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魔術と天使様
第43話 喧嘩はよして下さいな
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「誰も戻って来ないわね……」
ネーヴェは一人、切り株に座りこんで、悩んでいた。
はたしてルイは本当に小用だったのか。一人で妖精の鏡を奪いに行ったのではという気がしてならない。アイーダは、それに気付いて後を追ったのだろう。ネーヴェを残していったのは、危険に巻き込まないためか。
こういう時は下手に動かない方が良いと思うが、どうすればベストだろうか。
そろそろ時刻は、日暮れに差し掛かっている。
考えを巡らせていると、背中を預けているフサフサの羽毛が身動ぎする。
「グリン様?」
金の巨大鶏は、ずっと大人しくネーヴェのクッションになってくれていたが、何か感じ取ったのか立ち上がる様子を見せた。
『ネーヴェ、我に乗って』
そう促され、ネーヴェは巨大鶏の背中によじ登る。
背中の上に腰を落ち着けた直後、正面の森の暗がりから、赤い目を光らせ獣が姿を現した。
獣は、狼と思われる。しかし、フォレスタの山に生息する一般的な灰色狼より体が大きく、獰猛な気配を漂わせている。
『いずこの神か知らぬが、我らの森に踏みいることは許さぬ』
狼が喋った。
ネーヴェが目を丸くしていると、グリンカムビが翼を広げて威嚇した。
『愚かな子犬! 我を妨げる、怒る!』
グリン様は、人間の言葉が達者ではない。
流暢に喋る狼と比べると、巨大鶏の片言は子供のようだ。
狼が低く唸った。
『やれるものなら、やってみろ!』
『上等!』
ネーヴェの前で、狼と巨大鶏はヒートアップした。
「ちょっと、グリン様! 喧嘩はよして下さいな」
冷静になるよう求めたが、巨大鶏は聞いていないようで、大きく跳躍して空に舞い上がった。
そのまま急降下し、足の鈎爪で狼を狙おうとする。
もちろん、その大振りな攻撃は、狼にするっとかわされた。
狙いを外した巨大鶏はすぐさま舞い上がり、再び狼を狙って急降下する。
激しく上下を繰り返すグリンカムビに、背中にいるネーヴェは振り回された。
「振り落とされるっ」
その前に、激しい運動に急ごしらえの木の鞍が保たなかった。
三度目の急降下の反動で、ネーヴェは鞍ごと空中に放り出される。
グリンカムビは空中に舞い戻ろうとしていたところだったので、結構な高さだ。
地面に落ちる前に、森の木々の上に落ちる。
なるべくなら、柔らかい葉が繁った場所に落ちたいものだ。
「シエロ様」
絶体絶命の窮地に際し、一瞬が永遠のように引き伸ばされる。
生き延びるために、なんとか空中で体をひねって体勢を整えようとしながら、ネーヴェは無意識に彼を想った。彼に国を任されたのに、こんなところで死ぬ訳にはいかない。
「ネーヴェ」
ふっ……と、体が軽くなる。
ネーヴェを地面に引きずり落とそうとしていた重力が手をゆるめ、浮遊感が全身を包んだ。
そして、力強い腕が、しっかりネーヴェを抱き止める。
「肝が冷えたぞ。あと少しでも俺を呼ぶのが遅れていたら、間に合わなかった」
見上げると、険しい表情をしたシエロが、こちらを覗き込んでいる。珍しく動揺し、不安の気配を滲ませた顔つきだった。
結っていない長い金髪がなびいて、ネーヴェの頬を撫でる。
夕焼けを映し込んだ紺碧の瞳が、一心にこちらを見つめた。
「怪我はないか?」
シエロは天使の証である白い翼を広げ、空中でネーヴェを横抱きにしていた。
度重なるトラブルによる緊張と不安で連打されていた心臓が、今度は別の要因で高鳴る。同時に、深い安堵と喜びが沸いてきて、ネーヴェは戸惑った。
「どうした?」
「……大丈夫ですわ」
心臓の疾患ではないですわね? これが恋……?
これまで、殿方に迫られて真っ赤になる女性を冷静に眺めていたネーヴェだが、いざ自分の身に起こってみると信じられない気持ちだった。それもこれも、窮地に颯爽と現れたシエロが悪い、と八つ当たり気味に思う。
「そうか。……では」
ぷいとそっぽを向いたネーヴェを深追いせず、シエロは視線を上げて周囲を見渡す。彼は今、ネーヴェを抱えたまま、ゆっくり下降している。
その視線の先には、こちらを凝視する狼と巨大鶏の姿があった。
シエロは物憂げに呟く。
「何がどうなって、こんな事態になってる……?」
ネーヴェは一人、切り株に座りこんで、悩んでいた。
はたしてルイは本当に小用だったのか。一人で妖精の鏡を奪いに行ったのではという気がしてならない。アイーダは、それに気付いて後を追ったのだろう。ネーヴェを残していったのは、危険に巻き込まないためか。
こういう時は下手に動かない方が良いと思うが、どうすればベストだろうか。
そろそろ時刻は、日暮れに差し掛かっている。
考えを巡らせていると、背中を預けているフサフサの羽毛が身動ぎする。
「グリン様?」
金の巨大鶏は、ずっと大人しくネーヴェのクッションになってくれていたが、何か感じ取ったのか立ち上がる様子を見せた。
『ネーヴェ、我に乗って』
そう促され、ネーヴェは巨大鶏の背中によじ登る。
背中の上に腰を落ち着けた直後、正面の森の暗がりから、赤い目を光らせ獣が姿を現した。
獣は、狼と思われる。しかし、フォレスタの山に生息する一般的な灰色狼より体が大きく、獰猛な気配を漂わせている。
『いずこの神か知らぬが、我らの森に踏みいることは許さぬ』
狼が喋った。
ネーヴェが目を丸くしていると、グリンカムビが翼を広げて威嚇した。
『愚かな子犬! 我を妨げる、怒る!』
グリン様は、人間の言葉が達者ではない。
流暢に喋る狼と比べると、巨大鶏の片言は子供のようだ。
狼が低く唸った。
『やれるものなら、やってみろ!』
『上等!』
ネーヴェの前で、狼と巨大鶏はヒートアップした。
「ちょっと、グリン様! 喧嘩はよして下さいな」
冷静になるよう求めたが、巨大鶏は聞いていないようで、大きく跳躍して空に舞い上がった。
そのまま急降下し、足の鈎爪で狼を狙おうとする。
もちろん、その大振りな攻撃は、狼にするっとかわされた。
狙いを外した巨大鶏はすぐさま舞い上がり、再び狼を狙って急降下する。
激しく上下を繰り返すグリンカムビに、背中にいるネーヴェは振り回された。
「振り落とされるっ」
その前に、激しい運動に急ごしらえの木の鞍が保たなかった。
三度目の急降下の反動で、ネーヴェは鞍ごと空中に放り出される。
グリンカムビは空中に舞い戻ろうとしていたところだったので、結構な高さだ。
地面に落ちる前に、森の木々の上に落ちる。
なるべくなら、柔らかい葉が繁った場所に落ちたいものだ。
「シエロ様」
絶体絶命の窮地に際し、一瞬が永遠のように引き伸ばされる。
生き延びるために、なんとか空中で体をひねって体勢を整えようとしながら、ネーヴェは無意識に彼を想った。彼に国を任されたのに、こんなところで死ぬ訳にはいかない。
「ネーヴェ」
ふっ……と、体が軽くなる。
ネーヴェを地面に引きずり落とそうとしていた重力が手をゆるめ、浮遊感が全身を包んだ。
そして、力強い腕が、しっかりネーヴェを抱き止める。
「肝が冷えたぞ。あと少しでも俺を呼ぶのが遅れていたら、間に合わなかった」
見上げると、険しい表情をしたシエロが、こちらを覗き込んでいる。珍しく動揺し、不安の気配を滲ませた顔つきだった。
結っていない長い金髪がなびいて、ネーヴェの頬を撫でる。
夕焼けを映し込んだ紺碧の瞳が、一心にこちらを見つめた。
「怪我はないか?」
シエロは天使の証である白い翼を広げ、空中でネーヴェを横抱きにしていた。
度重なるトラブルによる緊張と不安で連打されていた心臓が、今度は別の要因で高鳴る。同時に、深い安堵と喜びが沸いてきて、ネーヴェは戸惑った。
「どうした?」
「……大丈夫ですわ」
心臓の疾患ではないですわね? これが恋……?
これまで、殿方に迫られて真っ赤になる女性を冷静に眺めていたネーヴェだが、いざ自分の身に起こってみると信じられない気持ちだった。それもこれも、窮地に颯爽と現れたシエロが悪い、と八つ当たり気味に思う。
「そうか。……では」
ぷいとそっぽを向いたネーヴェを深追いせず、シエロは視線を上げて周囲を見渡す。彼は今、ネーヴェを抱えたまま、ゆっくり下降している。
その視線の先には、こちらを凝視する狼と巨大鶏の姿があった。
シエロは物憂げに呟く。
「何がどうなって、こんな事態になってる……?」
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