上 下
32 / 120
学院編

22 消えない炎(2017/12/6 新規追加)

しおりを挟む
 孤児時代に妹のように可愛がった少女ハナビは、実はまだ王都アケボノに滞在していた。アサヒと一緒に観光したいと言って。

「願いを叶えてやれよ、兄貴。ひっく」
「俺がハナビを観光に連れてってる間に酒を断ってくれ」

 酒臭い大人にアサヒは顔をしかめる。
 竜騎士トウマは王都の居酒屋に入り浸って、すっかり駄目な大人になりさがっていた。

「確かにそろそろ帰らないとやべえな……」

 トウマは赤茶けた髪をかき回して呟く。
 やっと酔いが醒めてきたらしい。
 アサヒは王都に詳しいカズオミに案内を頼んで、休日にハナビと一緒に近辺の観光地を回ることにした。

「あれ? あの時のお姉ちゃんは? 同じ学校なんでしょ」

 同行者を見て、ハナビが無邪気に首をかしげる。
 アサヒは胸が痛むのを感じた。

「あいつは……ユエリは今日はいないんだよ」
「ふーん」

 ユエリ・フウはアウリガの間者とばれて捕まった。
 その事をアサヒはうまく消化できずにいる。
 敵とは言っても、彼女は思いやり深く気立ての良い少女だ。できれば何事もなく、ピクシスから帰ってくれれば良いと願っていた。

「ハナビちゃん、僕で勘弁してよ」

 浮かない顔になったアサヒをフォローするように、カズオミがわざとらしいほど明るく言う。

「今日はとっておきの場所に連れていってあげるから! 街の外を少し歩いて登ったところに、炎竜王様を祀るほこらがあるんだよ。そこからの眺めがすごいんだ」
「わーい、行きたーい!」

 幸い何も知らないハナビは、すぐに観光に注意が向く。
 アサヒはほっとした。

「よし。行こうか」
「うん!」

 街の人混みを離れると、ハナビが手を繋いでとねだる。
 ほほえましい気分でアサヒは了承した。
 今は少女を通り越して女性へと成長しつつあるハナビだが、それでもアサヒにとっては可愛い妹以外には見えない。
 街を出て山道を登る。
 ハナビを連れているので青年二人は気をつかってペースを落とした。
 王都近くには火山の影響で温泉が多い。
 硫黄の匂いと煙が、時折、風と一緒に流れてくる。

「温泉卵を作れないかな……」
「何それ」
「温泉でゆっくり卵を煮るんだよ」

 不思議そうにするカズオミに、アサヒは前世の記憶を引っ張りだして説明する。炭酸泉があればラムネを作れるのに、とアサヒは考える。この世界の食事は素朴で悪くないが、たまに刺激が欲しくなる。
 少し登ると見晴らしが良い高台がある。
 眼下には王都アケボノを一望できた。

「わあ、街が見えるー!」
「後ろにあるのが炎竜王のほこらだよ」

 歓声を上げるハナビ。
 街の眺めから振り返ると、石を積み上げた小さな建築物があって、布などで飾り付けがされてあった。
 ほこらの奥には、かすかに燃える火の影が見える。

「ここに祀られているのは炎竜王の火。炎竜王の加護がピクシスにある証として、永遠に消えない炎だと言われてるんだ」
「消えない炎……」

 カズオミの解説にアサヒは祠を見つめる。
 なぜかこの場所を知っている気がした。
 見回すと、祠から続く細い道を見つける。
 王都アケボノとは逆方向のその道は、山あいの谷間に続いているようだった。

「アサヒ?」
「悪い。ちょっとこの道の先に行ってみたくなった。ハナビを頼めるか」
「別にいいよ。適当なところで戻ってきてね」

 山歩きに疲れたハナビは、祠の前で休んでいる。
 彼女の相手をカズオミに任せ、アサヒは谷間への道を辿る。
 見覚えのある風景に心臓が高鳴った。
 この先に行ってはいけない。
 そう感じながらアサヒはそれでも足を止められない。
 目を逸らしていた過去がこの先にある。

 道の先の谷間には、廃墟があった。
 火事にあってから放置されたらしく、柱や屋根が黒く焦げて半壊している。
 廃墟の前には白い花束が供えられていた。

 風に揺れる花を見つめていると、背後で足音が響く。

「……君も花を供えに来たのかい?」

 振り返るとそこにいたのは、青い髪の青年だった。一等級ソレルのハヤテ・クジョウだ。
 アサヒは嫌な動悸を感じながら返事をする。

「いいえ。ハヤテさんは、ここに家族が……?」
「いいや全然。代理で供えてるだけだよ。ここで死んだ家族がいるとすれば、君の方だろう」

 炎に包まれた館。
 逃げるアサヒを追う嗤い声。

「……俺のことを何か知ってるのか」
「知ってるよ。昔の君に会ったことは無いけど、親友から君のことは聞いている。薄情だなあ。せっかくアケボノに帰ってきたのに、死んだ家族に花も供えないなんて」

 ハヤテはアサヒの傍を通りすぎて、軽く屈むと、白い花束の隣に持ってきた花を添えた。
 アサヒは廃墟を見上げる。
 それでは本当にここが、孤児になる前にアサヒがいた家なのか。アケボノの街から少し離れているが、なぜこんなところで育てられていたのだろう。
 改めて廃墟の前を見て、気付く。
 花が供えられているということは、生き残った家族がいるということだ。

「家族は全員死んだと思ってた……」
「君の家族は、君の近くにいる。ま、向こうは君と話すつもりは無さそうだけどね」
「誰なんだよ」
「それは秘密」

 もったいぶる理由が何かあるのだろうか。しかも当事者はアサヒだというのに。
 もう少し話を聞きたかったが、ハヤテは「口止めされてるんだよね」と笑って、アサヒを置いて去った。
 彼がいなくなった後、アサヒは廃墟に近付いて調べたが、記憶を刺激するようなものは火事の痕跡以外残ってはいなかった。
 仕方なくアサヒは、ハナビとカズオミが待つ炎竜王の祠へ引き返した。


しおりを挟む
感想 121

あなたにおすすめの小説

お坊ちゃまはシャウトしたい ~歌声に魔力を乗せて無双する~

なつのさんち
ファンタジー
「俺のぉぉぉ~~~ 前にぃぃぃ~~~ ひれ伏せぇぇぇ~~~↑↑↑」 その男、絶叫すると最強。 ★★★★★★★★★ カラオケが唯一の楽しみである十九歳浪人生だった俺。無理を重ねた受験勉強の過労が祟って死んでしまった。試験前最後のカラオケが最期のカラオケになってしまったのだ。 前世の記憶を持ったまま生まれ変わったはいいけど、ここはまさかの女性優位社会!? しかも侍女は俺を男の娘にしようとしてくるし! 僕は男だ~~~↑↑↑ ★★★★★★★★★ 主人公アルティスラは現代日本においては至って普通の男の子ですが、この世界は男女逆転世界なのでかなり過保護に守られています。 本人は拒否していますが、お付きの侍女がアルティスラを立派な男の娘にしようと日々努力しています。 羽の生えた猫や空を飛ぶデカい猫や猫の獣人などが出て来ます。 中世ヨーロッパよりも文明度の低い、科学的な文明がほとんど発展していない世界をイメージしています。

ReBirth 上位世界から下位世界へ

小林誉
ファンタジー
ある日帰宅途中にマンホールに落ちた男。気がつくと見知らぬ部屋に居て、世界間のシステムを名乗る声に死を告げられる。そして『あなたが落ちたのは下位世界に繋がる穴です』と説明された。この世に現れる天才奇才の一部は、今のあなたと同様に上位世界から落ちてきた者達だと。下位世界に転生できる機会を得た男に、どのような世界や環境を希望するのか質問される。男が出した答えとは―― ※この小説の主人公は聖人君子ではありません。正義の味方のつもりもありません。勝つためならどんな手でも使い、売られた喧嘩は買う人物です。他人より仲間を最優先し、面倒な事が嫌いです。これはそんな、少しずるい男の物語。 1~4巻発売中です。

仔猫殿下と、はつ江ばあさん

鯨井イルカ
ファンタジー
魔界に召喚されてしまった彼女とシマシマな彼の日常ストーリー 2022年6月9日に完結いたしました。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

討妖の執剣者 ~魔王宿せし鉐眼叛徒~ (とうようのディーナケアルト)

LucifeR
ファンタジー
                その日、俺は有限(いのち)を失った――――  どうも、ラーメンと兵器とHR/HM音楽のマニア、顔出しニコ生放送したり、ギャルゲーサークル“ConquistadoR(コンキスタドール)”を立ち上げたり、俳優やったり色々と活動中(有村架純さん/東山紀之さん主演・TBS主催の舞台“ジャンヌダルク”出演)の中学11年生・LucifeRです!  本作は“小説カキコ”様で、私が発表していた長編(小説大会2014 シリアス・ダーク部門4位入賞作)を加筆修正、挿絵を付けての転載です。  作者本人による重複投稿になります。 挿絵:白狼識さん 表紙:ラプターちゃん                       † † † † † † †  文明の発達した現代社会ではあるが、解明できない事件は今なお多い。それもそのはず、これらを引き起こす存在は、ほとんどの人間には認識できないのだ。彼ら怪魔(マレフィクス)は、古より人知れず災いを生み出してきた。  時は2026年。これは、社会の暗部(かげ)で闇の捕食者を討つ、妖屠たちの物語である。                      † † † † † † †  タイトル・・・主人公がデスペルタルという刀の使い手なので。  サブタイトルは彼の片目が魔王と契約したことにより鉐色となって、眼帯で封印していることから「隻眼」もかけたダブルミーニングです。  悪魔、天使などの設定はミルトンの“失楽園”をはじめ、コラン・ド・プランシーの“地獄の事典”など、キリス〇ト教がらみの文献を参考にしました。「違う学説だと云々」等、あるとは思いますが、フィクションを元にしたフィクションと受け取っていただければ幸いです。  天使、悪魔に興味のある方、厨二全開の詠唱が好きな方は、良かったら読んでみてください! http://com.nicovideo.jp/community/co2677397 https://twitter.com/satanrising  ご感想、アドバイス等お待ちしています! Fate/grand orderのフレンド申請もお待ちしていますw ※)アイコン写真はたまに変わりますが、いずれも本人です。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

処理中です...