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第五章

06 君こそ魔王にふさわしい

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 リヒトは絆の糸を辿って海際の洞窟に駆け込む。
 先ほどから海面が上昇していて、海水が洞窟に流れこみ始めている。水位が上がって足が水に浸かった。どんどん増える海水に嫌な予感を覚えながら、リヒトは水を掻き分けて走る。
 そしてさほど進まない内に、引き返してきたらしい仮面の男オーディンと鉢合わせした。

「君は……試練を乗り越えてきたのか! しかもその瞳の色! サザンカの言うことは半信半疑だったが、天魔の能力者なのは間違いないようだ」

 絆を辿るためにリヒトは心開眼ディスクローズアイを使用中だった。妖しく輝く蒼の瞳を見てオーディンは感嘆する。

「話をしよう、少年。事情を知れば君も我々に協力するはずだ……」
「結構です。僕は亡き母に、怪しい叔父さんに話し掛けられたら無視するよう教育されましたので」

 何か説明しようとするオーディンを、リヒトは途中で遮った。
 水面の上昇が止まらない。
 洞窟の奥にレイルがいるなら、早く助け出さないと命に関わるだろう。
 問答をしている時間が惜しい。
 いざとなれば敵の男の絆を数本切って、洞窟の奥に駆け込もうとリヒトは考えた。
 しかし、その時、洞窟が地震にあったように大きく揺れる。

「なんだ?!」

 揺れはすぐに収まった。
 足元で上昇を続けていた水面が逆流を始める。
 水位がどんどん下がっていく。

「おお、あの少年の天魔が目覚めたのか」
「……レイルに何をした?」

 男の言葉に不吉なものを感じたリヒトは、低い声で詰問する。オーディンは「すぐに分かる」と含み笑いをした。
 話しているうちに足元の海水は引いて、地面が剥き出しになる。
 洞窟の奥から軽い足音がして幼馴染みが姿を現した。

「レイル……?」

 自力で拘束を解いて出てきたようだ。
 海水と泥に汚れた衣服から突き出た白い手足には、擦り傷の跡が見える。レイルは青ざめた顔をしていたが、瞳だけは生気に満ちて炯々と光る赤に染まっていた。
 様子がおかしい。
 気弱だが、いつも明るく前向きな幼馴染みの雰囲気とは掛け離れている。

「違う。俺はフレッドだ。はじめまして、だな。リヒト」

 幼馴染みは見たことがない酷薄な笑みを浮かべて、そう言った。
 リヒトは呆気にとられる。

「はじめまして、だって? フレッド……?」
「俺はレイルの兄弟のようなもんさ。こいつの身体の中で今までずっと眠ってたんだ。きっかけがなきゃ、レイルと交代することはなかっただろう」

 どうやら噂に聞いたことのある二重人格という奴らしい。リヒトは説明を聞きながら徐々に冷静さを取り戻した。
 一方、仮面の男、オーディンの方はリヒトと違い、以前のレイルを知らないので、そんなに驚いていない。

「予想通り、強力な天魔を持っていたようだな。君こそ魔王にふさわしい!」
「魔王?」
「我々、天魔の救世主となる存在だよ。君に救世主になってもらいたい。迫害され、差別される天魔の能力者を取りまとめて、天魔の国を作るんだ!」

 オーディンは仮面の奥の目を輝かせて熱弁する。

「いずれは聖骸教会を打倒し、世界を天魔の支配下に……ぐっ」
「ぐちゃぐちゃうるせえ」

 熱弁をふるうオーディンに近付いたレイル……いや、フレッドは、腕を伸ばして男の喉を掴んだ。リヒトはぎょっとする。距離を詰めるまで約十数秒、無造作に伸ばされた腕を男は避けようとしたが、できなかった。
 天魔の力が働いているのか、少年の細腕は軽々と男の首を掴んで持ち上げる。

「てめえは詫びを入れるのが先だろ? その後でなら、魔王だか救世主だか知らないが、話を聞いてやってもいい」

 男の喉を絞めあげたフレッドは残虐な笑みを浮かべる。
 リヒトはもう一人の幼馴染み、アニスが天魔に目覚めた時のことを思い出した。あの時のアニスは天魔を暴走させそうな勢いだったが、このフレッドの雰囲気もかなり危うい。

「……フレッド。首を絞めたら謝罪ができないだろう」

 あの時と同じように、リヒトは冷静に突っ込みを入れる。
 できれば流血沙汰は避けたかった。
 心開眼ディスクローズアイで蒼く染まった視界で、リヒトはある異変に気付く。フレッドを名乗る幼馴染みと、自分との間にあった絆の糸が消えている。さらに、レイルから生じていた無数の絆の糸の一切が消失していた。
 では、本当にフレッドはレイルとは別人なのだ。糸が無いのは今まで彼がレイルの中で眠っていたからだろうか。
 リヒトの背筋にヒヤリとした感触が伝う。
 自分の言葉は彼に届くだろうか。

「おっと。そうだな……」
「ごほっ」

 しかしフレッドはあっさり男の首から手を離した。
 オーディンは地面に尻餅を付いて咳き込む。

「おっさん、天魔の国を作るって? そこを俺の好きにさせてくれるのか?」
「あ、ああ」
「フレッド?!」

 フレッドは男を上から見下ろして楽しそうに笑う。
 もう嫌な予感しかしないリヒトだった。

「決ーめた! 俺はこの、魔王信者とかいう奴らに付いていく。その方が面白そうだ」

 リヒトは少年の出した結論に絶句した。
 幼馴染みのレイルなら絶対とらない選択肢だ。
 この先の行動を早々と決めてしまったフレッドは、愉悦のこもった赤い瞳を動揺するリヒトに向けた。

「さあて、リヒト。お前はどうする? お前も天魔の能力者みたいだけど、一緒に来ないのか?」

 リヒトは既視感を覚える。羊の番をしていた頃、レイルは「一緒に街に行こう」と誘ってきたのだった。
 あの時は羊を優先したいからと断った。
 今度は……。


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