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5島連盟編
08 風の島アウリガ
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数日の空の旅を経て、今、アサヒの目の前には風の島アウリガが姿を現そうとしている。
風の島アウリガは林檎の皮をくるくると剥いてぶらさげたような、平べったい帯が回転しながら上下にのびている形をしている。
「地面がこう、斜めってる訳だろ。住みにくくないのかな……」
「外から見ると住みにくく見えるかもしれないけど、実際はゆるやかな勾配で、特に街の立っている場所は平な地面と変わらないのよ」
純粋な疑問に首をかしげたアサヒに、地元人のユエリが解説した。
アウリガを眺めるピクシスの面々には緊張感がある。
ここはもう敵地の前だ。
念のため風の島から少し離れた場所で休憩をとり、竜騎士全員が動けるように態勢を整えていた。
「……まずは伝令を送る。事前の打ち合わせ通り、アウリガが応じないようなら飛行船ごと引き返す。追撃されて振り切れないようなら、飛行船は放棄し、乗組員は竜に乗せて帰島する」
「ああ」
ヒズミが淡々と流れを確認する。
万が一、飛行船を放棄するような状況になれば、飛行船に乗せたコローナの兵士達は空に放り出すことになる。だが、アサヒは彼らを最悪の状況でない限り見捨てるつもりはなかった。こちらは竜王が二人も付いているのだ。大概のことには対応できるだろう。
一緒に来てくれたピクシスの竜騎士の一人に、伝令の旗を付けてアウリガに飛んでもらう。
アサヒ達は固唾をのんで結果を待った。
やがて、伝令が戻ってくる。
「……捕虜返還に応じるそうです」
思ったよりスムーズに話が進んだらしい。
アサヒは少し安心したが、同時に嫌な予感も覚える。
「話がうまくいきすぎるな……」
同じことを考えていたらしいヒズミが腕組みをしたまま呟いた。
「でも、飛び込むしかないだろ。虎穴に入らずんば、って言うし」
虎はこの世界では絶滅して存在しない動物だ。伝説で姿を見せるモンスターの類である。
余談はともかく、アサヒ達は慎重に飛行船を伴ってアウリガに近づいた。
アウリガからは複数の竜騎士からなる大部隊がやってくる。
両者は距離をつめて向かい合った。
敵の竜騎士の部隊の中から、ひと際大きい体格の鋼色の竜が進み出る。
隊長騎のようだ。
鋼色の竜の背に乗っているのは、痩せぎすの長身に立派な装飾の付いた胸当てを付けた男だった。何が楽しいのか、緊張した空気に不似合いな薄笑いを浮かべている。
「捕虜を返してくれるって?」
低く軽快な響きの声だった。
代表同士の話し合いのために、向かい合った敵味方の部隊の前で、ヒズミを先頭に立ててアサヒが斜め後ろに付く形で進み出る。竜同士が接触しないギリギリの距離まで寄せて、その男の顔を見た時、アサヒは戦慄を覚えた。
聞き覚えのある声だ。この男とは会ったことがある。
竜王の代理として先頭に立っているヒズミは、薄笑いを浮かべる男の態度に違和感を感じながらも、平静に答えた。
「そうだ。先日、我が島を襲った光竜王配下の、コローナの兵。中にはアウリガ出身の者もいる。天覇同盟の貴国にお返ししよう」
もちろん、タダで返したり、普通はしない。
一人につき身代金を請求する形にして、戦争でこうむった損害を少しでも取り戻す交渉が、捕虜返還の肝だ。良心のあるまっとうな国なら、国民の声を無視できないので捕虜返還に応じるものだが、アウリガはどうなのだろう。
ヒズミの後ろでアサヒはこっそり敵の竜騎士達の様子を観察する。
今回はヤモリは地味な方の姿に化けてもらっている。今のアサヒは、ヒズミという隊長クラスに付き従う部下に見えるはずだ。
「返してくれる、ってのはありがたいなあ。じゃあ、とっととその飛行船を置いて帰れよ。火の島の負け犬ども」
あざ笑うように言った男の台詞に、アサヒは絶句した。
はなから交渉無視と来たか。
「……貴国は、竜騎士以外の、一般の兵士の命はどうでも良いと?」
一瞬、鼻白んだヒズミだが、相手のペースには応じずに淡々と返す。
敵の男は笑った。
「そいつらを助けて何になる? たいして役にも立たねえ。わざわざ荷物を運んでくるなんざ、火の島の竜騎士も暇なんだな」
「伝令には、捕虜返還に応じると聞いたが」
「応じてやるぜ。お前らを殺してなあっ!」
鋼色の竜は頭を伸ばして、ヒズミの深紅の竜に噛みつこうとする。
深紅の竜はすばやく回避した。
「決裂か。残念だ」
「んん、その澄ました顔、どこかで見たことがあるぞ。ああ、そうだ。何年か前にピクシスに行った時に殺した奴にそっくりだな」
「……何だと?」
「あれは良かった、ブライドにたっぷり餌を食わせられたからな。まったく、光竜王様さまだぜ。他の島に戦争しに行く時くらいしか、竜に人間を食わせられないからな!」
通常、竜は人を食わない。
だが人を食った竜は強くなる、という根も葉もない噂があることは知っていた。
アサヒは竜の背でゆっくり立ち上がる。
むせ返る程の血の匂いと赤く染まった床、迫りくる炎の熱さがよみがえってくるようだった。
「……そうか。あんたが」
「あん?」
忘れていた怒りが胸を満たしていく。
立ち上がったアサヒを振り返り、ヒズミは眉を上げた。
「事前の打ち合わせでは、引き返すことになっていたが」
「予定変更だ、ヒズミ」
「仕方がないな。しかし私も、せめてひと槍撃たないことには気が収まらない」
目の前の男は、自分達兄弟の運命を変えた元凶、両親を殺したと思われる仇だ。
アサヒとヒズミは視線を交わして互いの戦意を確認する。
抗戦の雰囲気を感じた敵の竜騎士が言う。
「おいおい、やるのか。そんな少ない人数で勝てると思ってるのかよ」
ピクシス側は、飛行船一隻と十名に満たない竜騎士の数だ。
それに対してアウリガの竜騎士部隊は数十~百騎におよぶ。
数の上では圧倒的にピクシス側が不利だ、と向こうは思うだろう。
「あんたが悪党で良かったよ。遠慮なく叩きつぶせる」
アサヒは冷笑した。
戦意に同調するように足元から金色の火の粉が舞った。ヤモリが変身した竜が一声吠えて、偽装を解除する。枯れ葉色の体色は夜空のような漆黒へ、象げ色の角は王冠のように輝く黄金へ、平凡なコウモリ型の一対の翼は、黄金の炎を被膜から噴き出す二対の翼に変貌する。
「内なる大気、外なる世界……これは天が下せし裁定の火」
「……まさかっ?! 全軍、回避しろ……」
「遅い」
こちらは少人数だ。油断すれば誰かを失うかもしれない。
一切の手加減をせずに、アサヒは全力の炎を解き放った。
「燃え尽きろ、天津炎!!」
空に黄金の流星が降る。
風の島アウリガは林檎の皮をくるくると剥いてぶらさげたような、平べったい帯が回転しながら上下にのびている形をしている。
「地面がこう、斜めってる訳だろ。住みにくくないのかな……」
「外から見ると住みにくく見えるかもしれないけど、実際はゆるやかな勾配で、特に街の立っている場所は平な地面と変わらないのよ」
純粋な疑問に首をかしげたアサヒに、地元人のユエリが解説した。
アウリガを眺めるピクシスの面々には緊張感がある。
ここはもう敵地の前だ。
念のため風の島から少し離れた場所で休憩をとり、竜騎士全員が動けるように態勢を整えていた。
「……まずは伝令を送る。事前の打ち合わせ通り、アウリガが応じないようなら飛行船ごと引き返す。追撃されて振り切れないようなら、飛行船は放棄し、乗組員は竜に乗せて帰島する」
「ああ」
ヒズミが淡々と流れを確認する。
万が一、飛行船を放棄するような状況になれば、飛行船に乗せたコローナの兵士達は空に放り出すことになる。だが、アサヒは彼らを最悪の状況でない限り見捨てるつもりはなかった。こちらは竜王が二人も付いているのだ。大概のことには対応できるだろう。
一緒に来てくれたピクシスの竜騎士の一人に、伝令の旗を付けてアウリガに飛んでもらう。
アサヒ達は固唾をのんで結果を待った。
やがて、伝令が戻ってくる。
「……捕虜返還に応じるそうです」
思ったよりスムーズに話が進んだらしい。
アサヒは少し安心したが、同時に嫌な予感も覚える。
「話がうまくいきすぎるな……」
同じことを考えていたらしいヒズミが腕組みをしたまま呟いた。
「でも、飛び込むしかないだろ。虎穴に入らずんば、って言うし」
虎はこの世界では絶滅して存在しない動物だ。伝説で姿を見せるモンスターの類である。
余談はともかく、アサヒ達は慎重に飛行船を伴ってアウリガに近づいた。
アウリガからは複数の竜騎士からなる大部隊がやってくる。
両者は距離をつめて向かい合った。
敵の竜騎士の部隊の中から、ひと際大きい体格の鋼色の竜が進み出る。
隊長騎のようだ。
鋼色の竜の背に乗っているのは、痩せぎすの長身に立派な装飾の付いた胸当てを付けた男だった。何が楽しいのか、緊張した空気に不似合いな薄笑いを浮かべている。
「捕虜を返してくれるって?」
低く軽快な響きの声だった。
代表同士の話し合いのために、向かい合った敵味方の部隊の前で、ヒズミを先頭に立ててアサヒが斜め後ろに付く形で進み出る。竜同士が接触しないギリギリの距離まで寄せて、その男の顔を見た時、アサヒは戦慄を覚えた。
聞き覚えのある声だ。この男とは会ったことがある。
竜王の代理として先頭に立っているヒズミは、薄笑いを浮かべる男の態度に違和感を感じながらも、平静に答えた。
「そうだ。先日、我が島を襲った光竜王配下の、コローナの兵。中にはアウリガ出身の者もいる。天覇同盟の貴国にお返ししよう」
もちろん、タダで返したり、普通はしない。
一人につき身代金を請求する形にして、戦争でこうむった損害を少しでも取り戻す交渉が、捕虜返還の肝だ。良心のあるまっとうな国なら、国民の声を無視できないので捕虜返還に応じるものだが、アウリガはどうなのだろう。
ヒズミの後ろでアサヒはこっそり敵の竜騎士達の様子を観察する。
今回はヤモリは地味な方の姿に化けてもらっている。今のアサヒは、ヒズミという隊長クラスに付き従う部下に見えるはずだ。
「返してくれる、ってのはありがたいなあ。じゃあ、とっととその飛行船を置いて帰れよ。火の島の負け犬ども」
あざ笑うように言った男の台詞に、アサヒは絶句した。
はなから交渉無視と来たか。
「……貴国は、竜騎士以外の、一般の兵士の命はどうでも良いと?」
一瞬、鼻白んだヒズミだが、相手のペースには応じずに淡々と返す。
敵の男は笑った。
「そいつらを助けて何になる? たいして役にも立たねえ。わざわざ荷物を運んでくるなんざ、火の島の竜騎士も暇なんだな」
「伝令には、捕虜返還に応じると聞いたが」
「応じてやるぜ。お前らを殺してなあっ!」
鋼色の竜は頭を伸ばして、ヒズミの深紅の竜に噛みつこうとする。
深紅の竜はすばやく回避した。
「決裂か。残念だ」
「んん、その澄ました顔、どこかで見たことがあるぞ。ああ、そうだ。何年か前にピクシスに行った時に殺した奴にそっくりだな」
「……何だと?」
「あれは良かった、ブライドにたっぷり餌を食わせられたからな。まったく、光竜王様さまだぜ。他の島に戦争しに行く時くらいしか、竜に人間を食わせられないからな!」
通常、竜は人を食わない。
だが人を食った竜は強くなる、という根も葉もない噂があることは知っていた。
アサヒは竜の背でゆっくり立ち上がる。
むせ返る程の血の匂いと赤く染まった床、迫りくる炎の熱さがよみがえってくるようだった。
「……そうか。あんたが」
「あん?」
忘れていた怒りが胸を満たしていく。
立ち上がったアサヒを振り返り、ヒズミは眉を上げた。
「事前の打ち合わせでは、引き返すことになっていたが」
「予定変更だ、ヒズミ」
「仕方がないな。しかし私も、せめてひと槍撃たないことには気が収まらない」
目の前の男は、自分達兄弟の運命を変えた元凶、両親を殺したと思われる仇だ。
アサヒとヒズミは視線を交わして互いの戦意を確認する。
抗戦の雰囲気を感じた敵の竜騎士が言う。
「おいおい、やるのか。そんな少ない人数で勝てると思ってるのかよ」
ピクシス側は、飛行船一隻と十名に満たない竜騎士の数だ。
それに対してアウリガの竜騎士部隊は数十~百騎におよぶ。
数の上では圧倒的にピクシス側が不利だ、と向こうは思うだろう。
「あんたが悪党で良かったよ。遠慮なく叩きつぶせる」
アサヒは冷笑した。
戦意に同調するように足元から金色の火の粉が舞った。ヤモリが変身した竜が一声吠えて、偽装を解除する。枯れ葉色の体色は夜空のような漆黒へ、象げ色の角は王冠のように輝く黄金へ、平凡なコウモリ型の一対の翼は、黄金の炎を被膜から噴き出す二対の翼に変貌する。
「内なる大気、外なる世界……これは天が下せし裁定の火」
「……まさかっ?! 全軍、回避しろ……」
「遅い」
こちらは少人数だ。油断すれば誰かを失うかもしれない。
一切の手加減をせずに、アサヒは全力の炎を解き放った。
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