16 / 126
ゼフィの魔法
16 奇跡を起こしました
しおりを挟む
話の途中で変な反応をした俺に注目が集まる。
「何でもない。続けて続けて!」
会話の邪魔をしてしまったことを謝罪しながら、口元を押さえて手を振った。ティオの母親は、俺の様子に不思議そうな顔をしたが、話を続ける。
「……ルクス共和国の方と、私の夫、つまりティオの父親が知り合いだったので、その剣を譲っていただいたそうです。と言っても、英雄の剣ですから、普通は簡単に譲られることはありません。ティオ、あなたの父親がローリエ王国の高貴な身分の方だからです」
「!」
どうして剣の話が始まったのか疑問に思っていたが、本題はティオの父親の話だったらしい。
「お父……さん?」
ティオは不安そうな表情で呟いた。
「ティオ、私が死んだら、ローリエ王国の王都に住む、フィリップ・クレールさまを訪ねなさい……」
「母さま!」
「強く生きるのよ、ティオ……」
意味深なことを言って、ティオの母親は目を閉じた。
俺は思わずぎょっとする。
ティオは動揺して母親の腕にすがった。
「そんな、母さま! 死なないで!」
え、マジで、死んじゃったの?
「……寝てるだけだよ」
後ろから声がした。
振り返ると、いつの間にか神獣ハンターのロイドが、部屋をのぞきこんでいる。他人の家に勝手に入るなと言いたいが、平和な農村は扉に鍵など付いていないし、ご近所の家は入り放題だ。
ロイドはつかつかとベッドに近寄り、病人の脈をはかった。
「大丈夫だ、生きてる。これでも医者の勉強したことがあるから、分かるよ」
「本当?!」
「ゆっくり寝かせてあげような」
ロイドと一緒に、俺とティオはダイニングに移動した。
「話は聞かせてもらった」
「盗み聞きすんなよ……」
「ティオ、もしお前が王都に行くなら、俺が護衛になってやるぜ」
ロイドは腕組みしてティオに提案する。
どういう風の吹き回しだ。
「ティオの父親は身分が高いんだろう。後追いでがっつり報酬をもらえれば……」
ああ、そういう算段ね。
ニヤニヤ笑うロイドを無視して、ティオは俺を見た。
「ゼフィ……母さまの病気、治らない?」
「うーん」
そうきたか。
俺は腕組みして考え込む。
後ろでロイドが「俺の提案はスルーかよ?!」と騒いでいるが、聞かなかったことにする。
病気を治す、か。
あいにく回復や治癒の魔法は使えない。
けれど、何もできないかと言われると、実はそうでもない。
「……治らなくも、ないよ」
「ほんと?!」
ティオの顔がパッと輝いた。
俺は、ティオの母親の治療ができるかもしれないことを、一旦サムズ爺さんに話した。子狼の姿では意志疎通が難しいので、人間の姿だ。
「……ただし、試したことのない魔法だから、命の保証はできない」
「!」
爺さんが乗り気じゃなかったら、ティオには悪いが治療は止めようと思っている。後で恨まれたら気分が悪いからな。
「よろしくお願いします」
しかし爺さんは躊躇いなく俺に頭を下げた。
そのあまりの潔さに、逆に俺が引いた。
「い、いいのか? もう娘さんと会えなくなるかもしれないんだぞ」
「わしらは死んだら、フェンリルさまの棲む白銀の峰の風になるのです。他ならぬフェンリルさまが、そこに招いてくださるのは光栄なことです」
この村ではフェンリルが神と崇拝されていることは知っていたが、ここまで篤《あつ》く信仰されているとは。
そういうことなら、遠慮は要らないな。
兄たんたちにも許可を取って準備を整えた後、俺はベッドで眠っているティオの母親にそっと触れた。
「時よ戻れ」
頭の中で時計をイメージして、針を通常の逆、左回しに回転させる。
時の魔法の力で、俺はティオの母親を病気にかかる前の、元気な状態に戻すことにした。
しなびた花に水を与えたように、青白い肌に生気が灯る。老化のしわが消えて、身体の大きさが一回り小さくなった。枯れ草のようだった金髪に艶が戻り、豊かに波打つ。
「あれ……?」
やば、戻し過ぎた。
予定では病気になる数年前に巻き戻すつもりが、十年くらい一気に若返ってしまっている。
俺は冷や汗を流した。
目の前に寝ているのは、病に侵された中年の女性ではなく、若々しい綺麗なお姉さんである。
「う……うん」
ティオの母親は目を開けた。
寝ぼけているようだ。
「あれ……まるで私、若い頃に戻ったような。身体が苦しいこともなくて、こんな気持ちのいい朝、久しぶり……」
「お母さん!」
「ティオ?」
脇から飛び出てきたティオが、母親に飛び付く。
抱き合う母子は……どうみても歳の少し離れた姉弟だった。
「何ということだ……反抗期になって村を出ていった娘のアンナが、帰ってきたようだ!」
爺さんが涙を流しながら喜んでいる。
え、これでいいの?
「奇跡だ……ありがとうございます、フェンリルさま!」
「ありがとう、ゼフィ!」
「お、おう」
俺はひきつった顔で頷いた。
予定とは違うのだが……本人たちが喜んでいるみたいだから、まあいいか。
「何でもない。続けて続けて!」
会話の邪魔をしてしまったことを謝罪しながら、口元を押さえて手を振った。ティオの母親は、俺の様子に不思議そうな顔をしたが、話を続ける。
「……ルクス共和国の方と、私の夫、つまりティオの父親が知り合いだったので、その剣を譲っていただいたそうです。と言っても、英雄の剣ですから、普通は簡単に譲られることはありません。ティオ、あなたの父親がローリエ王国の高貴な身分の方だからです」
「!」
どうして剣の話が始まったのか疑問に思っていたが、本題はティオの父親の話だったらしい。
「お父……さん?」
ティオは不安そうな表情で呟いた。
「ティオ、私が死んだら、ローリエ王国の王都に住む、フィリップ・クレールさまを訪ねなさい……」
「母さま!」
「強く生きるのよ、ティオ……」
意味深なことを言って、ティオの母親は目を閉じた。
俺は思わずぎょっとする。
ティオは動揺して母親の腕にすがった。
「そんな、母さま! 死なないで!」
え、マジで、死んじゃったの?
「……寝てるだけだよ」
後ろから声がした。
振り返ると、いつの間にか神獣ハンターのロイドが、部屋をのぞきこんでいる。他人の家に勝手に入るなと言いたいが、平和な農村は扉に鍵など付いていないし、ご近所の家は入り放題だ。
ロイドはつかつかとベッドに近寄り、病人の脈をはかった。
「大丈夫だ、生きてる。これでも医者の勉強したことがあるから、分かるよ」
「本当?!」
「ゆっくり寝かせてあげような」
ロイドと一緒に、俺とティオはダイニングに移動した。
「話は聞かせてもらった」
「盗み聞きすんなよ……」
「ティオ、もしお前が王都に行くなら、俺が護衛になってやるぜ」
ロイドは腕組みしてティオに提案する。
どういう風の吹き回しだ。
「ティオの父親は身分が高いんだろう。後追いでがっつり報酬をもらえれば……」
ああ、そういう算段ね。
ニヤニヤ笑うロイドを無視して、ティオは俺を見た。
「ゼフィ……母さまの病気、治らない?」
「うーん」
そうきたか。
俺は腕組みして考え込む。
後ろでロイドが「俺の提案はスルーかよ?!」と騒いでいるが、聞かなかったことにする。
病気を治す、か。
あいにく回復や治癒の魔法は使えない。
けれど、何もできないかと言われると、実はそうでもない。
「……治らなくも、ないよ」
「ほんと?!」
ティオの顔がパッと輝いた。
俺は、ティオの母親の治療ができるかもしれないことを、一旦サムズ爺さんに話した。子狼の姿では意志疎通が難しいので、人間の姿だ。
「……ただし、試したことのない魔法だから、命の保証はできない」
「!」
爺さんが乗り気じゃなかったら、ティオには悪いが治療は止めようと思っている。後で恨まれたら気分が悪いからな。
「よろしくお願いします」
しかし爺さんは躊躇いなく俺に頭を下げた。
そのあまりの潔さに、逆に俺が引いた。
「い、いいのか? もう娘さんと会えなくなるかもしれないんだぞ」
「わしらは死んだら、フェンリルさまの棲む白銀の峰の風になるのです。他ならぬフェンリルさまが、そこに招いてくださるのは光栄なことです」
この村ではフェンリルが神と崇拝されていることは知っていたが、ここまで篤《あつ》く信仰されているとは。
そういうことなら、遠慮は要らないな。
兄たんたちにも許可を取って準備を整えた後、俺はベッドで眠っているティオの母親にそっと触れた。
「時よ戻れ」
頭の中で時計をイメージして、針を通常の逆、左回しに回転させる。
時の魔法の力で、俺はティオの母親を病気にかかる前の、元気な状態に戻すことにした。
しなびた花に水を与えたように、青白い肌に生気が灯る。老化のしわが消えて、身体の大きさが一回り小さくなった。枯れ草のようだった金髪に艶が戻り、豊かに波打つ。
「あれ……?」
やば、戻し過ぎた。
予定では病気になる数年前に巻き戻すつもりが、十年くらい一気に若返ってしまっている。
俺は冷や汗を流した。
目の前に寝ているのは、病に侵された中年の女性ではなく、若々しい綺麗なお姉さんである。
「う……うん」
ティオの母親は目を開けた。
寝ぼけているようだ。
「あれ……まるで私、若い頃に戻ったような。身体が苦しいこともなくて、こんな気持ちのいい朝、久しぶり……」
「お母さん!」
「ティオ?」
脇から飛び出てきたティオが、母親に飛び付く。
抱き合う母子は……どうみても歳の少し離れた姉弟だった。
「何ということだ……反抗期になって村を出ていった娘のアンナが、帰ってきたようだ!」
爺さんが涙を流しながら喜んでいる。
え、これでいいの?
「奇跡だ……ありがとうございます、フェンリルさま!」
「ありがとう、ゼフィ!」
「お、おう」
俺はひきつった顔で頷いた。
予定とは違うのだが……本人たちが喜んでいるみたいだから、まあいいか。
21
お気に入りに追加
5,217
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
全能で楽しく公爵家!!
山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。
未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう!
転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。
スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。
※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。
※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。
システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか
片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生!
悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした…
アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか?
痩せっぽっちの王女様奮闘記。
公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)
音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。
魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。
だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。
見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。
「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます
婚約破棄されたので暗殺される前に国を出ます。
なつめ猫
ファンタジー
公爵家令嬢のアリーシャは、我儘で傲慢な妹のアンネに婚約者であるカイル王太子を寝取られ学院卒業パーティの席で婚約破棄されてしまう。
そして失意の内に王都を去ったアリーシャは行方不明になってしまう。
そんなアリーシャをラッセル王国は、総力を挙げて捜索するが何の成果も得られずに頓挫してしまうのであった。
彼女――、アリーシャには王国の重鎮しか知らない才能があった。
それは、世界でも稀な大魔導士と、世界で唯一の聖女としての力が備わっていた事であった。
前世の記憶さん。こんにちは。
満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。
周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。
主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。
恋愛は当分先に入れる予定です。
主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです!
小説になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる