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天使様と里帰り
第61話 綺麗好きの野望
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クラヴィーア伯爵は、ネーヴェにとって良い父親だった。物分かりがよく気弱な性格で、幼いネーヴェのお転婆ぶりに頭を抱えながらも、自由にやらせてくれていた。
シエロとの関係について、積極的に反対すると思えないが、受け入れられなかったら、それはそれでネーヴェが苦しい。人の好い優しい父親を、悲しませたくない。
どうシエロを紹介したものか、悩みは尽きない。
「陛下……へーか! 女王陛下」
「……何かしら」
気晴らしに今日も馬に乗って進んでいると、ルイが近くに寄ってきた。
彼がラニエリに天使の見合いについて入れ知恵しているのかと思うと、少し腹立たしい。しかし、ルイの方はこちらの剣呑な視線に気付いていないようだ。
「ちょっと聞きたいことがあるのですが……あれは何ですか」
ルイが周囲を見回し、山の間に架けられた橋のような建築物を指して言う。
古い石積みの建造物で、壊れかけている箇所もあるが、概ね綺麗なアーチ形状を保っていた。
「あれは、水道橋と呼ばれるものです」
一見、橋のように見える石の建築物だが、水を運ぶために最適な構造となっている。フォレスタは山の上の国であるため、高低差を活かして水を運ぶ仕組みが機能するのだ。
それを説明すると、ルイは感心したようだった。
「へぇ~。我が国アウラは島国で、水は基本井戸から汲み上げるものなので、このような建築物は思い付かないですね」
この水道橋は、農業を推進した初代国王が作らせたものだ。
各地の葡萄畑に水を供給するための水路整備をしていたところ、技術者の中に水道を作りたいと言う者がいて、試しに作らせてみたらしい。
ネーヴェの故郷の近くにある、クラヴィーアの温泉郷では、温泉の水を宿に供給するため、さらに高度な技術で街中に水の流れる溝を作り、下水道も完備している。
「水の恵みが豊かなクラヴィーア近辺では、この水道橋を活かして、都市への水の供給と下水の排出を行っています。私はクラヴィーアだけでなく、フォレスタ国内の都市にも、同じ仕組みを作りたいと考えています」
綺麗好きとしては、水道の有用さを布教したい。お風呂の水を汲む手間が減るし、掃除も楽になる。
ルイは、ネーヴェの言葉に考え込んでいる。
「う~ん。確かに都市部に水を流す溝を作ると、便利そうですね」
「水を汲み上げるのは、大変でしょう」
「いえいえ、最近は魔道ポンプが普及して、それほどではないですよ」
「魔道ポンプ……」
ネーヴェは、ふと点と点が線で結ばれたような感覚を得た。
フォレスタがアウラに提供できるものは、妖精だけではないのではないだろうか。
何か閃きかけたところに、無粋な呼びかけが割って入る。
「陛下、クラヴィーア伯爵から、文が届きました」
騎士の一人が、父からの連絡があると、手紙を持ってきた。
ネーヴェは受け取って広げる。
「……」
「どうした?」
ネーヴェの表情が曇ったのに気付いて、シエロが声を掛けてくる。
「季節外れの、北の蛮族の襲撃に手間取っているから、のんびり歩いて帰って来て欲しいそうです」
クラヴィーア伯爵領は、フォレスタの北の果てであり、北方からの侵略を防ぐ要所でもある。
普通は、秋の収穫期に襲われることが多いのだが、今回珍しく、夏に敵が来ているようだ。ネーヴェが帰省するまでに片付けるつもりだが、念のため、ゆっくり帰ってきてくれると嬉しいとのことだった。
「北方クラヴィーアは、俺の目の届きにくい土地だ。いつも単独で外敵を迎え撃っているネーヴェの父上には、感謝と敬意を伝えたいと思っていた」
シエロは「父上が心配で、早く帰りたいのだろう」とネーヴェを慮る。
ネーヴェは手紙を握りしめた。
「ええ、予定は変更しません。もし帰った時点で、蛮族を撃退できていないなら、私の手で追い払ってやりますわ」
シエロとの関係について、積極的に反対すると思えないが、受け入れられなかったら、それはそれでネーヴェが苦しい。人の好い優しい父親を、悲しませたくない。
どうシエロを紹介したものか、悩みは尽きない。
「陛下……へーか! 女王陛下」
「……何かしら」
気晴らしに今日も馬に乗って進んでいると、ルイが近くに寄ってきた。
彼がラニエリに天使の見合いについて入れ知恵しているのかと思うと、少し腹立たしい。しかし、ルイの方はこちらの剣呑な視線に気付いていないようだ。
「ちょっと聞きたいことがあるのですが……あれは何ですか」
ルイが周囲を見回し、山の間に架けられた橋のような建築物を指して言う。
古い石積みの建造物で、壊れかけている箇所もあるが、概ね綺麗なアーチ形状を保っていた。
「あれは、水道橋と呼ばれるものです」
一見、橋のように見える石の建築物だが、水を運ぶために最適な構造となっている。フォレスタは山の上の国であるため、高低差を活かして水を運ぶ仕組みが機能するのだ。
それを説明すると、ルイは感心したようだった。
「へぇ~。我が国アウラは島国で、水は基本井戸から汲み上げるものなので、このような建築物は思い付かないですね」
この水道橋は、農業を推進した初代国王が作らせたものだ。
各地の葡萄畑に水を供給するための水路整備をしていたところ、技術者の中に水道を作りたいと言う者がいて、試しに作らせてみたらしい。
ネーヴェの故郷の近くにある、クラヴィーアの温泉郷では、温泉の水を宿に供給するため、さらに高度な技術で街中に水の流れる溝を作り、下水道も完備している。
「水の恵みが豊かなクラヴィーア近辺では、この水道橋を活かして、都市への水の供給と下水の排出を行っています。私はクラヴィーアだけでなく、フォレスタ国内の都市にも、同じ仕組みを作りたいと考えています」
綺麗好きとしては、水道の有用さを布教したい。お風呂の水を汲む手間が減るし、掃除も楽になる。
ルイは、ネーヴェの言葉に考え込んでいる。
「う~ん。確かに都市部に水を流す溝を作ると、便利そうですね」
「水を汲み上げるのは、大変でしょう」
「いえいえ、最近は魔道ポンプが普及して、それほどではないですよ」
「魔道ポンプ……」
ネーヴェは、ふと点と点が線で結ばれたような感覚を得た。
フォレスタがアウラに提供できるものは、妖精だけではないのではないだろうか。
何か閃きかけたところに、無粋な呼びかけが割って入る。
「陛下、クラヴィーア伯爵から、文が届きました」
騎士の一人が、父からの連絡があると、手紙を持ってきた。
ネーヴェは受け取って広げる。
「……」
「どうした?」
ネーヴェの表情が曇ったのに気付いて、シエロが声を掛けてくる。
「季節外れの、北の蛮族の襲撃に手間取っているから、のんびり歩いて帰って来て欲しいそうです」
クラヴィーア伯爵領は、フォレスタの北の果てであり、北方からの侵略を防ぐ要所でもある。
普通は、秋の収穫期に襲われることが多いのだが、今回珍しく、夏に敵が来ているようだ。ネーヴェが帰省するまでに片付けるつもりだが、念のため、ゆっくり帰ってきてくれると嬉しいとのことだった。
「北方クラヴィーアは、俺の目の届きにくい土地だ。いつも単独で外敵を迎え撃っているネーヴェの父上には、感謝と敬意を伝えたいと思っていた」
シエロは「父上が心配で、早く帰りたいのだろう」とネーヴェを慮る。
ネーヴェは手紙を握りしめた。
「ええ、予定は変更しません。もし帰った時点で、蛮族を撃退できていないなら、私の手で追い払ってやりますわ」
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