36 / 86
第五章
06 君こそ魔王にふさわしい
しおりを挟む
リヒトは絆の糸を辿って海際の洞窟に駆け込む。
先ほどから海面が上昇していて、海水が洞窟に流れこみ始めている。水位が上がって足が水に浸かった。どんどん増える海水に嫌な予感を覚えながら、リヒトは水を掻き分けて走る。
そしてさほど進まない内に、引き返してきたらしい仮面の男オーディンと鉢合わせした。
「君は……試練を乗り越えてきたのか! しかもその瞳の色! サザンカの言うことは半信半疑だったが、天魔の能力者なのは間違いないようだ」
絆を辿るためにリヒトは心開眼を使用中だった。妖しく輝く蒼の瞳を見てオーディンは感嘆する。
「話をしよう、少年。事情を知れば君も我々に協力するはずだ……」
「結構です。僕は亡き母に、怪しい叔父さんに話し掛けられたら無視するよう教育されましたので」
何か説明しようとするオーディンを、リヒトは途中で遮った。
水面の上昇が止まらない。
洞窟の奥にレイルがいるなら、早く助け出さないと命に関わるだろう。
問答をしている時間が惜しい。
いざとなれば敵の男の絆を数本切って、洞窟の奥に駆け込もうとリヒトは考えた。
しかし、その時、洞窟が地震にあったように大きく揺れる。
「なんだ?!」
揺れはすぐに収まった。
足元で上昇を続けていた水面が逆流を始める。
水位がどんどん下がっていく。
「おお、あの少年の天魔が目覚めたのか」
「……レイルに何をした?」
男の言葉に不吉なものを感じたリヒトは、低い声で詰問する。オーディンは「すぐに分かる」と含み笑いをした。
話しているうちに足元の海水は引いて、地面が剥き出しになる。
洞窟の奥から軽い足音がして幼馴染みが姿を現した。
「レイル……?」
自力で拘束を解いて出てきたようだ。
海水と泥に汚れた衣服から突き出た白い手足には、擦り傷の跡が見える。レイルは青ざめた顔をしていたが、瞳だけは生気に満ちて炯々と光る赤に染まっていた。
様子がおかしい。
気弱だが、いつも明るく前向きな幼馴染みの雰囲気とは掛け離れている。
「違う。俺はフレッドだ。はじめまして、だな。リヒト」
幼馴染みは見たことがない酷薄な笑みを浮かべて、そう言った。
リヒトは呆気にとられる。
「はじめまして、だって? フレッド……?」
「俺はレイルの兄弟のようなもんさ。こいつの身体の中で今までずっと眠ってたんだ。きっかけがなきゃ、レイルと交代することはなかっただろう」
どうやら噂に聞いたことのある二重人格という奴らしい。リヒトは説明を聞きながら徐々に冷静さを取り戻した。
一方、仮面の男、オーディンの方はリヒトと違い、以前のレイルを知らないので、そんなに驚いていない。
「予想通り、強力な天魔を持っていたようだな。君こそ魔王にふさわしい!」
「魔王?」
「我々、天魔の救世主となる存在だよ。君に救世主になってもらいたい。迫害され、差別される天魔の能力者を取りまとめて、天魔の国を作るんだ!」
オーディンは仮面の奥の目を輝かせて熱弁する。
「いずれは聖骸教会を打倒し、世界を天魔の支配下に……ぐっ」
「ぐちゃぐちゃうるせえ」
熱弁をふるうオーディンに近付いたレイル……いや、フレッドは、腕を伸ばして男の喉を掴んだ。リヒトはぎょっとする。距離を詰めるまで約十数秒、無造作に伸ばされた腕を男は避けようとしたが、できなかった。
天魔の力が働いているのか、少年の細腕は軽々と男の首を掴んで持ち上げる。
「てめえは詫びを入れるのが先だろ? その後でなら、魔王だか救世主だか知らないが、話を聞いてやってもいい」
男の喉を絞めあげたフレッドは残虐な笑みを浮かべる。
リヒトはもう一人の幼馴染み、アニスが天魔に目覚めた時のことを思い出した。あの時のアニスは天魔を暴走させそうな勢いだったが、このフレッドの雰囲気もかなり危うい。
「……フレッド。首を絞めたら謝罪ができないだろう」
あの時と同じように、リヒトは冷静に突っ込みを入れる。
できれば流血沙汰は避けたかった。
心開眼で蒼く染まった視界で、リヒトはある異変に気付く。フレッドを名乗る幼馴染みと、自分との間にあった絆の糸が消えている。さらに、レイルから生じていた無数の絆の糸の一切が消失していた。
では、本当にフレッドはレイルとは別人なのだ。糸が無いのは今まで彼がレイルの中で眠っていたからだろうか。
リヒトの背筋にヒヤリとした感触が伝う。
自分の言葉は彼に届くだろうか。
「おっと。そうだな……」
「ごほっ」
しかしフレッドはあっさり男の首から手を離した。
オーディンは地面に尻餅を付いて咳き込む。
「おっさん、天魔の国を作るって? そこを俺の好きにさせてくれるのか?」
「あ、ああ」
「フレッド?!」
フレッドは男を上から見下ろして楽しそうに笑う。
もう嫌な予感しかしないリヒトだった。
「決ーめた! 俺はこの、魔王信者とかいう奴らに付いていく。その方が面白そうだ」
リヒトは少年の出した結論に絶句した。
幼馴染みのレイルなら絶対とらない選択肢だ。
この先の行動を早々と決めてしまったフレッドは、愉悦のこもった赤い瞳を動揺するリヒトに向けた。
「さあて、リヒト。お前はどうする? お前も天魔の能力者みたいだけど、一緒に来ないのか?」
リヒトは既視感を覚える。羊の番をしていた頃、レイルは「一緒に街に行こう」と誘ってきたのだった。
あの時は羊を優先したいからと断った。
今度は……。
先ほどから海面が上昇していて、海水が洞窟に流れこみ始めている。水位が上がって足が水に浸かった。どんどん増える海水に嫌な予感を覚えながら、リヒトは水を掻き分けて走る。
そしてさほど進まない内に、引き返してきたらしい仮面の男オーディンと鉢合わせした。
「君は……試練を乗り越えてきたのか! しかもその瞳の色! サザンカの言うことは半信半疑だったが、天魔の能力者なのは間違いないようだ」
絆を辿るためにリヒトは心開眼を使用中だった。妖しく輝く蒼の瞳を見てオーディンは感嘆する。
「話をしよう、少年。事情を知れば君も我々に協力するはずだ……」
「結構です。僕は亡き母に、怪しい叔父さんに話し掛けられたら無視するよう教育されましたので」
何か説明しようとするオーディンを、リヒトは途中で遮った。
水面の上昇が止まらない。
洞窟の奥にレイルがいるなら、早く助け出さないと命に関わるだろう。
問答をしている時間が惜しい。
いざとなれば敵の男の絆を数本切って、洞窟の奥に駆け込もうとリヒトは考えた。
しかし、その時、洞窟が地震にあったように大きく揺れる。
「なんだ?!」
揺れはすぐに収まった。
足元で上昇を続けていた水面が逆流を始める。
水位がどんどん下がっていく。
「おお、あの少年の天魔が目覚めたのか」
「……レイルに何をした?」
男の言葉に不吉なものを感じたリヒトは、低い声で詰問する。オーディンは「すぐに分かる」と含み笑いをした。
話しているうちに足元の海水は引いて、地面が剥き出しになる。
洞窟の奥から軽い足音がして幼馴染みが姿を現した。
「レイル……?」
自力で拘束を解いて出てきたようだ。
海水と泥に汚れた衣服から突き出た白い手足には、擦り傷の跡が見える。レイルは青ざめた顔をしていたが、瞳だけは生気に満ちて炯々と光る赤に染まっていた。
様子がおかしい。
気弱だが、いつも明るく前向きな幼馴染みの雰囲気とは掛け離れている。
「違う。俺はフレッドだ。はじめまして、だな。リヒト」
幼馴染みは見たことがない酷薄な笑みを浮かべて、そう言った。
リヒトは呆気にとられる。
「はじめまして、だって? フレッド……?」
「俺はレイルの兄弟のようなもんさ。こいつの身体の中で今までずっと眠ってたんだ。きっかけがなきゃ、レイルと交代することはなかっただろう」
どうやら噂に聞いたことのある二重人格という奴らしい。リヒトは説明を聞きながら徐々に冷静さを取り戻した。
一方、仮面の男、オーディンの方はリヒトと違い、以前のレイルを知らないので、そんなに驚いていない。
「予想通り、強力な天魔を持っていたようだな。君こそ魔王にふさわしい!」
「魔王?」
「我々、天魔の救世主となる存在だよ。君に救世主になってもらいたい。迫害され、差別される天魔の能力者を取りまとめて、天魔の国を作るんだ!」
オーディンは仮面の奥の目を輝かせて熱弁する。
「いずれは聖骸教会を打倒し、世界を天魔の支配下に……ぐっ」
「ぐちゃぐちゃうるせえ」
熱弁をふるうオーディンに近付いたレイル……いや、フレッドは、腕を伸ばして男の喉を掴んだ。リヒトはぎょっとする。距離を詰めるまで約十数秒、無造作に伸ばされた腕を男は避けようとしたが、できなかった。
天魔の力が働いているのか、少年の細腕は軽々と男の首を掴んで持ち上げる。
「てめえは詫びを入れるのが先だろ? その後でなら、魔王だか救世主だか知らないが、話を聞いてやってもいい」
男の喉を絞めあげたフレッドは残虐な笑みを浮かべる。
リヒトはもう一人の幼馴染み、アニスが天魔に目覚めた時のことを思い出した。あの時のアニスは天魔を暴走させそうな勢いだったが、このフレッドの雰囲気もかなり危うい。
「……フレッド。首を絞めたら謝罪ができないだろう」
あの時と同じように、リヒトは冷静に突っ込みを入れる。
できれば流血沙汰は避けたかった。
心開眼で蒼く染まった視界で、リヒトはある異変に気付く。フレッドを名乗る幼馴染みと、自分との間にあった絆の糸が消えている。さらに、レイルから生じていた無数の絆の糸の一切が消失していた。
では、本当にフレッドはレイルとは別人なのだ。糸が無いのは今まで彼がレイルの中で眠っていたからだろうか。
リヒトの背筋にヒヤリとした感触が伝う。
自分の言葉は彼に届くだろうか。
「おっと。そうだな……」
「ごほっ」
しかしフレッドはあっさり男の首から手を離した。
オーディンは地面に尻餅を付いて咳き込む。
「おっさん、天魔の国を作るって? そこを俺の好きにさせてくれるのか?」
「あ、ああ」
「フレッド?!」
フレッドは男を上から見下ろして楽しそうに笑う。
もう嫌な予感しかしないリヒトだった。
「決ーめた! 俺はこの、魔王信者とかいう奴らに付いていく。その方が面白そうだ」
リヒトは少年の出した結論に絶句した。
幼馴染みのレイルなら絶対とらない選択肢だ。
この先の行動を早々と決めてしまったフレッドは、愉悦のこもった赤い瞳を動揺するリヒトに向けた。
「さあて、リヒト。お前はどうする? お前も天魔の能力者みたいだけど、一緒に来ないのか?」
リヒトは既視感を覚える。羊の番をしていた頃、レイルは「一緒に街に行こう」と誘ってきたのだった。
あの時は羊を優先したいからと断った。
今度は……。
0
お気に入りに追加
1,609
あなたにおすすめの小説
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
ぽっちゃり無双 ~まんまる女子、『暴食』のチートスキルで最強&飯テロ異世界生活を満喫しちゃう!~
空戯K
ファンタジー
ごく普通のぽっちゃり女子高生、牧 心寧(まきころね)はチートスキルを与えられ、異世界で目を覚ました。
有するスキルは、『暴食の魔王』。
その能力は、“食べたカロリーを魔力に変換できる”というものだった。
強大なチートスキルだが、コロネはある裏技に気づいてしまう。
「これってつまり、適当に大魔法を撃つだけでカロリー帳消しで好きなもの食べ放題ってこと!?」
そう。
このチートスキルの真価は新たな『ゼロカロリー理論』であること!
毎日がチートデーと化したコロネは、気ままに無双しつつ各地の異世界グルメを堪能しまくる!
さらに、食に溺れる生活を楽しんでいたコロネは、次第に自らの料理を提供したい思いが膨らんできて――
「日本の激ウマ料理も、異世界のド級ファンタジー飯も両方食べまくってやるぞぉおおおおおおおお!!」
コロネを中心に異世界がグルメに染め上げられていく!
ぽっちゃり×無双×グルメの異世界ファンタジー開幕!
※基本的に主人公は少しずつ太っていきます。
※45話からもふもふ登場!!
俺、猫になっちゃいました?!
空色蜻蛉
BL
ちょっと美青年なだけの普通の高校生の俺は、ある日突然、猫に変身する体質になってしまった。混乱する俺を助けたのは、俺と真逆のクール系で普段から気に入らないと思っていた天敵の遠藤。
初めてまともに話した遠藤は「自分も猫族だ」とか訳わかんねえことを言ってきて……。
プライドの高い猫×猫(受け同士という意味ではない)のコメディー風味BL。
段々仲良くなっていくと尻尾を絡ませ合ったり毛繕いしたりする……予定。
※が付く話は、軽微な性描写もしくはがっつりそういうシーンが入ります
◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。
男女比1/100の世界で《悪男》は大海を知る
イコ
ファンタジー
男女貞操逆転世界を舞台にして。
《悪男》としてのレッテルを貼られたマクシム・ブラックウッド。
彼は己が運命を嘆きながら、処刑されてしまう。
だが、彼が次に目覚めた時。
そこは十三歳の自分だった。
処刑されたことで、自分の行いを悔い改めて、人生をやり直す。
これは、本物の《悪男》として生きる決意をして女性が多い世界で生きる男の話である。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!
夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ)
安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると
めちゃめちゃ強かった!
気軽に読めるので、暇つぶしに是非!
涙あり、笑いあり
シリアスなおとぼけ冒険譚!
異世界ラブ冒険ファンタジー!
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる