上 下
22 / 126
雪国の救世主

22 悪役が登場しました

しおりを挟む
 ガートルードから旅をすること、数日。
 ついに俺たちはローリエ王国の王都にやってきた。
 都に入る前に、ティオはこんな噂を教えてくれた。
 
「王都には、ちょこれーと、っていう甘いお菓子が売ってるらしいよ。僕、母さまから聞いた!」
「チョコレート?! マジで!」
 
 前世で一度だけ口にしたことがある、黒くて甘い、口の中でとろけるような菓子を思い出し、俺の頬はゆるむ。
 
「……さて。人間どもに俺の威光を知らしめるために遠吠えを」
「待って兄たん」
 
 俺は真剣な顔でクロス兄を止めた。
 
「チョコレートを食べてからにしよう」
「しかしゼフィ」
「お土産に、兄たんにも買ってきてあげるから!」
 
 後ろでロキが「本当に王都に何しにきたんだい、君たち」と嘆いているが、積極的には止めてこない。フェンリルが暴れるよりも、子供が菓子を求める方が平和だと妥協したのだろう。
 
 兄たんには街の外で待ってもらうことにして、俺たちは街の中に入った。王都だけあって賑やかで大きな建物が多いが、気のせいか物乞いの姿が目につく。

 チョコレートを売っているという高級食品店は、王都の北にある。
 ちょっと菓子を買ったら兄たんのところへ戻ろうと思っていた俺だが、予想に反して門前払いをくらった。

「ここは平民のガキが来るところじゃない! 帰れ!」

 お店の前で見張っているおっさんが、すごい顔でにらんでくる。

「なんでー?!」
「言わんこっちゃない。チョコレートは貴族の嗜好品なんだ」

 ロキが額に手を当てている。

「……下がれー、下がれー! 宰相閣下がいらっしゃったぞ」

 にわかに通りが騒がしくなる。
 昔いた国でも見たことのない豪華絢爛な馬車が、音を立てて俺たちの前に乗り込んできた。深紅に金ぴかの装飾が入った客室を、白馬が引いている。
 シルクハットを被った御者がうやうやしく扉を開けると、真っ赤なドレスを着たケバいおばさんが現れた。

「宰、相……? あのおばさんが?」
「しっ、静かに。ああ、あの御方おかたが現宰相ドロテア閣下だ」

 指をさしかけた俺を押し留め、ロキが声をひそめて説明する。
 やばい。色々な意味で大丈夫か、この国は。
 恐れおののいている俺の前に絨毯が敷かれ、ドロテアが歩き始める。

「何? この子供たちは」
「宰相閣下。どうやらチョコレートの噂を聞き付けて、様子を見にきた子供のようです」

 観客の俺たちに気付いたドロテアは、怪訝な顔をした。
 店の前に立っている強面こわもてのおっさんが答える。

「まあなんて身の程知らずな。この国のチョコレートはすべて、私のものと言っても過言ではないのに」
「仰る通りです、宰相閣下」
「ああでも、子供は国の宝と言うわね。銀髪碧眼の美少年、その子には財宝と同じ価値がありそうだわ」

 ドロテアは嫌な笑顔で俺を見た。

「坊や、私といらっしゃい。美味しいチョコレートをたくさんあげるわよ……?」

 ハッ……銀髪碧眼の美少年、って俺のことか。
 あんまりにも気持ち悪くて現実逃避していたぜ。
 
「ゼフィ……」

 心配そうなティオの声。
 俺は、安心させるためにティオの手を一度ぎゅっと強く手を握ってから、離した。

「わーい、俺にチョコレートくれるの? 行く!」

 ことさら無邪気に見えるように振る舞う。
 後ろでロキが噴き出している。
 ティオが仰天した顔になった。

「素直な良い子ね。店の者、チョコレートをありったけ持っておいで! 今日は宮殿へ持って帰って食べるわ」
「はい、ただいま!」

 ドロテアは指示を出すと馬車の中へ逆戻りして、俺を手招きする。
 俺は誘われるまま馬車に乗り込んだ。

「ゼフィ!」

 ティオの呼び声は無視する。
 馬車の中は香水くさくて最悪だった。

「坊や、たっぷり可愛がってあげる。フフフ……」

 含み笑いをするドロテアから顔を背け、はやくチョコレート来ないかなあと思う。
 おばさん、俺にこんな我慢をさせたんだ。
 あんたは有罪確定ギルティだよ。


◇◇◇


 フェンリルの少年が立ち去って、呆然としている金髪の少年。
 ロキはためらいがちに彼に声を掛けた。

「ティオくん……」
「……なきゃ」

 ティオはすっくと立ち上がると、拳をにぎりしめる。

「僕がゼフィを助けに行くんだ!」
「ええ?!」

 ロキはどうしてそうなるのかと驚愕する。
 ゼフィはチョコレート欲しさに、自分から付いて行ったように見えたが。

「ゼフィはきっと、僕たちのためにわざと捕まったんだよ!」
「あのフェンリルくんが、そんな玉かねえ」
「ロキさん、フィリップ・クレールって人を知ってる? 僕はフィリップさんを訪ねて王都に来たんだ」
「フィリップ・クレール? 退役した宮廷魔導士に何の用……」

 知る人ぞ知る、宮廷の要人の名前を出されて、ロキは眉をしかめた。
 ティオはごそごそと鞄から鞘に入った剣を取り出す。

「この剣をフィリップさんに見せるように、母さまが」
「そ、それはっ……英雄、無敗の六将の一人、赤眼の飢狼が使っていたという名剣、"天牙"か?!」

 陛下が遠国から友好のあかしとして賜った英雄の剣。
 式典の際に遠目に見たことのある剣を前にして、ロキは絶句した。

「母さまは、これは父さまのものだって」

 ロキは少年の顔をまじまじと見た。
 よく見ると、病に臥せってから拝謁はいえつが叶わない主君の面影がそこにあった。

「……ティオ、君の思う通りに」

 膝を付いて、剣を持つ少年の手を支える。
 運が向いてきたぞ! 沸き上がる歓喜を必死に静めながら、ロキは宰相を出し抜く方策について考えを巡らせた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

政略結婚の相手に見向きもされません

矢野りと
恋愛
人族の王女と獣人国の国王の政略結婚。 政略結婚と割り切って嫁いできた王女と番と結婚する夢を捨てられない国王はもちろん上手くいくはずもない。 国王は番に巡り合ったら結婚出来るように、王女との婚姻の前に後宮を復活させてしまう。 だが悲しみに暮れる弱い王女はどこにもいなかった! 人族の王女は今日も逞しく獣人国で生きていきます!

婚約者が妹と浮気してました!?許すはずがありません!!

京月
恋愛
目の前で土下座をするのは私ことディーゼの婚約者ハルド、そして実の妹であるロルゼだった。 「「頼む(お願い)!このことだけはあの人に言わないでくれ(言わないで)!!」」

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

妹がいるからお前は用済みだ、と婚約破棄されたので、婚約の見直しをさせていただきます。

あお
恋愛
「やっと来たか、リリア。お前との婚約は破棄する。エリーゼがいれば、お前などいらない」 セシル・ベイリー侯爵令息は、リリアの家に居候しているエリーゼを片手に抱きながらそう告げた。 え? その子、うちの子じゃないけど大丈夫? いや。私が心配する事じゃないけど。 多分、ご愁傷様なことになるけど、頑張ってね。 伯爵令嬢のリリアはそんな風には思わなかったが、オーガス家に利はないとして婚約を破棄する事にした。 リリアに新しい恋は訪れるのか?! ※内容とテイストが違います

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

処理中です...