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第二章

11 林檎酒

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 協力したらご飯をおごると約束した。
 だから幼馴染みのアニスに食事をご馳走するのはやぶさかではない。
 だが何故、勇者の先輩とやらにも一緒にご馳走しなければならないのだろうか。

「アニス……これはいったい?」
「話したら付いてきちゃった。えへ」

 幼馴染みの少女は可愛く舌を見せておどけて見せた。
 その背後に冷気をまとって立っているのは、金髪に涼しい瞳をしたソラリアである。

「何か不都合でも?」
「いいえ……」

 一度彼女と戦ったリヒトは後ろめたい。しかし、戦いの記憶はソラリアから消えているはずである。故に、初対面という顔をしなければならない。
 街の食堂には不似合いな美しい少女に、他の客が度肝を抜かれて「勇者様?」と呟いている。場所を変えた方がいいか。

「おやおや、街を救った勇者様ではありませんか! どうぞ奥へ。個室を用意しました!」
「どうもありがとうございます。ああ、会計は彼が持つそうです」
「まいどありー!」

 揉み手で寄ってきた店主が要らぬ気を回したせいで、リヒトは引き下がれなくなった。個室だと。お金足りるかな。

「リヒト、俺は用事を思い出した……」
「待てレイル。君は責任を持って僕の盾となれ」
「そんなっ?!」

 逃げようとしたレイルを捕まえる。いざという時には彼を囮にして逃げよう。
 同年代の幼馴染み3人プラス、ソラリアという4人、男女半々の取り合わせは、事情を知らない第三者からは仲の良い若者グループのようにも見える。特にアニスとソラリアは堅苦しい教会の服装ではなく、今日は私服で武装も解いているので余計にそう見えた。
 途中までギクシャクした会話が続いた。鳥の丸焼きや芋を短冊切りにして焼いた料理を食べながら、リヒト達は何とか会話をつなぐ。
 しかし、最後に気を利かせた店主が店の名物だという林檎酒を持ってきたことで場は一変した。
 
「瓶ごと持ってきなさい!」
「はい、ただいま!」

 もとより20歳まで禁酒だとか、そんな法律がある訳ではない。
 だから飲んでも誰も怒りはしないのだが、リヒトは困る。
 酒を飲んだソラリアは涼しい目元が狂暴につり上がり、今にも暴れださんばかりの絡み酒。そしてアニスは……。

「しゅわしゅわして、甘酸っぱくて美味しーい。あはははは!」

 笑い上戸になっていた。
 レイルは酒に弱かったらしく、一杯飲みきる前に机に突っ伏して寝こけている。役に立たない奴め。リヒト自身は飲酒の経験がそうある訳ではないが、どうやら酒には強いようだった。この面々の中で一人だけ素面である。

「おかわりー!」
「もう止めた方が」

 放っておくと瓶ごとラッパ飲みし始めるので、リヒトは仕方なく酒をついだ。

「君はこの後、自分の村に帰るのですか?」

 真っ赤な顔をしたソラリアが問いかけてくる。
 アニスの付き添いで田舎の山村から出てきたことは、雑談ついでに説明していた。羊飼いの仕事が好きなリヒトは、愛らしい羊達のもとに戻る予定だった。

「そのつもりですが」
「えーっ! 行かないでよリヒト! ずっと側にいてよー」

 笑っていたアニスが急に泣き出して腕にとりすがってきたので、リヒトは困惑した。よしよし、とアニスの癖っ毛の紅茶色の頭を撫でながらソラリアに逆に問い返す。

「勇者様は、教主国ジラフに帰られるのですか?」
「私は……」

 ソラリアは頬杖をついて、ぼんやりした。

「ジラフに帰って嬉しいこともないのに、何故ジラフに帰るのだろうと、今さらながらに思いまして。旅に出て、自分の好きに生きても良いのでしょうか……」

 彼女の独り言を聞いてリヒトは冷や汗をかいた。真面目な勇者様の心変わりの原因について心当たりが無くもない。切ったのは自分との縁だけのつもりだったのに、間違ってどこか別なところも切ってしまったのだろうか。

「……リヒト、モテモテだな…ぐぇっ」
「黙ってろ」

 突然、復活したレイルが変な合いの手を入れたので、リヒトは彼の後頭部を叩いて黙らせた。……しまった、せっかく起きてきたのに、また眠らせてしまった。
 酒宴をいつ切り上げようと悩んでいると、他の客の出入りが無い個室に、外から人が駆け込んできた。

「勇者様、いるかっ?!」

 それは、この街に来た最初の時に教会で会った学者風の男、ケインだった。

「南の山脈で山火事が起きた! 魔王信者を名乗る連中が攻めてきたらしい。至急、勇者様の力を借りたい」
「……なんですって」

 鬼気迫る要請を聞いた途端、ぼんやりしていたソラリアの瞳に力が戻る。
 一方のリヒトは今聞いた知らせに戦慄していた。

「南の山脈って……僕らの故郷の村がある場所じゃないか?!」

 山脈のふところに守られた平和な山村に危機が迫っている。
 魔王信者とは何者なのか。
 なぜ、農業くらいしか取り柄のない山に囲まれたアントイータに侵攻してきたのだろうか。




 アントイータの国土を一望できる、見晴らしの良い山の頂上に怪しげな二人組が立っている。
 二人は平穏なアントイータの風景を眺めていた。

 アントイータは平和で緑豊かな国だ。
 山の中腹ほどには点々と民家が建っており、炊事しているのだろう、煙が屋根から立ち上っている。山は途中からなだらかになり、平地が遠くまで広がる。平地の半分を占めるのは田園だ。
 平地にはいくつか街があった。モンスターの侵略から身を守るため、大きな街の周囲には高い土壁があり、その内側には建物がひしめいている。
 
「……目的を確認する」

 ドクロの仮面で顔を隠し、長槍を手に持った男がくぐもった声で言った。

「我らの目的はアントイータのどこかに保管されている、邪魅の耳飾りの奪取。および……」
「魔王の復活」

 袖口が地面につくほど長い黒尽くめの衣装に身を包み、銀の髪を高く結い上げた女は答える。

「この世界のどこかに、我が君……世界を分断した最後の魔王、絶縁の魔王の欠片を持つ、天魔の能力者がいる筈。かの方を見つけ出して再び魔王となっていただき、天魔の時代を復興するのです!」

 女が腕を降ると、山肌を舐めるように炎が広がり始める。

「ああ、魔王様! 一刻も早くお会いしとうございますわ!」

 容赦なく燃え広がる炎が平和な国土を灼熱地獄に変えていく。
 その様子を、女は陶然として見守った。



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