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第四章
03 勘違いは災いのもと
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翌日もあいにくの雨が降り続いている。
リヒトはソラリアの部屋にいた。
部屋には二人だけだ。
アニスは館の侍女だという骸骨に可愛い服を見繕ってもらえるということで別行動している。その侍女の骸骨は、過去にアニスの年頃の娘がいたらしく、もう使わない服を譲ると言っていた。
「レイルをさらった男は海の方へ向かったという事で良いんだよね」
「ええ。私のカラス達が彼の行動を追っています。あのサザンカという女と合流せずに、港へ向かっているようですね」
幼馴染みの少年レイルは、魔王信者を名乗る不審者にさらわれた。
男女二人組の女の方はリヒトとソラリアで倒したのだが、男の方は何故かリヒトの幼馴染みを背負って海際の国バブーンへ向かっている。
「リヒト、あなたの天魔はどうですか?」
問われてリヒトは軽く心開眼《ディスクローズアイ》を使ってみる。
蒼く染まる視界の中で光る糸がいくつも見える。
その内の一本はリヒトと幼馴染みのレイルを結んでいる。
「……近付いてるみたいだ」
「あなたの天魔は地味に便利ですね」
ソラリアの感想にリヒトは苦笑する。
絆の糸の伸びる方向で相手がどこにいるか察しを付けられるので、追跡には役立つ能力かもしれない。
「話は変わりますが、あのカルマという死霊魔術師を説得するように頼まれたそうですね」
「うん。僕は説得する気は微塵もないけど」
抵抗されると分かっているのに、無理に連れだそうなんて面倒なことに協力するつもりは全くない。
「ここは不気味な場所です。どんなに友好的でも死人は本来、世界に存在してはいけないもの、不安定な存在です。私は骸骨のセバスチャンさんに賛成です。生者であるカルマさんは彼らから離れるべきです」
ソラリアは淡々と持論を述べる。
彼女の言葉には一定の説得力があった。
「うーん。じゃあソラリア、君が説得してみる?」
「私は引きこもりは嫌いです。あの根暗そうな彼と話したくありません」
「メエメエー(まあ、そう言わずに草でも食べなよ)」
メリーさんが微妙な空気に割って入った。
羊は干し草をくわえて、そっとソラリアの膝に置く。
ソラリアは膝の上の干し草に視線を落として不思議そうな顔をした。
「……食べさせて欲しいんでしょうか。はい、メリーさん」
「メエー(違う)」
自分の元に戻ってきた干し草を、メリーさんは仕方なくモシャモシャ食べた。
白黒のメイド服(スカート姿)の格好をした骸骨は、かいがいしくアニスの世話を焼く。
「ああ、良く似合うね。こっちの服も着てみてくれる?」
「良くってよ!」
侍女の骸骨はアニスに次々と服を持ってきて着替えさせた。
骸骨なので表情は分からないが楽しそうである。
「……休息が済んだら出ていけよ」
姿見の前で骸骨達とファッションショーを楽しんでいるアニスに、部屋を覗いたカルマが声を掛ける。無粋な台詞に機嫌を損ねたアニスは、適当に反論した。
「あんたこそ、外に出なさいよ! たまには日の光を浴びて運動したら?」
「俺は一生ここから出るつもりはない!」
青年は声を荒げた。
足音も高く女性達の前から去っていく。
リヒトの予想通り、気難しい彼を館の外に連れ出すのは相当、難しいと思われた。
その頃、雨の降る館へ近付く黒い人影があった。
変色した血で茶色く染まった服を着て、雨に濡れた暗い銀の髪を振り乱し、幽鬼のような笑みを彼女は浮かべる。
「ふふ……」
リヒトやソラリアが知れば戦慄しただろう。
それは地下で倒れたはずのサザンカだった。
「つれないですわ、我が君……私を置いていってしまわれるなんて」
サザンカはふらふらと山道を歩きながら不気味な笑い声を上げた。
「私の天魔が幻惑九尾でなければ終わっていたところですわ。9本の尾と9つの命を持つ私は、残りの命さえあればダメージを軽減し、殺されても甦るのです」
リヒトの天魔に切り裂かれた絆による記憶ダメージも、腹を貫かれた傷もほとんど回復している。この天魔があるからこそ、仲間である仮面の男は遠慮なく彼女を置いて先に海へ向かったのだ。
洋館に近付くサザンカの元にふわりと人魂が近付いた。
骸骨の身内の子供の幽霊なのだが、サザンカはそれを知らない。
『おばさん、誰ー? カルマ様の館に何の用?』
「おばさん……?」
サザンカの顔がひきつった。
「妙齢の女性を捕まえて、おばさんですって?! 許しがたい呼び名ですわ!」
幻の炎が彼女の周囲に沸き立つ。
子供の幽霊は慌てて逃げていった。
「ふ……ふふふ! きっと我が君は幽霊どもに惑わされているのですわ! それを助けるのは、わ・た・し!!」
サザンカは高笑いを上げる。幻炎は雨にかきけされることなく、館を取り囲むように広がっていった。
雨と霧に包まれた洋館が鳴動する。
彼女の騒々しい襲撃は、この地で静かに暮らす死人達の不安定な魂をかき乱した。それは鎮魂とは真逆の効果である。
館の周囲は、この地に元から影響していたカルマ青年の天魔とサザンカの幻影鬼火が干渉しあい、時空間は歪んで人魂が飛び交う、さながら地獄のような光景に変貌しつつあった。
リヒトはソラリアの部屋にいた。
部屋には二人だけだ。
アニスは館の侍女だという骸骨に可愛い服を見繕ってもらえるということで別行動している。その侍女の骸骨は、過去にアニスの年頃の娘がいたらしく、もう使わない服を譲ると言っていた。
「レイルをさらった男は海の方へ向かったという事で良いんだよね」
「ええ。私のカラス達が彼の行動を追っています。あのサザンカという女と合流せずに、港へ向かっているようですね」
幼馴染みの少年レイルは、魔王信者を名乗る不審者にさらわれた。
男女二人組の女の方はリヒトとソラリアで倒したのだが、男の方は何故かリヒトの幼馴染みを背負って海際の国バブーンへ向かっている。
「リヒト、あなたの天魔はどうですか?」
問われてリヒトは軽く心開眼《ディスクローズアイ》を使ってみる。
蒼く染まる視界の中で光る糸がいくつも見える。
その内の一本はリヒトと幼馴染みのレイルを結んでいる。
「……近付いてるみたいだ」
「あなたの天魔は地味に便利ですね」
ソラリアの感想にリヒトは苦笑する。
絆の糸の伸びる方向で相手がどこにいるか察しを付けられるので、追跡には役立つ能力かもしれない。
「話は変わりますが、あのカルマという死霊魔術師を説得するように頼まれたそうですね」
「うん。僕は説得する気は微塵もないけど」
抵抗されると分かっているのに、無理に連れだそうなんて面倒なことに協力するつもりは全くない。
「ここは不気味な場所です。どんなに友好的でも死人は本来、世界に存在してはいけないもの、不安定な存在です。私は骸骨のセバスチャンさんに賛成です。生者であるカルマさんは彼らから離れるべきです」
ソラリアは淡々と持論を述べる。
彼女の言葉には一定の説得力があった。
「うーん。じゃあソラリア、君が説得してみる?」
「私は引きこもりは嫌いです。あの根暗そうな彼と話したくありません」
「メエメエー(まあ、そう言わずに草でも食べなよ)」
メリーさんが微妙な空気に割って入った。
羊は干し草をくわえて、そっとソラリアの膝に置く。
ソラリアは膝の上の干し草に視線を落として不思議そうな顔をした。
「……食べさせて欲しいんでしょうか。はい、メリーさん」
「メエー(違う)」
自分の元に戻ってきた干し草を、メリーさんは仕方なくモシャモシャ食べた。
白黒のメイド服(スカート姿)の格好をした骸骨は、かいがいしくアニスの世話を焼く。
「ああ、良く似合うね。こっちの服も着てみてくれる?」
「良くってよ!」
侍女の骸骨はアニスに次々と服を持ってきて着替えさせた。
骸骨なので表情は分からないが楽しそうである。
「……休息が済んだら出ていけよ」
姿見の前で骸骨達とファッションショーを楽しんでいるアニスに、部屋を覗いたカルマが声を掛ける。無粋な台詞に機嫌を損ねたアニスは、適当に反論した。
「あんたこそ、外に出なさいよ! たまには日の光を浴びて運動したら?」
「俺は一生ここから出るつもりはない!」
青年は声を荒げた。
足音も高く女性達の前から去っていく。
リヒトの予想通り、気難しい彼を館の外に連れ出すのは相当、難しいと思われた。
その頃、雨の降る館へ近付く黒い人影があった。
変色した血で茶色く染まった服を着て、雨に濡れた暗い銀の髪を振り乱し、幽鬼のような笑みを彼女は浮かべる。
「ふふ……」
リヒトやソラリアが知れば戦慄しただろう。
それは地下で倒れたはずのサザンカだった。
「つれないですわ、我が君……私を置いていってしまわれるなんて」
サザンカはふらふらと山道を歩きながら不気味な笑い声を上げた。
「私の天魔が幻惑九尾でなければ終わっていたところですわ。9本の尾と9つの命を持つ私は、残りの命さえあればダメージを軽減し、殺されても甦るのです」
リヒトの天魔に切り裂かれた絆による記憶ダメージも、腹を貫かれた傷もほとんど回復している。この天魔があるからこそ、仲間である仮面の男は遠慮なく彼女を置いて先に海へ向かったのだ。
洋館に近付くサザンカの元にふわりと人魂が近付いた。
骸骨の身内の子供の幽霊なのだが、サザンカはそれを知らない。
『おばさん、誰ー? カルマ様の館に何の用?』
「おばさん……?」
サザンカの顔がひきつった。
「妙齢の女性を捕まえて、おばさんですって?! 許しがたい呼び名ですわ!」
幻の炎が彼女の周囲に沸き立つ。
子供の幽霊は慌てて逃げていった。
「ふ……ふふふ! きっと我が君は幽霊どもに惑わされているのですわ! それを助けるのは、わ・た・し!!」
サザンカは高笑いを上げる。幻炎は雨にかきけされることなく、館を取り囲むように広がっていった。
雨と霧に包まれた洋館が鳴動する。
彼女の騒々しい襲撃は、この地で静かに暮らす死人達の不安定な魂をかき乱した。それは鎮魂とは真逆の効果である。
館の周囲は、この地に元から影響していたカルマ青年の天魔とサザンカの幻影鬼火が干渉しあい、時空間は歪んで人魂が飛び交う、さながら地獄のような光景に変貌しつつあった。
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