上 下
54 / 126
新型魔導銃の秘密

52 またつまらぬものを斬ってしまいました

しおりを挟む
「俺たちお客様だから、今日と明日は泊めてくれるよね?」
「図々しい奴だな」

 いきなり訪れた俺たちに、アールフェスは呆れた顔をした。
 ここは戦の国パンテオンの特別行政区にあるアールフェスの家だ。
 ローリエともエスペランサとも違う様式で建てられた家の壁には、熊の毛皮や鹿の頭の剥製が飾ってある。

「あと、エスペランサの商会に伝手つてがあったら紹介して」

 人間の世界では、何をするにもお金がいる。
 お金稼ぎの手段を確保したい。

「なぜ僕が」

 革張りのソファーに座って、正面のアールフェスに頼む。
 アールフェスは気の進まない様子だ。
 ここは彼の自尊心に訴えてみるとしよう。

「……アールフェスは強い。それは他者を踏み台にする強さじゃなくて、弱者を助けられる心の強さだよね?!」
「あ、ああ」
「苦労してエスペランサで成り上がったアールフェスだからこそ、異国での苦境をよく知っていると思う。俺たちはアールフェスを信じてここまで来たんだ。友達を助けてくれるよね!」
「も、もちろんだ」

 ちょろい。
 首尾よく協力を取り付けて、俺はほくそ笑んだ。
 勢いで首を縦に振ってしまったアールフェスは、我に返って叫んだ。

「ちょっと待て! 僕の見返りは」

 ちっ、気付いたか。

「……一回だけ、アールフェスのために、この"天牙"を振ってあげるよ。これは剣士の約束だ」

 光栄に思いたまえ。
 俺はふんぞり返って約束した。

「暗殺でも警護でも、お好きにどうぞ」

 お金が掛からない上に俺にとっては簡単に済む約束だ。
 アールフェスは悔しそうな顔をした。

「なんでそんな自然に上から目線なんだ! 思わず納得してしまうじゃないか!」

 交渉が一段落したところで、女性が飲み物を運んできた。
 首輪を付けた獣人の女性だ。

「あっ」

 緊張していたのか、女性は俺たちのテーブルの直前で、飲み物をこぼしてしまう。コップが床に転がって床に水溜まりができた。

「……使えない奴隷だな。おい、入れ換えろ」

 アールフェスは冷たい表情で、扉の前に立っていた部下の男に指示した。入れ換えろ、という対象は飲み物ではなく、女性のことを指しているようだ。
 女性は真っ青になってガタガタ震えている。

「可哀想だよ……」

 不穏な雰囲気に気付いたティオが声を上げた。
 アールフェスはきょとんとする。

「誰がだ? 奴隷は人じゃなくて物だろう」

 衝撃を受けて黙りこんだ後に、抗議しようとしたティオの口を、俺は咄嗟にふさいだ。
 笑顔でアールフェスに断りを入れる。

「アールフェス、ティオが疲れたみたいだから、客室で休ませてくれよ」
「分かった。ゆっくり休んでいってくれ」
「むー! むがー!」

 ティオを引きずって部屋を出る。
 案内役の男が前を歩く。
 俺たちの後を、護衛のロキが無言で付いてきてる。
 兄狼は俺の足元に絡むようにして、カーペットの上を平然と歩いていた。正体を知らなければ二匹の白い犬に見えることだろう。

「……ゼフィ、なんで止めるの?!」

 案内された部屋に入るなり、ティオは俺の手を外して叫ぶ。
 俺は苦笑した。

「だって止めなかったら、ティオは殴りかかってただろ」
「当然だよ! 頭にくる!」

 ティオはプンプン怒っている。
 ロキが主をなだめた。
 
「殿下、我慢してください。外国の貴族と喧嘩すれば国際問題になります。そうなれば我らがローリエに、被害がおよぶ恐れがあるんですよ」
「分かってるけど……」

 下を向いて頬をふくらませるティオ。
 納得できないようだ。ティオは繊細なお年頃だからなー。
 俺? 俺は前世とあわせると人生経験五十年以上だからね。

「ところでフェンリルくん。商会に行って、何をするつもりなんだい?」

 ロキは途中で俺に話題を振ってくる。

「決まってるだろ。商談してものを売るのさ!」
「売るものなんて持ってたっけ?」

 俺が答えると、ロキとティオはそろって不思議そうな顔をした。
 


 その夜、俺たちはアールフェスの家に泊まらせてもらった。
 俺とティオは別室だ。ティオには護衛としてロキが付いている。
 ちなみに他の、ミカや騎士たちは街の宿屋に宿泊しているらしい。
 
「人間の家の中は息が詰まるな」

 クロス兄は苦しそうにそう言い、ウォルト兄は同意するように鼻を鳴らした。俺も他人の家で窮屈に感じている。せっかく部屋を用意してもらった手前、申し訳ないけど、こっそり外に出て眠ろうかな。

「ティオが起こしにくる時間に戻れば良いよね」

 明かりを付けずに、暗い部屋の中。
 俺はベランダに出て周囲を様子をうかがった。
 ここは二階で、目の前には庭の木が立っている。
 家主に無断で兄たんと外出しようとした時。

「……やめろおおおおおっ!」

 男の野太い悲鳴が響いた。
 ガチャンと陶器が割れる音。
 一階の一室から火の手が上がる。

「火事?」
「なんだなんだ。ここの人間は、夜になると家を燃やす習慣があるのか?」

 俺の隣で空気の匂いをかぎながら、クロス兄が言う。
 家を燃やす習慣は無いと思うよ。
 これは純然たるトラブル、事件が発生した感じだ。

「行ってみよう!」

 俺は身軽な格好で"天牙"を持つと、兄たんと一緒に二階のベランダから飛び降りた。
 風が火を煽ったのか、火事は勢いを増して燃え広がろうとしている。
 アールフェスの部下と思われる男が庭で慌てていた。何が起こっているか聞いてみよう。

「あ、あなたはアールフェスさまの客人! 危ないから下がってください」
「何が起きたんですか?」
「奴隷どもが反乱を起こしたのです!」

 なんと。
 火元の部屋から、火の付いた棒をかかげた獣人の男女数人が出てきて、興奮した様子で叫んでいる。

「私たちはモノじゃない! いい加減にしろ!」

 昼間の件がきっかけになったのかな。
 奴隷の人たちは完全に頭に血が登っているようで、物を壊したり火をつけたり、やりたい放題だ。

「何をしている。制圧しろ!」

 アールフェスが庭に現れ、部下たちを一喝する。
 部下たちは戸惑いながら剣を抜こうとしている。
 ぐるりと状況を見回して、アールフェスは俺を見ると嫌な笑みを浮かべた。

「……僕のために剣を振ってくれるという話だったな。お願いしようか」

 奴隷を殺せと言う。
 本気なのだろうか。こんなところで一回こっきりのお手伝い券を消費しようなんて、勿体ないと思わないのだろうか。

「ゼフィ……」

 いつの間にか、ティオがロキに背負われて庭に出てきていた。
 心配そうに俺を見ている。
 俺は「大丈夫だ」と教えるために、ニヤリと笑って剣を抜いた。

「分かったよ」

 火事の炎を映して深紅に輝く"天牙"の刃を……

「なに……?!」

 そのままアールフェスに突きつけた。
 奴隷ではなく自分に剣を向けられて仰天するアールフェス。
 部下の男たちも騒いで、俺に向かって剣を抜こうとする。

「静まれ!」

 俺は気合いを剣に込めて、剣気で周囲を威圧した。
 目に見えない重圧が火事の前まで広がっていく。
 アールフェスの部下だけでなく、反乱中の奴隷も動きを止めて俺を見た。

「……アールフェス。奴隷の言葉を聞いてみろよ。彼らの言葉を理解した上で、その上で彼らを殺すというなら、俺は望み通りお前の剣になってやる」

 鼻先に"天牙"を突き付けられたアールフェスは蒼白になった。
 口をパクパクと動かす。

「……あいつらは人じゃない」
「本当に? アールフェス、故郷で落ちこぼれと呼ばれたお前は、本当に落ちこぼれだったか」
「それとこれとは」
「お前を落ちこぼれと決めつけた奴らと、彼らを奴隷と決めつけるお前は、何が違う?」

 アールフェスは途方に暮れて、泣きそうな顔になった。

「仕方ないんだ。僕は英雄じゃない。親父とは違う。全部が正しいことなんて、できないんだ……」
「でも間違いを認めることはできる」

 俺の後ろでウォルト兄が軽く吠えた。
 屋敷の上空に雲が発生して、雨が降り始める。
 家を飲み込もうとしていた炎が消えていく。
 それと同時に興奮が冷めた奴隷たちも、不安そうな表情になっていく。アールフェスの部下は黙って主の命令を待った。

「……剣を下ろせ」
「アールフェスさま……」
「奴隷と、話をしよう」

 絞り出すように言ったアールフェスに、部下たちから安堵の声が漏れる。俺は"天牙"を鞘に戻した。
 剣士は斬るものを間違わないのだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

政略結婚の相手に見向きもされません

矢野りと
恋愛
人族の王女と獣人国の国王の政略結婚。 政略結婚と割り切って嫁いできた王女と番と結婚する夢を捨てられない国王はもちろん上手くいくはずもない。 国王は番に巡り合ったら結婚出来るように、王女との婚姻の前に後宮を復活させてしまう。 だが悲しみに暮れる弱い王女はどこにもいなかった! 人族の王女は今日も逞しく獣人国で生きていきます!

婚約者が妹と浮気してました!?許すはずがありません!!

京月
恋愛
目の前で土下座をするのは私ことディーゼの婚約者ハルド、そして実の妹であるロルゼだった。 「「頼む(お願い)!このことだけはあの人に言わないでくれ(言わないで)!!」」

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

妹がいるからお前は用済みだ、と婚約破棄されたので、婚約の見直しをさせていただきます。

あお
恋愛
「やっと来たか、リリア。お前との婚約は破棄する。エリーゼがいれば、お前などいらない」 セシル・ベイリー侯爵令息は、リリアの家に居候しているエリーゼを片手に抱きながらそう告げた。 え? その子、うちの子じゃないけど大丈夫? いや。私が心配する事じゃないけど。 多分、ご愁傷様なことになるけど、頑張ってね。 伯爵令嬢のリリアはそんな風には思わなかったが、オーガス家に利はないとして婚約を破棄する事にした。 リリアに新しい恋は訪れるのか?! ※内容とテイストが違います

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

処理中です...