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英雄の後継

39 世の中、食べたり食べられたりです

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 ウォルト兄も帰ってきて一件落着したので、一旦ティオを王都に送り返してあげた。元の人間の姿に戻ったティオに王様は大喜びだった。
 あれから数日経った。
 俺は真白山脈フロストランドの南にある火山で、カビパラさんと挨拶をしていた。

「フェンリルさま、蜜柑みかんはいかがですかー?」

 カビパラさんは、ずんぐりむっくりした体型のげっ歯類だ。灰色の毛皮に丸い耳と鼻、胴体に比べ手足は短く尻尾が無い。いつも眠たそうな顔をしている。年中寒い真白山脈フロストランドは本来の生息地では無いのだが、山脈の外れにある火山は地熱で温かいのでそこに棲んでいた。
 縄張りパトロールに出ているウォルト兄、その背中にくっついた俺に、自家製の果物をすすめてくれる。

「お肉が食べたいです」
「……」

 正直に気持ちを伝えると、カビパラさんは沈黙してしまった。もしかして「カビパラさん美味しそう」と思ったのが伝わってしまったのだろうか。

 フェンリル母上と俺たちは真白山脈フロストランドの一帯を治めている。
 具体的には、危険なモンスターは排除し、部下になったモンスターや動物は守ってあげるのだ。
 真白山脈フロストランドに棲む動物やモンスターは、フェンリルがこの地域を守っていると知っているから、俺たちの食料になることも覚悟しているという。

「世の中、食べたり食べられたりですよー」

 カビパラさんは悟ったように言った。

「だからフェンリル坊ちゃんに食べられるのも、まあ、仕方ないですねー」
「まだ、食べたい、って言ってないよ?」
「まったまたー。私は美味しくないですよー」

 語尾を伸ばして、のほほんというカビパラさん。
 悲壮感が無いのでどこまで本気か分からない。
 俺たちはそこまでお腹が空いてないので、蜜柑の栽培に精を出すカビパラさんを食べるつもりはなかった。無駄な狩りはしないのだ。
 栽培と言えば、人間の村の農作物はどうなっただろう。

「兄たん、にんげんの村、寄って」
「……ああ」

 俺がお願いすると、ウォルト兄はさっと走り出した。
 すごい速度で木々の間を飛ぶように駆け抜ける。
 ふもとの村にすぐに着いた。

「あ、フェンリルさま!」

 俺たちの姿に気付き、サムズ爺さんが声を掛けてくる。

「王都から伝令の鳥が来ておりますぞ。この間のお礼に、伝説の牛肉マツサカギュウをフェンリルさまに召し上がって頂きたいので、ぜひ王都に来てほしいと」
「ぎゅうにく? いく!」

 美味しいお肉が呼んでいるなら、農作物のことは後回しでいい。
 ウォルト兄と一緒に、王都へ王様に会いに行くことにする。
 途中で、クロス兄と合流した。
 クロス兄はローリエ王国を縄張りにしたので、王国の国境に沿って広域パトロール中だった。

「さっきゴブリンの群れを追い払ったぞ。あいつらがいると、熊や鹿がいなくなるからな」
「おいしいお肉のためだね!」

 ゴブリンの肉は美味しくないとクロス兄は言っていた。
 俺もあいつらは臭くて汚いから嫌いだ。
 フェンリルの駆け足であっという間に王都に移動する。
 三匹で連れ立って宮殿に入ると、人間たちはびっくりしたようだ。

「準備しますので、お待ちください!」

 彼らは慌てて宮殿の中庭を関係者以外立ち入り禁止にすると、王様やフィリップさんを呼んできた。
 庭の中央にテーブルと椅子を運んできて、料理を並べ始める。
 俺は意思疎通の取りやすい人間の姿に変身する。
 
「フェンリルさま、ティオを元に戻してくださってありがとうございました」

 王様は俺に頭を下げて礼を言った。
 勝手に時間切れになっただけで、何もしてないんだけどなー。

「今日はティオいないの?」
「ああ、部屋で勉強をさせております。呼びましょうか」
「いいよ。勉強って何の勉強? 帝王学?」

 テーブルで向かい合うように、俺と王様は席についた。
 フィリップさんは立って王様の後ろに控えている。
 
「いえ、エスペランサという国の竜騎士学校に留学させようと思いまして、その勉強です」
「竜騎士学校?」
「はい。今、世界の最先端を走っている国は、エスペランサです。各国から王族や貴族を招いて、竜の卵を渡しているのだそうです。魔導銃の量産や竜を操る技術も……フェンリルさまには関係のない話ですね」

 王様が言葉を切ったタイミングで、白い服を着た給仕人が、銀色の盆を持ってきた。
 
「マツサカギュウのレアステーキでございます……」

 給仕人は盆に伏せてあるお椀型のフタを、上に持ち上げた。
 現れたのは、肉汁が染み出した厚切りの牛肉……ではなく。

「む。ばれてしまった」

 口の周りを肉汁で汚した、小さな青い竜だった。

「ヨルムンガンド! 俺の肉は?!」
「すまん。君の肉だと知らず、すっかり食べてしまったよ」

 いったいどうして料理に潜んでいたか、とか、なんでここにいるのか、とか、疑問は尽きないが、ショックを受けた俺は取り急ぎ「楽しみにしていた牛肉があああっ!」と絶叫した。


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