8 / 86
第二章
02 逃げるが勝ち
しおりを挟む
案内してくれた初老の男性神官が出ていくと、執務室には赤毛の女性神官と学生風の男とリヒト達だけになった。
女性神官が腕を腰にあてて言う。
「さあて、勇者ちゃんの正体を聞かせてくれ。教主国ジラフから来た私の知らない勇者なんて、いる筈がないからね」
ジラフは小国ながら聖骸教会の総本山であり、勇者を派遣する本部でもある。女性はジラフから出向して、この街の教会に勤めているようだ。
聖骸教会は聖女シエルウィータを創始者として【名前の無い神】を奉じる一神教の集団だ。この世界でもっとも信仰者が多い宗教団体である。
雰囲気的に、女性神官はリヒト達を糾弾するつもりは無さそうだ。で、あるなら嘘をつき通す必要はないように思える。
リヒトは腹をくくった。
「……彼女はアニス。つい最近、天魔に覚醒したので、教会に届け出しに来たところでした。聖剣はうちの村で預かっていたものです」
「ああ! そういえばそんな話が来ていたねえ。ゴブリン対応で忙しくて無視してたよ」
アローリアの街の教会は、この近辺で一番大きい。
なるほど、アニスの話はこの教会で止まっていたらしい。
「だいぶ上級の魔みたいだけど、制御できているようじゃないか。上等、上等。戦力になりそうだね」
「あのう」
「ああ、私はイアンナ、この教会の司祭だよ。彼はケイン、この街の書記官さ」
赤毛の女性神官がイアンナ、眼鏡を掛けた学者風の男がケイン、と。
脳内に名前をメモしながらリヒトは疑問を口にした。
「見ただけで分かるものなんですか? その、天魔が宿ってるって」
「私は鑑識眼というスキルを持ってるからね。大概の天魔は見ればどんなものか分かるよ」
ということは、リヒトの天魔もバレてしまうのだろうか。
冷や汗をかいていると、こちらをジロジロ見ていたイアンナがにっこり笑った。
「坊やは一般人だね。スキルも何も持っていないようだ。勇者ちゃんの付き添いかい」
先ほどからスキルという言葉が出てきたが、スキルとは天魔から派生するものだ。アニスのように強力な天魔を有さなくても、スキルは持っているという可能性がある。例えば、正体も具体化できないほど非常に弱い天魔でスキルだけ持っている一般人は、大きい街に出れば意外といる計算だった。
リヒトは隠蔽が効いていると分かって胸を撫で下ろした。
「はい。なのでゴブリン退治には同行できそうにありません」
「そうか……ここから先は一般人にはキツイかもしれないね。帰っていいよ」
「ありがとうございます。じゃあ僕はこれで」
「ちょっと待って!」
イアンナの許可が出たので帰ろうと思ったリヒトだが、そうは問屋が卸さない。
置いていかれると気付いたアニスが眉を逆立てて怒った。
「リヒト! ここまで来てそれはないんじゃない?!」
「えー? だって僕は付き添いで来ただけだよ」
「ほ、ほら私達、友達じゃない?! せめて落ち着くまで側にいるとか」
食い下がるアニスに、リヒトは飄々と答えた。
「うん、ただの友達だよ。家族や恋人って訳じゃない。だから僕が君の人生に付き合う義理はないよね」
正直過ぎる解答に、ショックを受けたアニスが絶句している。
目の前で繰り広げられる愁嘆場に大人二人も恐れおののいていた。
「は、はっきり言う子だねー。最近の子は皆こうなのかい」
「いや、ないっしょ。この坊主が天然とみた」
後ろでこしょこしょと話すイアンナとケイン。
アニスは拳を握りしめて震えた。
「リヒトの馬鹿ーーっ!!」
鞘に入ったままの聖剣を振りかぶったアニスに、リヒトは急いで回避行動を取る。
「それじゃ一般人の僕はこれで失礼しますね!」
素早く部屋から出て小走りに教会から脱出する。
背中に「覚えてなさーい!」という恨めしい叫びが聞こえたが、リヒトは忘れようと思った。
教会を出たリヒトは街の大通りをゆっくり歩いた。
来た時はまっすぐ教会に向かったので違和感の正体に気付かなかったが、注意深く見ると立ち並ぶ商店が軒並み開店休業状態になっている。
露店に陳列された商品は少なく、店番の店員の顔も冴えない。
全体的に不景気な様子だ。
リヒトは足を止めた。
どこへ行くのか決めていない。
「どうしようかな……」
「離して! 私は街の外に行くの!」
少女が母親らしき人物の手を振り払ってこちらに突進してくる。
「ゴブリンは私が行かないから怒ってるのよ! 私がゴブリンの王様のところに行かないと!」
転びそうになりながら走ってくる少女は、立ち止まったリヒトにぶつかりそうになる。
「きゃっ」
「っつ?!」
その瞬間、意図していないのに急にリヒトの天魔が反応する。
視界が蒼く染まり、少女を取り巻く縁の糸が見えた。
少女から伸びる糸の一本が儚く煌めきながら、街の外に向かって伸び、途中で空中に溶けている。他の糸と違い、明度が低く途切れそうなほど細い。
慌ててリヒトは自分の天魔の発動を止める。
こんな往来で目の色が変われば気付かれる可能性がある。
幸い、ほんの瞬きほどの時間だったらしく、誰も気付いていないようだった。
「リリィ、おかしなことを言うのは止めて、戻ってきなさい! すいません、旅の方、ご迷惑をお掛けしました」
リヒトにぶつかったせいで母親が追い付いた。
母親はリリィというらしい娘を押さえてリヒトに謝る。
「いえ……ところでクリームパンってどこに売ってるか知ってます?」
唐突な質問に、母親の腕の中でもがいていた少女が、きょとんとしてリヒトを見上げた。
女性神官が腕を腰にあてて言う。
「さあて、勇者ちゃんの正体を聞かせてくれ。教主国ジラフから来た私の知らない勇者なんて、いる筈がないからね」
ジラフは小国ながら聖骸教会の総本山であり、勇者を派遣する本部でもある。女性はジラフから出向して、この街の教会に勤めているようだ。
聖骸教会は聖女シエルウィータを創始者として【名前の無い神】を奉じる一神教の集団だ。この世界でもっとも信仰者が多い宗教団体である。
雰囲気的に、女性神官はリヒト達を糾弾するつもりは無さそうだ。で、あるなら嘘をつき通す必要はないように思える。
リヒトは腹をくくった。
「……彼女はアニス。つい最近、天魔に覚醒したので、教会に届け出しに来たところでした。聖剣はうちの村で預かっていたものです」
「ああ! そういえばそんな話が来ていたねえ。ゴブリン対応で忙しくて無視してたよ」
アローリアの街の教会は、この近辺で一番大きい。
なるほど、アニスの話はこの教会で止まっていたらしい。
「だいぶ上級の魔みたいだけど、制御できているようじゃないか。上等、上等。戦力になりそうだね」
「あのう」
「ああ、私はイアンナ、この教会の司祭だよ。彼はケイン、この街の書記官さ」
赤毛の女性神官がイアンナ、眼鏡を掛けた学者風の男がケイン、と。
脳内に名前をメモしながらリヒトは疑問を口にした。
「見ただけで分かるものなんですか? その、天魔が宿ってるって」
「私は鑑識眼というスキルを持ってるからね。大概の天魔は見ればどんなものか分かるよ」
ということは、リヒトの天魔もバレてしまうのだろうか。
冷や汗をかいていると、こちらをジロジロ見ていたイアンナがにっこり笑った。
「坊やは一般人だね。スキルも何も持っていないようだ。勇者ちゃんの付き添いかい」
先ほどからスキルという言葉が出てきたが、スキルとは天魔から派生するものだ。アニスのように強力な天魔を有さなくても、スキルは持っているという可能性がある。例えば、正体も具体化できないほど非常に弱い天魔でスキルだけ持っている一般人は、大きい街に出れば意外といる計算だった。
リヒトは隠蔽が効いていると分かって胸を撫で下ろした。
「はい。なのでゴブリン退治には同行できそうにありません」
「そうか……ここから先は一般人にはキツイかもしれないね。帰っていいよ」
「ありがとうございます。じゃあ僕はこれで」
「ちょっと待って!」
イアンナの許可が出たので帰ろうと思ったリヒトだが、そうは問屋が卸さない。
置いていかれると気付いたアニスが眉を逆立てて怒った。
「リヒト! ここまで来てそれはないんじゃない?!」
「えー? だって僕は付き添いで来ただけだよ」
「ほ、ほら私達、友達じゃない?! せめて落ち着くまで側にいるとか」
食い下がるアニスに、リヒトは飄々と答えた。
「うん、ただの友達だよ。家族や恋人って訳じゃない。だから僕が君の人生に付き合う義理はないよね」
正直過ぎる解答に、ショックを受けたアニスが絶句している。
目の前で繰り広げられる愁嘆場に大人二人も恐れおののいていた。
「は、はっきり言う子だねー。最近の子は皆こうなのかい」
「いや、ないっしょ。この坊主が天然とみた」
後ろでこしょこしょと話すイアンナとケイン。
アニスは拳を握りしめて震えた。
「リヒトの馬鹿ーーっ!!」
鞘に入ったままの聖剣を振りかぶったアニスに、リヒトは急いで回避行動を取る。
「それじゃ一般人の僕はこれで失礼しますね!」
素早く部屋から出て小走りに教会から脱出する。
背中に「覚えてなさーい!」という恨めしい叫びが聞こえたが、リヒトは忘れようと思った。
教会を出たリヒトは街の大通りをゆっくり歩いた。
来た時はまっすぐ教会に向かったので違和感の正体に気付かなかったが、注意深く見ると立ち並ぶ商店が軒並み開店休業状態になっている。
露店に陳列された商品は少なく、店番の店員の顔も冴えない。
全体的に不景気な様子だ。
リヒトは足を止めた。
どこへ行くのか決めていない。
「どうしようかな……」
「離して! 私は街の外に行くの!」
少女が母親らしき人物の手を振り払ってこちらに突進してくる。
「ゴブリンは私が行かないから怒ってるのよ! 私がゴブリンの王様のところに行かないと!」
転びそうになりながら走ってくる少女は、立ち止まったリヒトにぶつかりそうになる。
「きゃっ」
「っつ?!」
その瞬間、意図していないのに急にリヒトの天魔が反応する。
視界が蒼く染まり、少女を取り巻く縁の糸が見えた。
少女から伸びる糸の一本が儚く煌めきながら、街の外に向かって伸び、途中で空中に溶けている。他の糸と違い、明度が低く途切れそうなほど細い。
慌ててリヒトは自分の天魔の発動を止める。
こんな往来で目の色が変われば気付かれる可能性がある。
幸い、ほんの瞬きほどの時間だったらしく、誰も気付いていないようだった。
「リリィ、おかしなことを言うのは止めて、戻ってきなさい! すいません、旅の方、ご迷惑をお掛けしました」
リヒトにぶつかったせいで母親が追い付いた。
母親はリリィというらしい娘を押さえてリヒトに謝る。
「いえ……ところでクリームパンってどこに売ってるか知ってます?」
唐突な質問に、母親の腕の中でもがいていた少女が、きょとんとしてリヒトを見上げた。
0
お気に入りに追加
1,610
あなたにおすすめの小説
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
独自ダンジョン攻略
sasina
ファンタジー
世界中に突如、ダンジョンと呼ばれる地下空間が現れた。
佐々木 光輝はダンジョンとは知らずに入ってしまった洞窟で、木の宝箱を見つける。
その宝箱には、スクロールが一つ入っていて、スキル【鑑定Ⅰ】を手に入れ、この洞窟がダンジョンだと知るが、誰にも教えず独自の考えで個人ダンジョンにして一人ダンジョン攻略に始める。
なろうにも掲載中
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる