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第五章
02 塩バターソース
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勇者というのは必ず恥ずかしい二つ名が付くものなのだろうか。
リヒトは○○の勇者と呼ばれる自分を想像して、げんなりした。絶対に嫌だ。大層な二つ名など欲しくない。教会に行かなくて本当に良かった。
宿屋の前で角を突き合わせたソラリアと、スサノオという名前の赤毛の勇者だったが、リヒトと羊のメリーさんが促すと渋々、宿屋の建物の中に入った。
どうやら顔見知りらしいが、仲は良くなさそうだ。
「休業中だって? 教会の指令を無視して何をやってるんだ」
「何って観光旅行です。あなたこそ、何故こんなところにいるのです?」
「俺は……里帰りだ」
赤毛の勇者はソラリアの返しにバツの悪い顔を見せた。
「里帰り? あなたはバブーンの出身だったのですか」
「そうだよ! たまには故郷に帰って羽を伸ばしても良いだろう!? 悪いか?!」
スサノオは逆上する。
ちなみにこの海辺の街はバブーンという小国に属している。アントイータよりも更に小さい、国というより沿岸の都市の連合のような国家だ。
「……別に帰ってこなくても良かったのに」
「何?!」
宿屋の娘、モモが勇者の会話に横やりを入れる。
彼女は腕組みして続けた。
「俺は勇者になるー! って、出て行って何処をほっつき歩いてるのかと思ったら、突然帰ってきて。てっきり無職で食うに困ったから帰ってきたのかと思ったわ」
「違う! 俺は勇者になったんだ! 勇者になったから約束通りお前を」
「はいはい。寝言は寝てから言って。商売の邪魔になるから出てって頂戴」
モモは「しっしっ」と犬を追い払うように手を振る。
赤毛の勇者スサノオは悔しそうな悲しそうな、何とも言えない表情になった。
「くそぅ! 俺は諦めないからなー!」
負け犬の遠吠えのような台詞を残してスサノオは宿から出て行った。
何やら宿屋の娘と赤毛の勇者の間には事情がありそうだ。
慣れた様子で手早くスサノオを追い出したモモは、リヒト達をテーブルに案内する。
「さっきはそっちの女の人も勇者だって言ってたけど、冗談だよね?」
「信じてないんだ……」
「あの馬鹿が勇者になれる訳ないもの! 聖剣も持ってないし、冗談だって、皆言ってるわ」
そういえば、スサノオは勇者の証である聖剣を腰に下げていなかった。
休業中のソラリアと勇者ではないが聖剣を持つアニスは、それぞれ剣を布でぐるぐる巻きにして荷物につっこんでいた。勇者だとバレて仕事を頼まれるのが嫌だそうだ。
「後で二階の部屋に案内するわ。その前に何か食べてく?」
宿屋の一階は食堂になっていた。
奥は厨房になっているらしく、鍋をかき回す音や魚が焼ける良い匂いがする。
モモの案内に、リヒト達は顔を見合わせる。
「あー、お腹空いた。私、何か食べたい!」
アニスが手を上げて宣言した。
「さっきタコ焼きを食べたばかりじゃないか」
窘めたリヒトだったが、実はお腹が空いていた。
ちょうど昼食の時刻でまだお昼ご飯を食べていなかったのだ。確かにタコ焼きの串一本では物足りない。一行はモモの勧めもあり、食堂で昼食を取ることにする。
しばらく待つと、海際の街らしく海産物ばかりの食事が出てきた。
「こっちは魚として……これは何ですか?」
大皿に盛られた焼き魚に混じる、不思議な物体を、リヒトはフォークでつつく。
人間の頭くらいある赤くて丸い球体のような生き物が皿の中央に乗っかっている。球体からは見覚えのある太い紐のような足が複数生えていた。
「タコの姿焼きよ!」
「はあ、これがタコ……」
焼かれたばかりで湯気の上がるタコを、リヒトはしげしげと眺めた。
それにしても魚もタコも焼いただけでスパイスの類はかかっておらず、塩味だけで味気ない。山育ちのリヒトは舌が肥えている訳ではないが、鳥やイノシシを香草焼きで食べる機会もあるので何となく物足りなかった。
鞄から干した香草を砕いた粉を入れた小瓶と、もうひとつ水の入った小瓶を取り出す。水の中には白い固形物が浮かんでいる。リヒトは自分の皿に取り分けた魚に、小瓶から出した粉をひとつまみ振りかけ、もうひとつの小瓶から白い指先ほど固形物をすくいとる。
焼き魚の熱で白い固形物は溶けて黄色い油になった。
リヒトの手元をのぞきこんだアニスが歓声を上げる。
「あ、バター! リヒト、持ってきてたんだ!」
「うん。長く保存できないから、そろそろ使い切らないとと思ってたところさ」
塩とバターと香草が混じりあって、香ばしい良い匂いが立ち上る。
淡泊な魚やタコに、バターのコクと香草のスパイスは良くあっていた。即席ソースで美味しそうに魚を食べるリヒトのもとに視線が集まる。
「へえ、そういう食べ方があるのか、勉強になったよ。それってアントイータ産のバター? 今度、機会があったら行商人から買い取ろうかしら」
「羊さんのバターです。羊さんミルクも美味しいので、アントイータに行く機会があったら飲んでみてください」
「メエー(よろしくね)」
感心する宿屋の娘のモモに、リヒトはちゃっかり羊さんの良さを宣伝しておいた。
羊のメリーさんもアピールするように鳴いたが、食堂の喧騒にまぎれて誰も聞いていなかった。
ソラリアやカルマも塩バターソースを食べたいと言ったので皿にバターを取り分ける。もともと少ししかなかったので、バターの小瓶は空になった。
塩バターソースで焼き魚を食べながら、ソラリアがこの先の予定について聞いてくる。
「私たちは明日、タコ焼き合戦に参加する予定ですが、リヒトはどうするのです?」
「僕は、レイルを探すよ」
タコの足を切り分けながら、リヒトは答える。
リヒトの天魔は幼馴染が近くにいると言っていた。皆がタコ焼き合戦に集中している間に、絆を辿ってレイルを探し出して助けるのだ。
リヒトは○○の勇者と呼ばれる自分を想像して、げんなりした。絶対に嫌だ。大層な二つ名など欲しくない。教会に行かなくて本当に良かった。
宿屋の前で角を突き合わせたソラリアと、スサノオという名前の赤毛の勇者だったが、リヒトと羊のメリーさんが促すと渋々、宿屋の建物の中に入った。
どうやら顔見知りらしいが、仲は良くなさそうだ。
「休業中だって? 教会の指令を無視して何をやってるんだ」
「何って観光旅行です。あなたこそ、何故こんなところにいるのです?」
「俺は……里帰りだ」
赤毛の勇者はソラリアの返しにバツの悪い顔を見せた。
「里帰り? あなたはバブーンの出身だったのですか」
「そうだよ! たまには故郷に帰って羽を伸ばしても良いだろう!? 悪いか?!」
スサノオは逆上する。
ちなみにこの海辺の街はバブーンという小国に属している。アントイータよりも更に小さい、国というより沿岸の都市の連合のような国家だ。
「……別に帰ってこなくても良かったのに」
「何?!」
宿屋の娘、モモが勇者の会話に横やりを入れる。
彼女は腕組みして続けた。
「俺は勇者になるー! って、出て行って何処をほっつき歩いてるのかと思ったら、突然帰ってきて。てっきり無職で食うに困ったから帰ってきたのかと思ったわ」
「違う! 俺は勇者になったんだ! 勇者になったから約束通りお前を」
「はいはい。寝言は寝てから言って。商売の邪魔になるから出てって頂戴」
モモは「しっしっ」と犬を追い払うように手を振る。
赤毛の勇者スサノオは悔しそうな悲しそうな、何とも言えない表情になった。
「くそぅ! 俺は諦めないからなー!」
負け犬の遠吠えのような台詞を残してスサノオは宿から出て行った。
何やら宿屋の娘と赤毛の勇者の間には事情がありそうだ。
慣れた様子で手早くスサノオを追い出したモモは、リヒト達をテーブルに案内する。
「さっきはそっちの女の人も勇者だって言ってたけど、冗談だよね?」
「信じてないんだ……」
「あの馬鹿が勇者になれる訳ないもの! 聖剣も持ってないし、冗談だって、皆言ってるわ」
そういえば、スサノオは勇者の証である聖剣を腰に下げていなかった。
休業中のソラリアと勇者ではないが聖剣を持つアニスは、それぞれ剣を布でぐるぐる巻きにして荷物につっこんでいた。勇者だとバレて仕事を頼まれるのが嫌だそうだ。
「後で二階の部屋に案内するわ。その前に何か食べてく?」
宿屋の一階は食堂になっていた。
奥は厨房になっているらしく、鍋をかき回す音や魚が焼ける良い匂いがする。
モモの案内に、リヒト達は顔を見合わせる。
「あー、お腹空いた。私、何か食べたい!」
アニスが手を上げて宣言した。
「さっきタコ焼きを食べたばかりじゃないか」
窘めたリヒトだったが、実はお腹が空いていた。
ちょうど昼食の時刻でまだお昼ご飯を食べていなかったのだ。確かにタコ焼きの串一本では物足りない。一行はモモの勧めもあり、食堂で昼食を取ることにする。
しばらく待つと、海際の街らしく海産物ばかりの食事が出てきた。
「こっちは魚として……これは何ですか?」
大皿に盛られた焼き魚に混じる、不思議な物体を、リヒトはフォークでつつく。
人間の頭くらいある赤くて丸い球体のような生き物が皿の中央に乗っかっている。球体からは見覚えのある太い紐のような足が複数生えていた。
「タコの姿焼きよ!」
「はあ、これがタコ……」
焼かれたばかりで湯気の上がるタコを、リヒトはしげしげと眺めた。
それにしても魚もタコも焼いただけでスパイスの類はかかっておらず、塩味だけで味気ない。山育ちのリヒトは舌が肥えている訳ではないが、鳥やイノシシを香草焼きで食べる機会もあるので何となく物足りなかった。
鞄から干した香草を砕いた粉を入れた小瓶と、もうひとつ水の入った小瓶を取り出す。水の中には白い固形物が浮かんでいる。リヒトは自分の皿に取り分けた魚に、小瓶から出した粉をひとつまみ振りかけ、もうひとつの小瓶から白い指先ほど固形物をすくいとる。
焼き魚の熱で白い固形物は溶けて黄色い油になった。
リヒトの手元をのぞきこんだアニスが歓声を上げる。
「あ、バター! リヒト、持ってきてたんだ!」
「うん。長く保存できないから、そろそろ使い切らないとと思ってたところさ」
塩とバターと香草が混じりあって、香ばしい良い匂いが立ち上る。
淡泊な魚やタコに、バターのコクと香草のスパイスは良くあっていた。即席ソースで美味しそうに魚を食べるリヒトのもとに視線が集まる。
「へえ、そういう食べ方があるのか、勉強になったよ。それってアントイータ産のバター? 今度、機会があったら行商人から買い取ろうかしら」
「羊さんのバターです。羊さんミルクも美味しいので、アントイータに行く機会があったら飲んでみてください」
「メエー(よろしくね)」
感心する宿屋の娘のモモに、リヒトはちゃっかり羊さんの良さを宣伝しておいた。
羊のメリーさんもアピールするように鳴いたが、食堂の喧騒にまぎれて誰も聞いていなかった。
ソラリアやカルマも塩バターソースを食べたいと言ったので皿にバターを取り分ける。もともと少ししかなかったので、バターの小瓶は空になった。
塩バターソースで焼き魚を食べながら、ソラリアがこの先の予定について聞いてくる。
「私たちは明日、タコ焼き合戦に参加する予定ですが、リヒトはどうするのです?」
「僕は、レイルを探すよ」
タコの足を切り分けながら、リヒトは答える。
リヒトの天魔は幼馴染が近くにいると言っていた。皆がタコ焼き合戦に集中している間に、絆を辿ってレイルを探し出して助けるのだ。
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