヤは、毒気を抜かれたようだ。
「せいる、おうさまのめいれい、ひみつのしごと」
「え?」
フレイヤは、子犬の姿の俺が人間の言葉を話せることを知っている。くわえて、この場にはマックくん以外、身内しかいないので問題なかった。
この姿では流暢に話せない。
片言をつなげて説明すると、フレイヤは少し考えるように瞬きした。
「国王の命令で、機密性の高い任務についておられるということですか……?」
何とか誤魔化せたようだ。
緊張した空気が消え、皆ほっとした。
フレイヤは先ほどの怒りが嘘のように意気消沈している。
「……」
「どうして、そんなにセイルに会いたいんですか?」
ティオが恐る恐る問いかけた。
「……お祭りに」
「へ?」
「祭りに、一緒に行けたら、と思い……」
フレイヤの台詞は途中から尻すぼみになった。
なぜか恥ずかしそうにする彼女の説明をまとめると、こういうことになる。
先日の噴火の事件で動揺している市民を落ち着かせるため、黄金の聖女が火山を鎮める儀式を行い、祭りを催す事になった。
邪神復活の件は、街の人には火山の噴火活動の一種と公表されているが、勘の良い人はおかしいと気付くかもしれない。その辺りを完璧に誤魔化すためのパフォーマンスらしい。
黄金の聖女の娘であるフレイヤは特等席に招待されていたが、目立つのは嫌だと断った。それよりも祭りの雰囲気を直に味わうため、市井に降りて祭り見物したいそうだ。
「いっしょ、いこうか」
「子犬ちゃんと?」
彼女があんまりにもがっかりしているので、俺は思わず声を掛けた。
フレイヤが目を丸くする。
「僕は全然かまわないので、ぜひゼフィを連れていってあげてください!」
ティオが後押しするように言った。
俺を見ながら、フレイヤは口元をゆるめ微笑する。
「……それでは、お願いしようかしら。小さな騎士さん」
任せとけ!
不届き者がいたら氷漬けにしてやるぜ。
祭り当日。
俺はフレイヤの腕の中にいた。
フレイヤは王女だと分からないように、町娘の恰好をして頭から布を被っている。少し離れた場所で、人混みにまぎれて護衛がいるようだ。俺が信用できないのだろうか……って、今は子狼の姿だった。
黄金の聖女を乗せた神輿が、街の大通りを練り歩く。神輿の両脇では楽隊がラッパを吹き、兵士が音楽に合わせ竜が描かれたエスペランサの国旗をくるくる回している。
空には竜騎士が飛行して、神輿の周辺に花びらを撒いていた。
群衆が歓声を上げて黄金の聖女を讃えている。
ものすごい熱気だ。
「きゃっ!」
予想以上の人混みに押され、フレイヤは体勢を崩した。
俺は彼女の腕から投げ出される。
「子犬ちゃん!」
フレイヤは聖女を見物しにきた人の行列に弾き出された。
人々の足元で、俺は踏まれないように必死に立ち回る。
わりと真面目にピンチだった。
巨人の足元でばたばたしているネズミの気分だ。人間の時だってこんな危機的状況になったことはない。やっとのことで人混みから抜け出すと、フレイヤの姿は消えていた。
「ひどいめにあった……」
砂埃で毛並みが汚れている。
ぶるぶる身体を振って埃《ほこり》を落とすと、フレイヤの匂いを追って歩き出した。
フレイヤは人気の無い湿っぽい路地にいた。
うつむいて肩を震わせている。
近づこうとした俺は、途中で立ち止まった。
ぽたり、と彼女の頬から水滴が落ちる。
泣いているのか……?
「私も竜に乗れたら」
フレイヤは嗚咽をもらした。
「お母さまと一緒にいられたのに。辺境でこんな苦しい想いをすることも無かった」
そうか。竜ばかりのこの国で、竜に触れないのは致命的なことなのかもしれない。
本人も実はそれを気にしていたのか。
涙を流すフレイヤを前に俺は足踏みした。
この子狼の姿では、気の利いたことを言えない。
あふれる涙をぬぐってあげることもできない。
大丈夫だよ、と肩を抱いてあげることもできない。
フェンリルに生まれて数えるほどしかないが、俺は真剣に人間の姿になりたいと思った。
目の前で女の子に泣かれるのは理屈ではないところで胸が痛むのだ。
「……ぐすっ」
泣き続けるフレイヤを見ながら俺は考えを巡らせた。いかに師匠ヨルムンガンドがすごい魔法使いだとしても、負けてなるものか。俺はフェンリル末っ子のゼフィリアだぞ。
深呼吸して、時の魔法を使う。
変身の魔法を封じられる前まで時間を巻き戻す。
「フレイヤ」
ちゃんと服を着た人間の少年の姿になっているか確認すると、俺は一歩前に踏み出した。
フレイヤの肩がびくっと揺れる。
彼女は信じられないものを見るように顔をあげてこちらを見る。
「セイルさま」
「護衛の人たちが心配してたよ。一緒に戻ろう」
柔らかくほほ笑んで、片手を差し出す。
フレイヤは慌てて頬の涙をぬぐった。
「わ、私、なんてみっともないところを」
「俺は何も見てない。君がなぜここにいるのか、聞かない。大丈夫だよ、今日はお祭りだから、特別な日だ」
だから俺がここにいる理由も聞かないでくれ、と悪戯っぽく言うと、フレイヤは泣き笑いのように顔を歪ませた。
「……セイルさまは、いつも私が危ない時に助けてくださるのですね」
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