上 下
74 / 126
竜の娘

72 王女さまは疑っているようです

しおりを挟む
 ティオが俺の入った鞄を持って、竜騎士クラスに入ると、教室に緊張が走った。十数人の若者の視線が一斉にこちらに集中する。
 思わず立ち止まるティオ。
 しかし、教室の中央で一人の女子生徒が立ち上がった。
 
「おはようございます。ローリエのラティオ王子」
 
 凛々しい表情で出迎えたのはなんと、フレイヤ王女だった。
 他の生徒たちが唖然としている。
 ティオも少し呆然としたが、俺が鼻先でちょんちょんと頬を突くと我に返った。
 
「おはようございます、フレイヤさま」
 
 ちゃんと挨拶できたな、偉い偉い。
 ティオはフレイヤ王女に歩み寄って言った。
 
「どうか僕……私の事は気軽にティオとお呼びください」
「よろしいのですか? でしたら私もフレイヤと呼び捨てに」
「いいえ! 高貴なエスペランサの姫を呼び捨てなんて、恐れ多い!」
 
 ぶんぶんと首を横に振るティオ。
 ここは断って正解だ。エスペランサの貴族と思われる他の生徒の目があるからな。
 幸い、フレイヤは呼び名の話題にこだわらなかった。
 彼女は教室に入ってからこちら、ずっと俺をガン見している。
 
「そうですか。ところでその白い子犬は……?」
「連れてきてはまずかったでしょうか。私から離れないもので」
「いえ、全く問題ありません!」
 
 フレイヤは大声で言った。
 お姫様が断言したので、教室に入りかけた先生や、他の生徒が「ペット持ち込み禁止とは言えないな」という顔になっている。
 
「その子をずっと探していたのです。後で是非、触らせて下さい」
 
 彼女がそう言った後、他の生徒が何人か遠慮がちに手を上げた。
 
「あのー、私も」
「撫でさせてもらっていいですか?」
 
 お前ら、どれだけモフモフに飢えてるんだよっ?!
 フレイヤが席に座ったので、ティオは少し間を開けて、彼女の隣に座った。周囲の男子どもが嫉妬の視線を焼き殺さんばかりに送っている。
 王女らしく周りの気配に無頓着なフレイヤは、ティオに親しげに話し掛けた。
 
「ティオ、あなたの騎士は今日は来ていないのですか?」
「え?」
「セイル・クレールさまです」
 
 俺とティオは同時に「ぎくっ」と硬直した。
 
「セ、セイルは風邪で寝込んでて」
「まあ!」
 
 ティオの苦しい言い訳を真に受けたのか、フレイヤは心配そうな顔をした。
 
「大変ですね……私、お見舞いに伺ってもよろしいですか?」
「ええっ?!」
 
 フレイヤの提案に、ティオの声が裏返る。
 鞄の中で俺は冷や汗をダラダラ流した。
 
「王女にご足労頂くのは……」
 
 ティオは割りとまともな断り文句をひねり出す。
 侍女のミカの教育が活きている。
 
「セイル殿には以前、助けて頂いたので、お礼を申し上げたいのです」
「姫に病が移ってはいけませんし」
「ラティオ王子」
 
 フレイヤ王女の笑顔が怖い。
 彼女はいきなり戦姫モードに入った。
 ティオは威圧感に無意識に反応して姿勢を正す。
 
「何か私が伺うとまずいことでも?」
「いいえ!」
「では本日の夕方に伺います」
 
 退路を封じられて、ティオは二つ返事で了承するしかない。
 泣きそうな顔でティオは、教室の外に控えている近衛騎士のロキに目で合図を送った。主の合図を受けたロキは軽く頭を下げると、その場を離れる。俺の不在を誤魔化すための偽装工作をしに行くのだろう……。
 それにしても何でフレイヤ王女は、俺の顔なんて見たがるのかなあ。

 ちなみに休み時間、普通の白い犬を演じた俺は、生徒たちに遠慮なく撫で回された。フレイヤ王女は物問いたげな様子だったが、人前でしゃべる訳にはいかず、俺は黙秘を貫いた。
 
 
 
 授業が終わった後、俺たちは急いで領事館に帰った。
 王女が来るまでに偽装工作を完了しなければならない。
 
「……とりあえずフェンリルくんの偽物を用意した」
 
 ロキが偽物を紹介する。
 背格好は人間の時の俺と似ているが、金髪で顔にはいっぱいソバカスが散っている。その辺にいる田舎の子供みたいな雰囲気だ。
 
「近くの雑貨屋の息子のマックくんだ」
「よろしくっす!」
「……」
 
 不安しかない。
 
「病気を移さないためと理由を付けて、ベッドをカーテンで隠そう。そうすれば顔が見えないからバレないだろう」
 
 マックくんにベッドに入ってもらい、敷居を作ってカーテンを引いた。カーテンの外側では少年の影だけが見える状態だ。ロキが用意した台詞の台本《アンチョコ》を手に、マックくんには待機《スタンバイ》してもらった。
 
 そしていよいよフレイヤ王女がやってくる。
 
 学校では軍服のようなデザインの堅苦しい服を着ていた彼女だが、自宅で着替えたのか淡い空色のワンピース姿だった。きっちり結い上げた金髪を下ろして、おしとやかな印象だ。
 
「お見舞いに、タバッキエラという果物を持ってきました」
 
 フレイヤの侍女が、控えていたミカに果物の入った籠《かご》を渡す。
 平べったい小ぶりの白桃がいくつか入っていた。
 美味しそうだ。
 
「ゼフィ、ばたばたしないで……ありがとうございます、フレイヤさま」
 
 ティオがひきつった表情で礼を言う。
 ちょっとくらい良いだろー、果物の香りがする、くんくん。
 手土産を渡した後、フレイヤ王女は、カーテン越しに偽物の俺と対面した。
 
「セイルさま、お加減はいかがですか?」
「王女さま、ありがとうっす……ありがとうございます」
 
 マックくんがつき焼き刃の敬語でたどたどしく返事をする。
 語尾が駄目過ぎる!
 
「気のせいでしょうか。声が違うような……」
「セイルは風邪で喉をやられてて!」
 
 慌ててティオがフォローに入った。
 フレイヤ王女の目付きが心なしか剣呑になる。
 
「……あの時は、危ないところを救っていただきありがとうございました。私、お母様から頂いたネックレスを無くしたのは初めてで、動揺していて……」
 
 突然、フレイヤは俺の知らない話を始める。
 何の話だ? と一瞬思った。俺はあの時、邪神に味方したアールフェスの攻撃から、彼女を守ってあげたのだ。
 なぜ嘘を言うのだろうと疑問に思い、次の瞬間に気付いた。
 これは引っ掛けの誘導尋問だ!
 
「お言葉をたまわり、身にあまる光栄です、姫さま」
 
 マックくん、台本を手に「今度は間違えずに言えた」と安心しているようだ。だがもう遅い。その答えは間違いなのだよ。
 
「……誰です?」
 
 据わった目をしたフレイヤは、立ち上がってカーテンに歩み寄る。
 カーテンを容赦なく引いた。
 ポカンとしたマックくんの姿があらわになる。
 
「これは偽物ではないですか! 私をたばかりましたね!」
「ひっ」
「本物のセイルさまは、どこにいるのです?!」
 
 あーあ、バレちゃった。
 怒ったフレイヤは腰に剣があったら抜きそうな勢いだ。
 ティオとロキは青ざめておろおろしている。
 どうしよう。俺以外、ピンチなんだが。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

政略結婚の相手に見向きもされません

矢野りと
恋愛
人族の王女と獣人国の国王の政略結婚。 政略結婚と割り切って嫁いできた王女と番と結婚する夢を捨てられない国王はもちろん上手くいくはずもない。 国王は番に巡り合ったら結婚出来るように、王女との婚姻の前に後宮を復活させてしまう。 だが悲しみに暮れる弱い王女はどこにもいなかった! 人族の王女は今日も逞しく獣人国で生きていきます!

婚約者が妹と浮気してました!?許すはずがありません!!

京月
恋愛
目の前で土下座をするのは私ことディーゼの婚約者ハルド、そして実の妹であるロルゼだった。 「「頼む(お願い)!このことだけはあの人に言わないでくれ(言わないで)!!」」

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

妹がいるからお前は用済みだ、と婚約破棄されたので、婚約の見直しをさせていただきます。

あお
恋愛
「やっと来たか、リリア。お前との婚約は破棄する。エリーゼがいれば、お前などいらない」 セシル・ベイリー侯爵令息は、リリアの家に居候しているエリーゼを片手に抱きながらそう告げた。 え? その子、うちの子じゃないけど大丈夫? いや。私が心配する事じゃないけど。 多分、ご愁傷様なことになるけど、頑張ってね。 伯爵令嬢のリリアはそんな風には思わなかったが、オーガス家に利はないとして婚約を破棄する事にした。 リリアに新しい恋は訪れるのか?! ※内容とテイストが違います

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

処理中です...